遥海|孤独に寄り添いながら歌い継ぐ、本場のR&B

2020年5月にシングル「Pride」でメジャーデビューを果たした遥海が、2021年最初の作品となる「INSPIRED EP」を2月17日にリリースした。

リード曲「FLY」は、遥海が幼少の頃から親しんできたゴスペルの要素を取り入れた美しいミディアムバラード。ときに繊細に、ときにパワフルに歌い上げるその表現力は、メジャーデビュー作「Pride」からわずか1年足らずで着実に進化しており、その成長ぶりに驚かされる。また、そのタイトルが示す通り、本作には彼女に多大なるインスピレーションを与えてきた洋楽R&Bのラブソング4曲のカバーを収録。アリシア・キーズの「No One」、リアーナの「Take A Bow」など2000年代の名曲たちが、彼女なりの解釈によって見事に歌い上げられている。

遥海は昨年11月にはブロードウェイミュージカル「RENT」日本版で舞台デビューを果たすも、彼女を含む出演者が新型コロナウイルスに感染し2週間で公演中止という苦難に直面。入院中は、吹き込んだばかりの新曲「FLY」を聴いて自分自身を励まし続けていたという。そんな彼女に「INSPIRED EP」の制作エピソードやカバー曲への思いはもちろん、コロナ闘病の貴重な体験についても赤裸々に語ってもらった。

取材・文 / 黒田隆憲

自分自身をさらけ出す

──「PRIDE」でメジャーデビューしてからおよそ8カ月が経ちました。その間、どのような活動をしてきましたか?

コロナ禍でのデビューだったので、ライブもなかなか思うようにできなくて。そんな中、自分の歌を届けるためにはもともとの拠点だけでなく、さまざまな場所へ自分から出向いていく必要があるなと思いました。YouTubeやInstagram、TikTokなどを積極的に利用しながら、少しでも多くの人に自分の楽曲を知ってもらおうと活動していましたね。私、けっこうエゴサしてるんですけど(笑)、「どこどこのラジオで遥海ちゃんの曲が流れた」とかそういう投稿をしてくれている人を見つけて、すぐにその番組を聴きにいったりしているうちに、いつの間にかラジオが好きになっていました(笑)。

──ラジオといえば、ZIP-FMでご自身のレギュラー番組「Midnight Getaway」をやっていますよね。手応えはいかがですか?

ラジオ番組は自分にとっても特別で、アーティストとしての遥海だけでなく、24歳の女の子としての遥海のことも知ってもらえたらいいなと思い、ぶっちゃけトークをしています(笑)。歌だけじゃなくて私のパーソナリティに関心を持ってくれている人もけっこう多くて。そういう人たちとつながれるのはラジオならではなのかなと思います。声はとても正直で、そのときの自分の気持ちがそのまま乗っかるのも面白いです。

──コロナ禍で家にいる時間が増え、ラジオを聴いて遥海さんの声に励まされている人も多いかもしれないですね。

遥海

そうだといいなと思います。実は私、昨年11月にコロナに感染してしまい、入院しているときはずっとラジオを聴いていたんです。Netflixで映画やドラマもめちゃくちゃ観たんですけど、ラジオを聴いていると隣に誰かがいてくれるような感覚があって。ベッドで1人、横になって孤独を感じていたときはかなり救われました。それを思うとラジオって本当にいいメディアだなと思うし、私も自分のラジオ番組で誰かを励ますことができたらとてもうれしいですね。

──ご自身がコロナに感染したことについても詳しくお聞きしたいのですが、その前にミュージカル「RENT」のミミ役に抜擢されたときの心境を聞かせてもらえますか?

とにかく大変でした。演技をすることは、自分自身をさらけ出す行為に近いと思うんですよ。無理やり内面を見られるような気分というか(笑)。本当にその世界に没入し、役になりきるためには恥ずかしがってなどいられないのですが、それができるようになるまでには相当時間がかかりました。

──特に遥海さんが演じたミミは、HIVに感染していて麻薬に依存している19歳のストリッパーという、なかなかクセのあるキャラクターです。

最初はものすごく抵抗がありました(笑)。私自身はドラッグに手を出したこともないし、HIVにも感染していないのでまったく共感できなくて。でもよくよく考えてみれば、どんなに強い人だって心のどこかには弱い部分があると思うんですよね。ミミの場合、そんな“心の穴”を埋めようとしてドラッグやいろんな男性に手を出してしまうわけで。そう考えると、私も心の穴を埋めたいときに映画を観たり、本を読んだり、好きな食べ物を思いっきり食べたりしているなと(笑)。そういうふうに発想を変えてみたら、ミミの気持ちにも少しずつ寄り添えるようになっていって。そこからは、本当に毎日楽しく演技に没頭できるようになりました。「自分、めっちゃ進化しているな!」と、公演を重ねるごとに感じていましたね。

音楽にそばにいてほしい

──ところが、その「RENT」のキャスト、スタッフの間でコロナウイルス感染が広がり、11月16日を最後に公演は中止となってしまいました。先ほどおっしゃっていたように、遥海さん自身にも陽性反応が出て入院されたそうですが、そのときはどんな気持ちでしたか?

どん底でした。「悔しい」という言葉だけでは片付けられない気持ち……今思い出しても涙が出そうになります。とにかく長い期間をかけて、一生懸命役作りや稽古をしてきたんですよ。自分の人生を捧げて、今死んでも悔いはないと思うくらい打ち込んでいたし、周りの人たちにもたくさん協力してもらってきたのにって。自分はこれまで「1人は大事、でも孤独はイヤだ」と言い続けてきたのですが、さっきも話したように入院中は心の底から孤独でした。濃厚接触者となってしまった家族とはまったく会えないし、みんなが元気に楽しく過ごしている様子をSNSで覗いては、その人たちのことを妬んでしまうくらいネガティブな気持ちでいましたね。

──症状はどうだったのですか?

世間では「若者は感染しても軽症で済む」なんて言われていますけど、全然そんなことなくて。今でも息苦しさが残っているため、歩いているだけで息切れしてしまったり、歌っていてもブレスに違和感を覚えたり。今ようやく味覚と嗅覚が完全に戻ったのですが、そこまでもけっこう長かったんですよね。「もう二度と歌えないかもしれない」「こんなに息苦しかったら舞台になんて立てない」「いろんな人の期待を裏切ってしまった」みたいな気持ちが次々と押し寄せてきて、本当につらかった。「あれだけ感染予防をしっかりやっていたのに」という悔しさもありました。誰のことも責められないし、怒りや悲しみを誰にもぶつけられないつらさもあって。コロナ、本当に憎いです!(笑)

──もはやいつ誰が感染してもおかしくない状況です。そんな中、遥海さんが経験したことをシェアしてもらえたのはとても貴重だなと思いました。以前、インタビューさせてもらったときに「ポジティブや優しさは作れるし、選び取れる選択肢の1つ」とおっしゃっていたのが印象に残っているのですが、闘病中は“ポジティブ”も“優しさ”も選び取れないくらいつらい日々だったのですね。

遥海

そうですね。そんな中、改めて人に頼ることの大切さを思い知りました。自分の大親友や親類たちが家族の代わりにいろんなものを送ってくれたり、病院のスタッフが懸命にサポートしてくださったり。今まで「1人の方が楽」なんて言ってきたけど、そんなの絶対にウソだなって(笑)。自分が空っぽのとき、「この人になら寄りかかっても大丈夫だ」と思える存在のありがたさを身に染みて感じたし、逆に自分がポジティブな状態のときは、誰かの支えになれたらいいなと心から思いました。そしてそれは、音楽にも同じことが言えるなと。

──というと?

入院中、「自分はなんで音楽を聴いているんだろう?」と考えたんですよ。「どんなときに音楽を聴くのかな?」って。もちろん、人それぞれだと思うんです。落ち込んだ気分をアゲるために明るい曲を聴くという人もいると思うんですけど、自分はめっちゃ落ち込んだときは、「いっそどん底まで落ちちゃおう」と思って暗い曲を聴くタイプの人でした(笑)。寂しいときには寂しい曲を聴いて、そのときの自分の気持ちに浸るのが心地いいんだなって。

──なるほど。悲しい気持ちやつらい気持ちに蓋をするのではなく、その感情にとことん浸りきることも、そこから抜け出す1つの手段かもしれないですよね。

そうなんです。それは自分にとって、大きな発見でした。落ち込んだとき、誰かにそばにいてほしいのと同じように、音楽にもそばにいてほしいんだなと。いろんな経験をして、そのときはボロボロなんですけど、時間が経てば強くなっている自分がいる。それを思うと、自分にとって必要な経験を誰かから与えてもらっている気がします。