ハナレグミ×仲野太賀|曖昧さから浮かび上がるリアル 言語化できない感覚を追い求める2人の対話

ハナレグミ 単独インタビュー

永積崇(ハナレグミ)

「ここから何かが始まるな」って思えた瞬間があった

──今回のアルバムは一聴してすごく開放感のある作品だなと思いました。前作「SHINJITERU」が、どこか内省的な雰囲気のある作品だったから、明らかにモードが切り替わったんだろうなと思って。そのあたりはいかがですか?

前回のアルバムを作り終えてからツアーを2回やったんだけど、そのあと、「ここから何かが始まるな」って急に思えた瞬間があったんだよね。2回目のツアーを終えたあと、(2019年の)3月11日に福島に行ったんだけど、僕が訪れた地区は当時まだ居住者が戻って来れない状態で。その光景を見たときに、パッと自分の中のモードが切り替わった気がしたんだよ。

──それは、かなり明確に?

はっきりした理由は自分の中でも言葉にはまだできてないんだけど、何かが切り替わった気がした。あとは「SHINJITERU」という作品を完成させたことも大きかったよね。あのアルバムを作ってる頃は、自分の中にある静かなところや闇影の部分から逃げちゃいけないという意識が強くあって。その時期に黒人のブルースとかを聴いて、自分を深いところまで見つめ直すような作業を意識的にやったんだけど、アルバムを1枚作り終えたら、ここで得た新しい感覚をたくさんのオーディエンスと共有したいという気持ちに変わっていった。この次は喜びだとか、そういうものを音楽で表現していきたいなって。

──「SHINJITERU」の作業を通じて自分自身と徹底的に向き合ったからこそ、自然にモードが切り替わったのかもしれませんね。

永積崇(ハナレグミ)

ときどき自分を見つめ直したり、そういう作業が必要なんだろうね。

──「マドベーゼ」(2017年リリースの2ndアルバム「日々のあわ」収録曲)でも、「晴れたり曇ったり 変わりやすい僕の空」と歌っているぐらいだし(笑)。

そうそうそう(笑)。

──今は晴れてる時期なんですかね?

うん、晴れてると思う。

何を歌うべきかまったくわからなくなってしまった

──新たなモードに切り替わって、最初に生まれた曲は?

「独自のLIFE」という曲。それを去年2月にやったツアー「THE MOMENT」で会場限定で販売して。

──「独自のLIFE」は、それこそ晴れモード全開の曲ですよね。

うん、晴れてる。

──この曲が今作の収録曲の中で最初にできたっていうのは、すごく合点がいきます。ちなみにアルバムの制作が本格的に始まったのはいつぐらいからですか?

実は「独自のLIFE」以降、新曲をライブ会場限定で、続けてCDリリースしていこうっていう計画があったんだけど、コロナ禍でダメになっちゃって。本格的に始まったのは夏以降だね。どういうふうにレコーディングをやっていこうとか、いろいろ紆余曲折があって。あと自分の中で何を歌うべきかまったくわからなくなってしまって、それも大きかった。

──3.11以降も、しばらく曲が書けなくなってしまったんですよね。

うん。同じような感じだと思う。衝撃としては3.11のほうが強かったけど。コロナ禍ではそれ以前と同じく普通に過ごせはしてたんだけど、なんかちょっと窮屈で、どこか真綿で首を絞められていくような。だんだん感覚が麻痺していく感じがあった。なかなかそういう中で、曲を書こうという気持ちには正直なれなくて。

──その時期はどんなふうに過ごしていたんですか?

最初の頃は「棚から落ちたホリデー」で歌ってるように「すげー休日が来ちゃったじゃん!」みたいな感覚だったんだけど、だんだんそういうわけにもいかず(笑)。なんか、うーん……曲作りの感覚がやっぱり止まったよね。だから家と作業場を毎日往復するようにしてた。とにかく思考が止まらないように。

──制作のモードをキープするために。

でも作業場に行ったからって曲を作れるわけでもなくて。ひたすら調べ物をしたり、何もせずに1日終わってしまうような感じだった。ただ去年の緊急事態宣言以降も映画(「おらおらでひとりいぐも」)の主題歌になった「賑やかな日々」とか、奥田民生さんと一緒に作った「僕のBUDDY!!」(「FM802 × TSUTAYA ACCESS!」キャンペーンソング)の制作があって、曲を作る目標があったから、そういう意味ではすごく助かったよね。

永積崇(ハナレグミ)

「気持ちいい / 気持ちよくない」だけで判断できるものを

──そうした紆余曲折を経て、いざ本格的にレコーディングがスタートしたわけですが。

コロナ禍においても、自分の中にポジティブな感覚はあったから、それは作品の中に落とし込みたいなと思ってた。けど、その反面、自分の気持ちに入り込みすぎると作品が今だけのものになっちゃうような怖さもあって。そういうものは作りたくなかったから。もっと広い空の下に駆け出していくような雰囲気の作品にしたかったんだよね。

──じゃあ制作中は常に開放感を意識して。

そう。開放感と、あとは動き続けているフィーリングを音にしたかったから。今回は曲のイメージを膨らませたり歌詞を書いたりするときは、できるだけ街を歩くようにしてた。煮詰まりそうになると家の外に出て。

──今までそういう作り方をしたことは?

意識的にやってはいなかったかもね。ドライブしながらイメージするようなことはあったけど。とにかく思考が1カ所に留まらないようにしなきゃと思ってたから。あまり自分の心の奥深くに潜り込みたくないなって。

──それは表現を突き詰めすぎないみたいなことですか?

意識して突き詰めないようにしたのかもね。なんかね……今は深く掘り下げることよりも、自分の直感をシンプルに出したいと思った。コロナ禍になってから、何かが決壊したようにネットとかを通じて、すごい勢いで世の中があらわになっていったじゃない? 「何が正しい / 正しくない」みたいなことで、議論を超えて誰かが誰かを攻撃するようなことを目にすることがすごく増えていったし。そういうやりとりの中にいると自分自身が弱っていってしまう気がしたんだよね。何が正しくて、何が間違っているとか、言葉で何かを積み上げていくようなことっていうのは、あの時期もう自分の音楽の中に入れられそうにない気がして。音楽なんだから、もう“響き”でよくないか?って。今、自分が作る音楽はそういうものにしたかった。

──歌詞で問題提起するようなものではなくて。

じゃなくて。「こんなご時世でも、心地よさをまっすぐ歌う奴がいてよくない?」みたいな(笑)。思考をたくさん使う表現が世の中に多すぎないか?と感じて。だからこそ自分の音楽は真逆がいいかなと思ったんだよ。「気持ちいい / 気持ちよくない」っていうだけで判断できるもの。本来、音楽ってそういうものだと思うし。以前はライブでそういう感覚的な部分を補うことができてたと思うんだけど、今はそれが難しい状況だから。

コロナ禍によって見つけられたこともたくさんあった

──今は普通に生きてるだけで、いろいろ思考せざるを得ない状況ですからね。物事をついつい裏読みしてしまったり。

ホントそうなんだよね。

──そういう意味でいうと、今回のアルバムは裏読みのしがいがないのかもしれません(笑)。

ははは。裏はないです(笑)。あとは、コロナ禍が広まってしばらく自分が音楽を聴けなくなったっていうのも大きいかな。

──それまで好きだった音楽も?

あんまり聴かなくなった。まったく聴かない時期もあって。見えない何かが忍び寄ってる状況の中、音楽を聴いてすごく切ない気分になったり、逆にとんでもなくハッピーな気分になったり、なんかそういうこと自体、疲れてしまうというかさ(笑)。できるだけフラットな気持ちでいられるような状態がいいなと思って。

──そういう心境が、「Quiet Light」の歌詞にある、「ありきたりな今日を 賑やかさないように」という一節に表れているわけですね。

そうそう。この曲は漢方のCMソング(クラシエ薬品「漢方セラピー」ブランドソング)として書いたんだけど、漢方をやってる時間って、自分の体が発するサインとゆっくり会話する時間でもあるんだって。それってある意味、外に出られず、人にも会えない今の状況と図らずも似ている気がして。コロナ禍によって失われてしまったこともあるけど、見つけられたこともたくさんあってさ。そういう物事を大袈裟に捉えるんじゃなくて、この先の当たり前のものとして穏やかに受け取っていきたいなって。

──あるがままの今を享受するというか。

人によっては、「今日もずーっとここから部屋の外を眺めている」みたいな時間があったと思うんだよね。でも淡々と続いていくものの中から何かが見えてくる瞬間もあったりするし。