音楽ナタリー Power Push - 畠山美由紀

歌い続けることでたどり着いた新たな境地

込み上げてくる感情に正直でいい

──アン・サリーさんとの「ふたりのルーツ・ショー」はシリーズで続けているライブですよね。「シンガーとのツーマン」は、歌うことに対して、また違う気付きをもたらしましたか?

アン・サリーとの共演ライブ「ふたりのルーツ・ショー」の様子。

それはありますね。アンちゃんの歌って、たおやかなイメージがあると思うし、もちろんそういうところも素晴らしいんですけど、彼女は黒人音楽が大好きで、歌声がものすごくグルーヴィでファンキーなんですよ。ピッチ感の素晴らしさとグルーヴ感は黒人並み。本物のジャズシンガーなんですよね。

──それは「自分にないもの」だ、と。

私にはないです。だからこそ、すごいなと思うし。私はどちらかと言うと日本人ノリというか白人ノリなんです。

──「ルーツ・ショー」というだけあって、それぞれの持っているものが表出するんですね。

本当にそうだなと思います。私はどうしても黒人みたいには歌えない。タイム感とか、真似してもしょうがない部分はある。だからと言って自分が劣っているとは思わないんです。「ルーツ・ショー」を通じて、人それぞれルーツがあるんだということを改めて認識することができて。それからアンちゃんと一緒にライブをやってビックリしたのは、彼女はすごく感情の起伏に正直で、歌いながらすぐ泣くんですよ。それを見て、こんなに自由でいいんだって思ったんです。「あ、泣いていいんだ」って。

──歌うことによって、込み上げてくるものに正直であっていい、と。

畠山美由紀

そうですね。でも、こちらがそうなることで、バンドの演奏も変わるんですよ。だからいいことなんですよね、すごく。

──観ている方も、畠山さんが歌いながら震えているのが伝わると感動します。

そうなんですよね。何もキレイにやる必要はなくて、感情がコントロールできなくなってしまっているような部分が出てもいい。アンちゃんを見て「ああ、これでいいんだ」と思えるようになりました。

──それがライブのだいご味でもありますよね。そこで何かが起きる瞬間を目撃できるということが観客にとっても面白いわけですから。

そう思います。だから歌によって感情があふれ出てしまうことをそのまま表現することに対する変な恐怖感はもうないですね。

人は、みんな同じなんだという心情になってきた

──確かに最近の畠山さんのライブを観ていると、歌への入り込み方がすごいなと思うんです。歌に入り込んでいく瞬間、グッと表情が変わる。

それは自分でもわかるんです。演技として入るのではなく、ギリギリのところに行ってしまうときがある。そういうときは、きっとすごい顔をして歌っているんだろうなと思うし、自分でも「ちょっと危ないな」と思うこともあります。まあでも、そういう客観性があるから大丈夫なんですけど(笑)。

──それほどまで「歌が持っているもの」に、入り込んでいく瞬間があるということですね。

最近はすごくあります。

──畠山さんはオリジナルと同じようにカバー曲も大切にされていますよね。歌にはもともと作り手の思いが込められているわけですが、それを自分の歌として表現していくときというのは、その人の思いそのものになっていくような感じなのですか?

畠山美由紀

不思議だけど、人はみんな同じというか、最近はそういう心情になってきたんですね。人それぞれいろんな経験があるし、いろんな人生があるから、みんなが同じ思いをするわけではないんだけど。曲に込められた思いが、以前に比べて、より理解できるようになった気がして。

──それがいつ生まれた歌であれ、どんな環境で生まれた歌であれ、そこにも「自分」がいる、というか。

そうなんですよね。例えば私の好きな歌で「Love Is A Losing Game」という歌があって、それはエイミー・ワインハウスが書いた曲ですが、あれはたまたま彼女が書いたというだけで、彼女が書かされたというふうにも思えるんです。歌の内容は終わってしまった恋愛への悲しみという、ごくありきたりなものなのかもしれません。それを彼女が書いたわけだけど、彼女が書かされたとも思うし、さらに言えば私が書いたとも思える。そういう意味では「みんなの歌」という感じがするんですよね。

──畠山さん自身、映画や本から何かインスピレーションを受け取って歌を書くことがあると言っていましたが、それこそ、「私が書い」た、という感覚ではないんでしょうね。

それも不思議なんですよね。作者が死んでも、その作品に込めた思いや書いたときの感情がこんなにもリアルに残っていることに驚くんです。これほどまでに人間の赤裸々な感情を、表現する勇気がよくあったなというふうにさえ思います。でも、受け手にそこまで感じさせるのは、それがただの個人的な嘆きではなく、ちゃんと作品として成り立っているからこそなんですよね。そういう作品は、すごく神聖だと思います。

悲しいんだけど喜びを感じる、という感覚

──同じ歌でも歌い続けていくうちに、歌の意味が変わっていくこともありますか?

畠山美由紀

ありますね。自分で書いた歌詞なのに、自分でも気付いていなかったことがあるんですよ。自分のことがこんなにもわかっていなかったんだって。だから以前作った歌でも「昔の歌」という感じがしないんです。多面体というか、いろんな面があって、歌い続けることで気付かなかったものが見えてくる。砂に水が沁み込んで見えなくなるように、そこにあった水というものが自分には見えていなかったということに気が付いたりする。でもそこには、確かに水はあったんですよね。ただ、そのときの私にはわからなかった……。抽象的でちょっとわかりづらいですかね?(笑) つまりその水とは、例えば愛だったり。

──すでに失われてしまったもの、そこに気付いたときの悲しみが新たに歌に加わることで、また違うものへと変化していくこともあるのでしょうね。

それがいいふうになるといいなと思うんです。音楽って本当に不思議だなって思いますよ。私、信じている宗教みたいなものはないんですね。だけど神様的なものはあると思っていて、そういうものとして音楽を信じているんです。

──以前、「音楽からすべてを教えてもらった」と言っていましたよね。

本当にそうなんです。今、1つ思い出したんですけど、武満徹さんが作った曲を残そうとショーロ・クラブがレコーディングしたアルバムがあって、先日もそのコンサートに参加させていただいたんですよ。

──「武満徹ソングブック・コンサート」ですね。

その中で、レコーディングはしていない曲なんですが、谷川俊太郎さんが歌詞を書いている「うたうだけ」という曲を歌ったんです。「歌うことで悲しみは膨れていくけれど、それが私の喜びなんだ」という内容の歌詞なんですけど、そのことが、すごくわかるんです。歌うことによって、悲しいんだけど喜びを感じる、という感覚。

──それは歌を聴いているほうにもあって、歌の中にある悲しみに深く感じ入りながらも、どこか昇華されていく感覚があります。

畠山美由紀

その悲しみから喜びへの変換ってすごいですよね。私自身、生きる悲しみを抱えながらそういう思いをずっと歌い続けていくと、いったいどうなるんだろうなって思うんです。悲しみのままのか。でも、きっといつか、心から安らかな気持ちになれたらいいなと思うんですよね。

──人間が生きるうえでの悲しみというのは、誰しもの中に根源的にあるものですからね。そこを味わい尽くしたとき、そのあとに、きっと光に触れられるのではないかという感じがする。

私も常にそういう願いを込めて歌を歌っています。だから、その谷川さんの歌詞は本当にすごいなと思ったんですね。私には書けない。それこそ、そんなこと書いちゃっていいんだみたいな。だけどその歌詞にすごい勇気をいただいたんです。

──悲しみが喜びへと変わるときの素晴らしさを実感するために、畠山さんは一生かけて、歌を歌っていくんでしょうね。

きっとそうなんじゃないかなっていう気がします。歌うことって、その価値があると思っているんです。

畠山美由紀 メモリアル・シンフォニック・コンサート 2016 with 東京ニューシティ管弦楽団

畠山美由紀

2016年7月30日(土)東京都 練馬文化センター 大ホール

出演者

畠山美由紀 / 中島ノブユキ / 笹子重治 / 鈴木正人(Little Creatures) / 栗原務(Little Creatures、 Double Famous) / 東京ニューシティ管弦楽団 / 鈴木織衛(指揮)

畠山美由紀(ハタケヤマミユキ)

畠山美由紀

男女ユニット・Port of Notes、エキゾ系楽団・Double Famousのボーカリストとして活動しながら、2001年、シングル「輝く月が照らす夜」でソロデビュー。2011年3月、東日本大震災で被害を受けた故郷・気仙沼を思い「わが美しき故郷よ」と題した詩を雑誌、自身のブログにて発表。その詩は被災した人たちだけでなく、故郷を持つ全国の人々の心に届き、話題に。2013年6月、中島ノブユキをプロデューサーに迎え、アルバム「rain falls」をリリース。同年11月、日本製紙クリネックススタジアム宮城にて開催された「コナミ日本シリーズ2013」にて国歌斉唱を担当した。2014年9月3日、演歌や歌謡曲をカバーしたアルバム 「歌で逢いましょう」を発表。2016年7月30日に、ソロデビュー15周年を記念したコンサート「畠山美由紀 メモリアル・シンフォニック・コンサート 2016 with 東京ニューシティ管弦楽団」を東京・練馬文化センターにて実施する。