ナタリー PowerPush - ハナレグミ
カバーアルバム「だれそかれそ」永積 崇が見つけた新たな世界
単にいい歌っていうだけじゃつまんない
──「オリビアを聴きながら」はスカパラとのコンビネーションが絶妙ですね。
この曲は弾き語りでたまに自分1人で弾いてたりはしてたんだけど、やっぱりバンドでドカンとやりたいなと思って。スカパラの初期の頃のちょっと昭和歌謡が混じってるようなフィーリングとか、杉村ルイさんがいたときの「愛があるかい?」とか、そういうのすごく好きだから。
──ちょっといなたい感じの?
そう、植木等とかクレージーキャッツみたいな。ああいう感じでスカパラと一緒にやってみたいなと思って。景気よく泣いているみたいなね。
──でも原曲のテイストや詞の内容にあわせるなら、もっとしっとりカバーするのが普通ですよね。
うん、でもこないだ野音で歌ったときも「幻を愛したのー!」って客席みんな大騒ぎで歌ってたからね(笑)。カバーってそういう面があるのもいいと思ってて、詞の世界を大事にするっていうのも1つのカバーだし、みんなで歌えるっていうのも自分の場合はすごく大事にしたい。陶芸家が器を焼くように大事に歌うだけじゃなくて、聴いてる側も入り込んじゃって一緒になって歌いたくなるような、そういうものも作りたいと思ってます。
──「ラブリー」もそうですが、年月を経てその歌がみんなの歌になってるからこそ、こういう大胆なアプローチができるんでしょうね。
そうそう、単に「いい声、いいメロディ、いい歌ですね」みたいなのはつまんない。だからカラオケ行って人の曲を歌うのと一緒で、聴いてる側が一緒に歌いたくなるようなものもやりたくて、「オリビアを聴きながら」はそういうものになったんじゃないかって気がしてます。
「多摩蘭坂」は自分の心の街に似合う歌
──ラストに収録されている「多摩蘭坂」はやはり永積さんにとっても特別な曲ですか?
「多摩蘭坂」は、なんて言えばいいのかな……。あの、このアルバムは自分の中でサントラみたいな感覚もあって、自分の中にある街の景色っていうか、いろんなシーン、その街でずっと生きてきた永積 崇青年のいろんなシーンのサントラなんです。で、その中に1曲(忌野)清志郎さんの曲っていうのが入っててほしいなって思ったし、その曲を国立のミュージシャンの人たちと奏でたいなって思って。
──この曲に参加している土生剛さん、宮野裕司さん、ピアニカ前田さんってみんな国立の方なんですか?
うん、みんなそう。出身はたぶん違うと思うけど、そこらへん界隈の人たちっていうかね。なんかその街の空気を知ってる人たちの音って絶対あると思うんですよ。例えばブリストン(イギリス)とかもそうだと思うし。だから今回この4人で音を出したときに、もうなんかぴったりだって思った。多摩蘭坂って取り立てて何があるわけでもない、どこにでもあるような坂だけど、なんかね、そのポツネンとした感じのその坂を知ってるからこその何かがこもってる気がする、この曲の中には。
──前田さんのピアノが素晴らしいですね。
ものすごい音してる。聴いてるだけでほんと涙が出そうなね。
──清志郎さんという存在の大きさのせいか、この曲での永積さんのボーカルは「みんなで楽しく歌おう」みたいなこととは違う、凛とした姿勢を感じたんです。それは曲の持つ空気のせいなんでしょうか?
うん、曲もだし、なんだろうな。音に引き出されたっていうのもあるのかな。3人の音を聴いて、自然とこういうふうに歌いたくなったんだと思います。前田さんのピアノと宮野さんのサックスと土生さんのスティールパン。
──感情を抑えた歌唱が胸に響きますね。
あまりエモーショナルに歌いたいっていうふうにも思わなかったから。むしろなんかポツンとしてるもののほうが好きで。「多摩蘭坂」にはなんかそういうものが似合う気もするし。さっきも言ったけど、このアルバムはただカバーしてみたっていうんじゃなくて、やっぱり自分が何年もかけて大好きになってきた曲たちを歌うっていうものだから。自分の心の中の街みたいなものがあるとして、その街によく似合う曲を歌いたかったの。そういう街にいてグッとくる瞬間ってやっぱ西日が長くなってきて、ほんと光が金色みたいになってて、遠くの誰かを、向こうに見えてる誰かをふと思うようなとき。1人でぽーっと歩いてたら急にそういうものが現れて、なんか立ち尽くしちゃうような瞬間。それがすごく好きで、「多摩蘭坂」はほんとそんな風景が似合う曲だと思います。
自分には書けない言葉を歌う快感
──この作品を作ったことで、永積さんの中で歌に対する意識が変わった部分というのもありますか?
うん、すごくあります。やっぱり歌詞とかも、例えば「プカプカ」は関西弁っていうか「あん娘」とか「あたいの」とか、言い慣れてない言葉を歌ってるんですけど、でもなんかね、その言い慣れてない感じが逆にこう言葉が残るなあと思って。言葉との間にいい意味での距離が少しある。だから自分の歌詞とかも、もしかしたらそれくらいの気持ちでもっと突き放したように書くのも面白いかなって。自分の言葉の枠から飛び出してもいいのかなって思ったんです。
──じゃあ今後自分のオリジナル曲を作るときにも影響が?
うん、そういう遊びがあってもいいのかなとかね。やっぱり自分で書いてる以上は、自分の知ってることとか感じてることしか書けないけど、こうやってカバーするといろんな人の言葉と出会えるから。自分じゃ絶対書けない言葉を歌う快感がありますよね。「胸の奥の友達でいさせて」なんて今まで言ったこともないけど、でもその言葉を言える面白さっていうかね、それはあると思う。その世界を自分なりに思い描きながら。
──新たな世界が広がりますね。
そうですね。やっぱりこのカバーを作り終えて、これをやったことによって次にいけるって気がしてるんです。次またちゃんとオリジナルを作りたいってすごく思ってます。
──どんなアルバムになりそうですか?
いや、まだまったくなんの構想もないんですけど(笑)。だけど、このカバーアルバムで体をマッサージされた感覚があって。イマジネーションをすごく刺激されたし、またすぐ歌いたいなっていう気持ちにすごくなってる。いつもはアルバム作るともう出しきって「しばらく休みたい」みたいな感じになっちゃうんだけど、今は次に向けてのワクワクした気持ちがすごくある。そういう意味でもカバーやってよかったなと思ってます。
収録曲
- Hello, my friend(松任谷由実)
- 接吻 Kiss(ORIGINAL LOVE)
- 中央線(THE BOOM)
- いっそ セレナーデ(井上陽水)
- 空に星があるように(荒木一郎)
- オリビアを聴きながら(杏里)
- プカプカ(西岡恭蔵)
- いいじゃないの幸せならば(佐良直美)
- ウイスキーが、お好きでしょ(SAYURI)
- ラブリー(小沢健二)
- エイリアンズ(キリンジ)
- 多摩蘭坂(RCサクセション)
※カッコ内はオリジナルアーティスト
ハナレグミ
1974年東京生まれの永積 崇(ex. SUPER BUTTER DOG)によるソロユニット。2002年11月に1stアルバム「音タイム」をリリースし、そのおだやかな歌声が好評を得る。2005年9月には東京・小金井公園でフリーライブ「hana-uta fes.」を開催。台風に伴う大雨にもかかわらず約2万人の観客を集めた。2009年6月に4年半ぶりとなるアルバム「あいのわ」をリリースし、ツアーファイナルの日本武道館公演では約1万人の観客を圧倒するステージを披露した。2011年9月には5thアルバム「オアシス」を発表。2013年5月発表のカバーアルバム「だれそかれそ」では多くの名曲をさまざまなアプローチで歌い上げ、ボーカリストとしての力量を見せている。