音楽を始めた頃から自分に言い聞かせていること
──インスト曲「Introduction -247-」を経て、実質的なオープニング曲となる「LOVE RAP」はまさにTOCさんのアティチュードが提示されたナンバーですよね。
はい。「LOVE RAP」はアルバム制作の最初にできた曲でした。この曲ができたことで気持ちがグッと上がって勢い付いたところがあったと思います。こういう曲があるからこそ、ほかの曲で遊べるなという感覚もあったし。「UNFINISHED」というスローに歌い上げる曲があるんですけど、あれは「LOVE RAP」がなかったら生まれてなかったはず。アルバムの中でそういう緩急を付けられるのはやっぱ楽しいですよね。
──「LOVE RAP」や「Killer Bars」に込められたセルフボースティングはものすごく痛快さがあるんですけど、「UNFINISHED」では自らを“未完成”とも歌っていて。対極とも言える感情が1枚の作品の中で同居している面白さもありますよね。すごく人間臭いというか。
音楽を始めた頃から自分に言い聞かせていることがあって。それは、自分のことは常に「まだまだだ」と思うことと、同時に周りは「まだまだ以下だ」と思うことなんです。表現をするにあたっても、そこはずっと心がけてますね。謙虚でありつつも、周りよりも俺は上をいってるぜっていう、その感情の両立は20年ぐらい前から変わらないところ。「LOVE RAP」や「UNFINISHED」には、そういう気持ちが出ています。ただね、今回収録した曲はどれも15年の活動があったからこそ書けたものでもあるんですよ。
──野音で「24/7 LOVE」を披露する際、「15年経った今だからこそ書けた」とおっしゃっていましたけど、アルバムのすべての曲にそういう感覚があるということですね。
そうです。「LOVE RAP」では冒頭、着うた時代のフラストレーションを毒として吐き出しつつ、色モノとして見られていた自分らの存在をシーンのスタンダードに変えてきた自負を歌う。そこからサビで「やっぱ愛だろう」と投げかけるのは、「春夏秋冬」や「大丈夫」というラブソングを生み出してきた自分たちへの誇りですよね。こんなことHilcrhymeにしかできないだろうという。
──「DisられAnswer出す 15年の月日 / 確率されたブランド 無事に」というパートにも、この15年間の歴史が凝縮されていますよね。
はい。「THE AMBITION」という曲でも書きましたけど、デビュー当時は「あ、こういう状況を四面楚歌って言うんだな」って常に感じてましたからね(笑)。ネットを見れば否定的な意見がバーッと出てくる状況だったんで。もちろん好意的な意見はその何倍もあったんだけど、その頃のことを15年という節目にちょっと思い出したところはあったと思います。ただ、ライブに来てくれるようなファンの方たちにとっては、そんなのどうでもいいことなんです(笑)。あまりに書いてて楽しかったし、痛快だなと思ったから1曲にしましたけど、そういう感情はアルバムの中のいちスパイスにすぎない。単純に「いい曲だね」っていう声こそが俺の求めているものなので。とにかく楽しんで聴いてもらえたらうれしいですね。
ライミングはずっと変わらず楽しい
──「Rhapsody In Rhyme」では、ライミングに対しての愛を歌っています。面白い視点のラブソングですね。
この曲はまさに新しく借りた作業場で書きました。その前々日くらいにレコード会社のA&Rが新潟まで来てくれて。「もうちょっと遅れてもいいよ」と言ってくれたので、締め切りに遅れた理由みたいなことを全部リリックとして書いたんですよね。「未だ上手くいかない 困ったもんだぜ とかく」って(笑)。
──相当苦しんでる感じ出てますもんね。
そうそう。A&Rからいいテーマをもらいました(笑)。ライミングに対してのラブソングでありつつ、同時に恋人に対しての曲にも見立てられる仕上がりになったのは、すごく気に入ってます。自分でもうまく書けたなと。“Rhapsody”なんて言葉も今まで使ったことなかったですからね。これまでにないちょっと大人な感じの曲になったと思います。
──「15年経っても感じる初恋に」と歌われているように、ライミングに対しての恋心は一切揺らがないんですね。
うん、ホントずっと変わらず楽しいですよ。活動を続けていく中で、ビートも年々変わっていくじゃないですか。今一緒にやってるのは後輩のトラックメイカーなんですけど、彼はトレンドに敏感だから常にフレッシュなものを出してくれるんです。そこに自分がどんな言葉を乗せたら面白くなるんだろうと考えるのがすごく楽しいんですよね。お互いにワクワクしながら制作できている感じです。
今以上にいい風が吹けばいい
──今回は全トラックをTOCさんと同郷のWAPLANさんが手がけられています。1人のトラックメイカーとともに1枚のアルバムを完成させたのって、相当ひさしぶりじゃないですか?
確かにそうですね。元相方(DJ KATSU)がいた頃でもアルバムの中でほかのトラックメイカーに入ってもらっていることもあったので、下手したら4枚目のアルバム(2012年リリースの「LIKE A NOVEL」)以来、年数にしたら12年ぶりくらいになるかも。びっくりですね!
──意識的にすべてをWAPLANさんに委ねたんですか?
制作の途中の段階で、「あ、今回は彼のトラックが多くなりそうだな」と思ったので、だったら全曲やってもらったほうがいいかなと。20年来の付き合いのある後輩なんだけど、上げてきてくれるトラックは全部いいものだったし、彼自身の成長もしっかり感じられましたからね。百戦錬磨のサウンドプロデュースチームにお願いすれば、それこそ“FINISHED”、完成されたものが上がってくることはわかっているけど、今回は彼の持っているみずみずしさみたいなものが欲しかったというか。いい意味での“UNFINISHED”を求めた結果ですね。すべてを1人でやってもらったことで、アルバム全体にビシッと1本の芯が通った気もしますし。思えばHilcrhymeを始めた当初は、そういうやり方だったわけですから。ある意味、原点回帰という感覚もあったんだと思います。
──トラックに関しては、ある程度のイメージをTOCさんから投げたうえで作ってもらう感じなんですか?
そういう曲もあれば、彼から投げてきてくれたものを俺が打つというやり方もありますね。「LOVE RAP」とか「Rhapsody In Rhyme」は彼からの発信です。彼はもともとR&BのDJなので、「Rhapsody In Rhyme」のような歌モノ系はすごく得意なんです。持ってきてくれたトラックに対して、予想を裏切るラップを乗せるのが俺の使命で。彼をまず驚かせなきゃダメだと思っているので、いかに裏切るかを常に考えてます。そのやりとりが楽しいですね。彼はけっこうシビアで、俺のラップに対して「よかった」と言ってくるのはかなり稀なんですけど(笑)。
──逆にTOCさんからオーダーする場合はイメージを細かく伝えるんですか?
そうですね。例えば「THE AMBITION」の場合、ひさしぶりにちょっと青臭い、ダンスホールレゲエの曲をやりたかったんですよ。リファレンスとしてはケツメイシの「夕日」とか、KEYCO feat. CHOZEN LEEの「SPIRAL SQUALL」みたいな感じ。レゲエのビートで作ったのは、自分の記憶では「リサイタル」に入ってた「射程圏内 feat. SUNSQRITT」以来だったし、青臭いことを歌ったのは自分の少年時代を描いた「BOYHOOD」(2010年リリースの2ndアルバム「MESSAGE」収録曲)以来なので、またやりたいなと。そういうオーダーをしました。
──なるほど。「THE AMBITION」のリリックには、剣道や野球をやっていたTOCさんの少年時代が投影されていますね。
そうそう。ここ最近、野球がめちゃくちゃ盛り上がってるじゃないですか。毎日、テレビでは大谷翔平さんのことをやってるし。それを見てて、青春時代を思い出しちゃったんですよね。いいですよね、スポーツって。昨日、グローブを買っちゃいましたから(笑)。
──アルバムはタイトルナンバーである「24/7 LOVE」で幕を閉じます。この曲はファンに対しての思いをつづったものですね。
はい。この15年、みんながHilcrhymeのことを求めてくれたから、俺らは曲を書き続けてきたんだよということをつづった曲です。求めてもらえてなかったら、ここまでやってこれなかったと思うので。とは言え、曲の頭で書いたように「未だ旅の途中」でもあるので、Hilcrhymeは“UNFINISHED”なんだよということを感じてもらえたらいいかなと。
──すでにスタートしているアルバムを引っさげたツアー「24/7 LOVE」は、12月29日の沖縄・桜坂セントラル公演まで続きます。手応えはいかがですか?
過去に例がないくらいチケットが勢いよく売れていて、各地でソールドアウトが続出している状況なので、みんなが大きな期待をしてくれているんだなということを実感してます。パフォーマンスを含めたライブのクオリティは当然高くなきゃいけないんですけど、今Hilcrhymeを観てくれている人たちはたぶん俺の生き様みたいな部分にも共鳴してくれているんだと思うんです。最近のライブで増えている20代の男子なんかは特にそうじゃないかな。今の自分は肩肘張らず、カッコつけずに自然体でいることが大事なような気がしているので、しっかり準備をしていいライブができることを確信したあとは、とにかく自然体で楽しむのみですね。
──Hilcrhymeはこの15年間、ずっと途切れず活動を続けられてますけど、ここにきて大きな波がまた生まれているような気がします。
はい、自分でもそんな気がしています。かつて、このシーンの中で大成功した瞬間を一度味わってますけど、ここからそういう瞬間がまた訪れるのか、爆発的な瞬間が訪れずともじわじわ上がっていくのか、それは誰にもわからない。だからこそ今後どうなっていくのかがすごく楽しみ。今以上にいい風が吹けばいいなと思ってます。
公演情報
Hilcrhyme TOUR 2024「24/7 LOVE」
- 2024年10月26日(土)新潟県 NIIGATA LOTS
- 2024年11月2日(土)神奈川県 新横浜 NEW SIDE BEACH!!
- 2024年11月3日(日・祝)千葉県 柏PALOOZA
- 2024年11月9日(土)静岡県 Live House 浜松窓枠
- 2024年11月10日(日)兵庫県 THE LIVE HOUSE CHICKEN GEORGE
- 2024年11月16日(土)岡山県 CRAZYMAMA KINGDOM
- 2024年11月17日(日)香川県 高松festhalle
- 2024年11月23日(土・祝)福岡県 DRUM LOGOS
- 2024年11月24日(日)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2024年11月30日(土)愛知県 DIAMOND HALL
- 2024年12月1日(日)東京都 EX THEATER ROPPONGI
- 2024年12月7日(土)宮城県 Rensa
- 2024年12月15日(日)北海道 cube garden
- 2024年12月21日(土)大阪府 GORILLA HALL OSAKA
- 2024年12月29日(日)沖縄県 桜坂セントラル
プロフィール
Hilcrhyme(ヒルクライム)
MC・TOCによるラッププロジェクト。2006年6月に始動し、インディーズでの活動を経て2009年7月にシングル「純也と真菜実」でメジャーデビューを果たした。続く2ndシングル「春夏秋冬」がチャートトップ10ヒットなど、ロングセールスを記録。2010年1月リリースのメジャー1stアルバム「リサイタル」も大ヒットした。その後もコンスタントに作品リリースを重ねつつ、スキルあるステージングでライブの動員を増やし続け、2014年には初の東京・日本武道館公演のチケットをソールドアウトさせた。もともとは2人組ユニットだったが、2018年にDJが脱退してTOCのソロプロジェクトに。ライミングやストーリーテリングなどMCとしての豊かな表現力をベースに、ラップならではの語感の心地よさをポップミュージックの中で巧みに生かしている。2024年7月15日のメジャーデビュー15周年に合わせ、これまでの活動期間別ベストアルバムを3タイトル連続リリースする企画「BEST 15」を展開した。2024年10月より全国15都市でツアーを開催。11月に12thアルバム「24/7 LOVE」をリリースした。