浩督はなんでも自分で作るSSW、新作「残り香」の魅力を紐解くインタビュー

シンガーソングライター・浩督(ひろまさ)が新曲「残り香」を配信リリースした。

浩督は作詞作曲、トラックメイク、ミキシング、さらにミュージックビデオの企画編集も自ら行うシンガーソングライター。TikTokにアップするリリックビデオや楽曲制作の動画が反響を呼んでいる。

ヒップホップやR&Bを軸にした楽曲をハイペースで発表し続けている浩督。多忙を極める彼に話を聞くと、心から楽しみながらも戦略的に音楽活動に取り組む彼の姿が見えてきた。

取材・文 / 小松香里撮影 / 須田卓馬

「6カ月連続でリリースして1カ月休む」の繰り返し

──インタビューを受けること自体が初めてなんですよね。

はい。不慣れな点もあるかと思いますが、よろしくお願いします。

浩督

──今は6カ月連続新曲リリース企画の第2クールということですが、そもそもこのスピード感で楽曲をリリースしようと思ったのはどうしてだったんでしょう?

SNSとサブスクの普及によってリスナーはどんどん新しいものを追い求めている今日なので、楽曲をスピーディに発信していかないと追いつけないという危機感から始めたところが大きいです。今は第2クールですが、第6クールまでやろうと思っています。最初は、3年間毎月リリースして休みなく36カ月連続リリースをしようと思っていたんですが、活動がルーティンになりすぎてしまうのもよくないと思ったので、6カ月連続で曲を発表して、1カ月休んで、また6カ月連続でリリースしてから1カ月休むというペースで続けていこうと思っています。

──それでも休むのは1カ月だけなんですね。

とにかく曲を作ることが好きなんですよね。ライブを年間100本くらいやっていた時期もあったんですが、そのときは自分の中での「アーティストとしてこうありたい」というイメージと現実とのギャップがすごく大きかったんです。それで音楽活動を一旦ストップして、いろいろなことを見直しました。一度立ち止まることによって充電ができて。1日24時間、1年365日という限られた時間の中で、何にどう時間を費やすべきかを決めることが大事だと思ったんです。ライブにフォーカスしすぎると、制作まで手が回らなくなってしまうと思いました。そこでとりあえずライブは置いておいて、どんどん曲を出していこうと、活動方針を変えたんですよね。

──曲作りにフォーカスすることで、楽曲の精度は上がったと思いますか?

上がってきたと思います。曲を制作していく中で「次はこうしよう」と思っても、思い通りにいかないことがあって。そのたびに「何が違ったのかな」と頭の中でいろいろなことを考えて、大きな気付きを得ることが多いんですよね。考えを巡らせることで1つ壁を乗り越えて、新たな楽曲を生み出すことでまた発見があったりします。そうやってどんどん曲を作っていくのが好きなんですよね。

「もうこれ以上…」のアンサーソング

──10月25日に配信された「残り香」はタイトル通り、残り香によって心が揺れるさまを描いた楽曲ですが、どんなイメージで作ったんですか?

去年の12月に「もうこれ以上…」という女性目線の曲をリリースしていて、「残り香」はそのアンサーソングとして男性目線で書きました。最初は景色が浮かびやすいリリックにしようと思って、そこから現実世界と夢の中の世界と空想の世界、その3つの世界を行き来しながら葛藤している男性像を描きたいと思ったんですが、夢の中の景色って目が覚めたときにはっきりと思い出せなかったりしますよね。それで、気持ちの部分をフィーチャーしたほうが男性の気持ちが伝わるんじゃないかと思って今の歌詞になりました。

──「前進しよう」という結論を出すこともなく、「君はいない」という情景をただただつづっていますが、そこにはどんなこだわりがあるのでしょう?

僕、映画を観ることもすごく好きなんですが、映画も音楽もはっきりとした正解を出さずに、答えがたくさんあっていいと思ってるんですよね。受け取り方は十人十色でいいというか。だから、自分の曲もあまりはっきり「こうだ」と定義しない歌詞にしています。

──そういった面でシンパシーを感じる映画はありますか?

たくさんありますね。ベタかもしれないですが、1つ挙げるとしたら「ゴッドファーザー」ですかね。マフィア映画ではありますが、登場人物それぞれの思惑があって、その1つひとつに個別に注目して観ると、何度もおかわりしたくなります。配信サービスで何か映画を観ようとしたときに新作も気になるんですが、結局「ゴッドファーザー」を観てしまうんですよね(笑)。僕の音楽もそういう存在になりたいです。

──「残り香」はすっと耳に入ってくる楽曲ですが、引っかかりのあるメロディも特徴的だと思いました。そこは意識した部分はあるんでしょうか?

あります。サビの「叫びたいけれど また何処かですれ違い」というリリックのところでコードがバッキングしてテンポが落ちていくアレンジになっていますが、洋楽のヒップホップやR&Bだと、こういう場合ワンループでそのままずっとつなぐことが多いと思うんです。だからあえて、「対比させるようなコードのバッキングってどういうものなんだろう」と考えながら作っていきました。

浩督
浩督

ずっと洋楽リスナー

──「残り香」もそうですが、浩督さんの楽曲はチルなR&Bテイストの曲が多いですよね。ご自身のルーツが色濃く出ているのでしょうか?

そうですね。僕は中学生のときに洋楽に出会って、R・ケリーやマイケル・ジャクソン、ブライアン・マックナイト、さかのぼってクインシー・ジョーンズといったブラックミュージックにハマりました。クレイグ・デイヴィッドは今でもプレイリストに入れるぐらい好きですね。あと、去年の来日公演にも行ったブルーノ・マーズ。J-POPはほぼ聴いてなくて、ずっと洋楽リスナーなんです。

──曲を作り始めたきっかけは?

ギターで簡単なコードしか押さえられないところからスタートして、高校生の頃に文化祭でバンドを組んだんですよね。バンド活動の影響でその頃はロックを聴いてました。あと、大学時代に就職活動をする際、リクルートナビにエントリーするためにパソコンを買いに電気屋さんに行ったんです。そのときに音大出身の店員さんに対応していただいて、話の流れで「僕、音楽をやりたいんですよ」と言ったら、音楽のソフトをいろいろと教えてくれました。パソコン選びそっちのけで、3時間くらいソフトについて話を聞いて(笑)。「ACID」という今でいう「GarageBand」と同じで波形を貼り付けるだけで曲が作れるソフトを教えてもらって。そこからトラックを作り始めて、徐々に火が点いていきました。その頃は、「クラブで歌いたい」という気持ちが一番のモチベーションでしたね。一方で、クラブに行ってはトラックメイカーの方にどうやって曲を作っているか質問したりして、独学で曲を作ってました。そのときクラブで歌っていた人たちのほとんどは、別にトラックメイカーやプロデューサーがいたんですが、僕はトラックメイクにも興味があったし、身近に自分で作って歌う人があまりいなかったので、そのほうが勝機があるんじゃないかと思ったことも大きいですね。カバー曲を歌うよりは、その曲からインスパイアされた曲を自分で作るほうに時間を使いたいという発想はその頃からですね。

──なるほど。曲作りはトラック先行ですか?

そうですね。音楽活動歴はけっこう長いんですが、僕はそこまで歌がうまいわけでもないですし、それでも音楽を続けているのはトラックを作ることが好きだからというのは大きいと思います。最初はヒップホップやR&Bのクラブイベントに出演して、そこでやる10~15分のショーケースで「浩督はこれだ」というものを見せるということをやってました。そのショーケースにDJも出ていて、US産R&Bのシングル盤レコードだと、Radio Edit以外にInstrumental Versionも入っていて、擦り切れるぐらい聴きました(笑)。それが今に生きていると思います。ただ最近は、サブスクで歌詞が表示されるということもあって、歌詞に重きを置くようにもなりました。それで、「残り香」も歌詞には相当こだわりましたね。

“浩督サウンド”とは

──曲作りにおいて、何か設けているルールや意識していることってありますか?

BPMを上げすぎないことは意識してます。大体70から100未満で。そこにエレピを入れたり、ベースラインは808(Rolandのビンテージリズムマシン・TR-808)の下のほうの音を出して、コーラスをいくつも重ねて、とか。気付いたらそういうセオリーみたいなものができあがっていきましたね。

──自然と自分好みの方向に進んでいくというか。

そうですね。第6クールまで6カ月連続リリースをやる予定なので、セオリーを打破していかないといけないなとは思ってます。

浩督

──どんどん曲を作っていくうちに、手癖みたいなものが出てしまったりしますよね、

そうなんです。例えばコード進行でいうと、The Beatlesが活躍した1960年代で出尽くしてるところもあると思っています。そこからビートや音色でアプローチを変えていくことで音楽が更新されているんじゃないかなと。模倣が当たり前という状況がある中で、「浩督サウンドってなんぞや」という定義をしなければいけない。活躍されているアーティストさんはそこの定義をしっかりされている方が多いと思うので、僕もそうなりたいですね。

──具体的に“浩督サウンド”というとどういうものだと思っていますか?

やっぱりツボってあるんですよね。食べ物と一緒で、「なんかうまい」みたいな感覚。例えば、ラーメン屋さんに行っても、素人ながら「このスープは何か違うな」と感じることもありますよね。トラックメイクではそういう気付きを全面的に得ようとしていて、なんとかほかとは違う感覚を自分の楽曲に落とし込もうと、常にアンテナを張ってますね。休んでるときにスマホいじってたとしても、何かしらのきっかけでスイッチが入って、曲作りに向かうことは多いです。