花澤香菜×菅原圭インタビュー|気鋭のシンガーソングライターに白羽の矢、新たな出会いが生んだ「Circle」

花澤香菜の2023年第2弾となる新曲「Circle」が配信リリースされた。作詞作曲を手がけたのは、Spotifyがプッシュするネクストブレイクアーティスト「RADAR: Early Noise 2022」に選出され一躍脚光を浴びたシンガーソングライター・菅原圭。さまざまなアーティストとのコラボでも話題の菅原だが、ソングライターとして楽曲を提供するのは「Circle」が初となる。声優デビュー20周年、アーティストとしても活動12年目に突入した花澤は、なぜ菅原に白羽の矢を立てたのか? 菅原は花澤のオーダーにどのような回答を示したのか? 音楽ナタリーでは2人に話を聞いた。

取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 佐々木康太

言葉が鮮明に聞き取れる声

──新曲「Circle」を制作するにあたり、花澤さんはどのような経緯で菅原さんに白羽の矢を立てたんですか?

花澤香菜 次の楽曲をどうするかという話し合いをしていく中で、レーベルの方から「菅原圭さんっていういいアーティストがいるんだよ」と教えていただいたんです。それでスタッフみんなで聴いてみたら満場一致で「めっちゃいい!」って。

菅原圭 うれしい。やったー!

花澤 でも菅原さん、これまで楽曲の提供って……。

菅原 そう、ないんですよ。初めてでした。

花澤 そうですよね。だから受けてくださるかどうかはわからないけど、とりあえずお願いしてみようと。

花澤香菜

花澤香菜

──楽曲提供の前例がない中で、いきなり花澤香菜から依頼が来るというのはなかなかのプレッシャーですよね。

花澤 すみません、いきなり(笑)。

菅原 いえいえ。本当にいきなり「どうですか」とお話があって。「……私でいいのかなあ」というところから入ったんですけど、私の楽曲をいくつかリファレンスとして挙げてくださって、「この曲とこの曲の、こういう要素を」と具体的なオーダーをいただいたんですよ。「すごくしっかりと私の曲を聴いたうえでお声がけしてくださったんだな」とうれしくなりました。「ちゃんとしたオファーだ」って(笑)。

花澤 ふふふふ。

菅原 すごく前向きに「挑戦してみたい」と思いました。自分の作風のまま、のびのびと作ることができたので楽しかったです。

花澤 私、菅原さんの声が本当に大好きで。デモは菅原さんが歌ったバージョンで聴いたので、「いやあ……もう最高」と思うと同時に「このままリリースしてほしい」って思いました。お願いしておいてなんですけど(笑)。アーティストの方に楽曲をお願いするといつも思っちゃうんですが、今回も。

──「アーティストの未発表曲を自分だけが聴いている」状態。

花澤 そうそう! しかもこれ、私はどうやって歌えばいいんだろうと……。

──確かに、花澤さんと菅原さんではボーカルスタイルが真逆というか、声の特徴はかなり違いますよね。

菅原 そうですね。なので私としては「花澤さんに曲を提供する」というより「花澤さんの声で歌ってほしいメロディや歌詞を」と考えました。例えば、自分で歌う前提だと、言葉がたくさん詰まった譜割にはならないんです。そのへんはプリプロで気付いたことがたくさんあって……声優さんで歌を歌っている方特有のものなのか、花澤さんの歌は言葉が印象的に聞こえるんですよね。言葉がめっちゃ聞き取りやすい。自分は「こう歌っているんだと思っていたけど、歌詞を読んだら全然違った」と言われることがよくあって。でも花澤さんの歌は、歌詞を読まなくても言葉が鮮明に聞き取れる。

菅原圭

菅原圭

──なんでしょう、言葉の解像度が高くなると言いますか。

菅原 そうです、そうです。解像度がバッと上がって「これが聴きたかった!」と思えるところがすごくあって。自分で歌うとそうはならず、なんかグッとこないというか。

──それ、花澤さんとしては自覚はあるんですか? 自覚があって、何か極意として伝えられるものはあるのでしょうか。

花澤 どうでしょうねえ。でもやっぱりお仕事上、言葉を伝えることについては「このセリフにはどういう意味が込められているんだろう」「どうやって伝えよう」と常日頃から考えているのが大きいかもしれない。でも、デモのね、菅原さんの歌が本当によかったんですよ。私は力強い歌をカラオケとかで歌っても全然ひょろひょろなんですよ。菅原さんの歌は低いところがいい感じで響くじゃないですか。それが野太い感じじゃなくて、心地よく響いてるんですよね。かつ力強い。

──お互いにないものねだりな部分がありそうですけど。

花澤 そうですね。それは菅原さんのオリジナリティだし、真似できないところだから、私はどう歌えばいいんだろう?と。そこを考えるにはすごく大変でしたけど……「Circle」を歌っていると、自分の中のフラストレーションがどんどん解放されていくような感じがあるんですよね。あまり声色を意識しすぎると、それが薄まっちゃうような気もして。結局はあまり意識せずに、勢いも加味して歌いました。

──そうなんですね。菅原さんの楽曲を花澤さんらしいアプローチで表現しているなと思いつつ、いつもよりも少し硬質な声が混じっているような印象があって、少し新鮮に感じました。

菅原 確かにそうですね。

花澤 あのね、この日めっちゃ喉の調子がよかったんですよ(笑)。

菅原 そうなんですね(笑)。

花澤 それでちょっといつもと違う声が出せたのかもしれない。

花澤香菜

花澤香菜

すごく筆が乗りました

──菅原さんはもともと花澤さんの歌や声、ご本人のキャラクターにどういう印象を持っていましたか?

菅原 自分にとっては、青春時代の声優さんなんです。中高生の頃に「化物語」に夢中になって。花澤さんが演じていた千石撫子とキャラソンの「恋愛サーキュレーション」はネットミームのような存在でしたから。

──自分が歌う前提ではない曲を、というお話がありましたが、菅原さんとしてはやはり自分の曲を作るのと楽曲提供では違うものを感じましたか?

菅原 違いましたね。最初の打ち合わせのとき「キャラクターを演じる花澤さんではなく、アーティストとしての花澤さんのいいところを出していきたい」というお話があったんです。私を指名してくださったのだから、これまで客観的に聴いていた花澤さんの歌のイメージから離れた新しい一面を引き出さなくてはと。なにせ楽曲提供が初めてなので、ちゃんと自分のファンにも「菅原の楽曲だ」とわかってもらえるような香りも入れつつ、花澤さんのファンにも「いつもとひと味違うよね」と感じてもらえるような曲にしなければ……というプレッシャーはあったのですが、その縛りがあったのがよかったのか、すごく筆が乗りました(笑)。

花澤 ふふふふ。実際どのくらいかかりましたか?

菅原 最初に提出したときはワンコーラスのみですけど、書き始めてからは2、3時間くらいですね。

花澤 2、3時間!? すごい!

──これまでいろんな作家さんに話を聞いてきましたけど、花澤さんに曲を書き下ろすのはみんな楽しそうなんですよね。この声を意のままに操れるという(笑)。

菅原 そうなんですよ。今回は曲のテーマに沿って「かわいい曲じゃなくてもいい」というのがあったし……新しい花澤香菜ってなんだろう?と考えたとき、まずはこういう感じのロック調はあまりないかもしれないなって。そこに菅原風味を加えるうえで、印象に残るようなキャッチーさも欲しい。「かわいらしすぎない花澤香菜さんが見たい。でも、ところどころにかわいい要素がある。そして最終的にはかわいい印象が残る」みたいな、そういう曲になればいいなと念じながら書きました。

花澤香菜

花澤香菜

──花澤さんは10年ほどの音楽キャリアの中でさまざまな曲を歌ってきましたし、さらにはキャラクターソングでバリエーションに富んだ曲に挑戦してきましたけど、確かに「意外とこのタイプはなかった」という新鮮さがあるんですよね。尺も短く、短距離走で駆け抜けるような。

花澤 そう。3分もない短い曲なんですけど、曲中はすごいスピードでずーっと歌ってるんですよね。

──若いアーティスト、作家さんと新たに組むことが最近多いのは、花澤さん自身に「今までにない新しいものを」という意識があるから?

花澤 そうですね。今回も、もちろん菅原さんの色を出してもらいつつ、今までにないカッコよさが欲しかったという思いがあります。

花澤香菜は姿勢がいい

──初めての花澤さん現場で何か印象に残ったことはありますか?

菅原 初対面のプリプロのときに思ったのは、花澤さん、めっちゃ姿勢がいいなって。

花澤 あはははは! 姿勢(笑)。

菅原 声優さんにお会いすること自体が初めてだったから、「今まで接したことのない職業の方に会う」というワクワクもあったんですよ。そしたらめっちゃ姿勢がきれいで。

花澤 そんなこと現場ではひと言も言ってくれなかったじゃないですか(笑)。

菅原 普通に座られていても姿勢がいいし、ブースに入られてからも姿勢がいいし、「やっぱりきれいな発声にはきれいな姿勢なのか」と私は素人ながらに考えていました。

──それは心当たりのあることなんですか?

花澤 私、ピラティスをやっていて。

菅原 なるほど!

花澤 本当に、姿勢を悪くして声を出していると、体のいろんなところにガタがくるんですよ。腰を悪くしちゃったり。だから「なるべく体に負荷をかけないように発声するには」とピラティスの先生と話し合いながら作ってきた賜物です(笑)。

菅原 わあ、実際に姿勢が大事なんだ。そうかー。あとは1曲を通して歌われていたのも印象的でした。全部を一気に何回も歌うのは疲れるので、レコーディングでは少しずつ録っていくことが多いと思うんですけど、花澤さんは最初から最後まで通して歌われていて。体力もおありなんだなと思いました。

花澤 流れで歌ったほうが、1曲の中で波が自分で作れるから。あと、始まったら歌いっぱなしの曲なので、ライブでやることも考えて。

菅原 なるほどー。私はライブ未経験なんですけど、確かになあ……。息継ぎが難しいですよね、この曲。ライブで歌うことを想定していない楽曲で申し訳ないです(笑)。

──ライブ未経験の菅原さんに、花澤から何かアドバイスするとしたら?

花澤 えー! なんだろう?

花澤香菜

花澤香菜

──2時間くらいのワンマンライブをやるとして、何か注意すべきポイントなど。

菅原 やっぱ息継ぎですか? あと、2時間ライブをやるとなると、1人で20曲近く歌うわけじゃないですか。歌詞、覚えられます……?

花澤 あははは!

菅原 (資料を手に)1曲の歌詞がこのくらいあるとして、それが20曲くらいあるとしたら……大学のレポート提出くらいの分量ですよね。一言一句違わずにそのレポートの内容を覚えると考えたら、難しくないですか? たとえ覚えたとしても緊張で忘れちゃいそうだし……。

花澤 ちょうどこの間のライブで、デビューから数えきれないほど歌ってきた「星空☆ディスティネーション」の歌詞が飛んだんですよ。デビュー曲ですよ? 私、もう歳なのか(笑)、いろんなものにぶつかっちゃうんですね。物との距離感がつかめなくて。東京ではスピーカーに弁慶の泣きどころをぶつけて悶絶しながら歌ってたんです。大阪では足元にスピーカーがなかったから生き生きと歌っていたら、ピアノの華さん(末永華子)がお水を置いている台にぶつかっちゃって。「またやっちゃった……」って反省しているうちに歌詞が飛んじゃって、「ホニャホニャ」と歌ってました(笑)。そういうことはあります。でもみんな「ライブだしね!」って受け入れてくれますよ。ハプニングがあるのもライブの醍醐味なので。