go!go!vanillas|混沌とした現代に贈る、無償の愛を詰め込んだ“パンドラの箱”

The Anticipation Illicit Tsuboiとの制作

──アルバム収録曲の歌詞はすべてコロナ禍に書いたんですか?

 いえ、「アメイジングレース」はコロナ前に書いた曲ですね。プリティがバンドに戻ってきた節目のタイミング(プリティは2018年末の交通事故により長期休養を余儀なくされた)だったので、記念品みたいな曲を作りたくて。

プリティ 記念品なんだ(笑)。

 「アメイジングレース」でプリティに対する思いを真空パックして、その後はいつも通りにやろうと思っていたんです。それで次の一歩をどうするか考えていたらコロナ禍になってしまって。

──そうだったんですね。1曲目の「アダムとイヴ」はサウンドメイクにすごくインパクトを受けました。共同アレンジャーとしてThe Anticipation Illicit Tsuboiさんが参加していますが、タッグを組んだのはどうしてなんですか?

 Tsuboiさんには「アダムとイヴ」「倫敦」の2曲をお願いしました。オファーしたのにはいろんな理由があるんですけど、まず次のステップに向かうための刺激が欲しかったんです。特に「アダムとイヴ」はデモの段階ではかなりシンプルだったので「このままだと面白くないな」と思って。ロックやポップスのフィールドではなく、ブラックミュージックや最近のヒップホップにも通じている人を探していて。そしたらTsuboiさんがプロデュースしたスチャダラパーとRHYMESTERのコラボ曲「Forever Young」がすごくよくて、「日本にこんなにカッコいいトラックを作れる人がいるのか!」とびっくりしたし、ぜひご一緒したいなと思ってオファーしました。

──Tsuboiさんはブラックミュージック、ヒップホップのシーンで尖った音を作り続けている方ですよね。バニラズの制作にも新しい風が吹いたのでは?

柳沢 吹きまくりました! 吹きすぎて、何度か風の通り道を塞いだぐらい(笑)。「アダムとイヴ」「倫敦」は最後に録ったんですけど、1年かけてレコーディングしてきてすっかりチームができあがってきたところにTsuboiさんがまた新たな刺激をくれて。僕らが持っていないものをたくさん与えてくれて、それによってギターのフレーズも変化しました。楽曲を違う側面から見ることができたし、めちゃくちゃ面白かったですね。牧が言ったように、次のプロダクトに向かうための布石にもなりました。

プリティ Tsuboiさんはアレンジャーだけじゃなく、エンジニアでもあるじゃないですか。最初は「どんな音になるんだろう?」と正直不安なところもあったんですけど、できあがった音源を聴いたら2曲ともベースの音がめちゃくちゃよくて(笑)。

セイヤ ドラムの音も最高でしたね。Tsuboiさんはメンバーの1人として制作に関わってくれたし、曲への向き合い方も「俺が作った」くらいの勢いで(笑)。ドラムのフィルに対しても「こっちのほうがよくない?」とやりたいことをどんどん伝えてくれるから、それがすごく楽しかったですね。「倫敦」にはTsuboiさんのスクラッチが入ってるんですけど、「朝4時に正座してスクラッチしたよ」って言われたのが今回の制作のハイライトです(笑)。

 そうなんだ(笑)。Tsuboiさんとの制作は「音楽をやってる」という実感がすごく強かったです。そういう人と一緒にやることでバンドの中に緊張感が生まれるのもありがたいし、こっちにも意地があるから「ダサいところは見せられない」みたいな。

──もともとバニラズは外からの刺激を積極的に求めてきたバンドですもんね。

 そうですね。自分たちの曲に対して完全に満足したことがないというか「もっとこうしたい」「こうなりたい」と常に思ってるので、逆に言うと「これでいい」と安心しちゃうのが怖いんですよ。

柳沢 うん。どんどん変わっていきたいし、もっともっと進化もしたいですからね。それがバンドのあるべき姿だと思っているので。

セイヤ そのくらい気合が入っていたこともあって「アダムとイヴ」「倫敦」のレコーディングは一度延期になっているんですよ。もともとは昨年11月の日本武道館公演の直後にやるつもりだったんですけど、「このままやるのはつまらない」ということで年明けまで伸ばして。

ロンドン愛あふれる「倫敦」

──それくらい「このアルバムにはもっと新しい何かが必要だ」という気持ちがあったんでしょうね。「倫敦」はめちゃくちゃロンドン愛にあふれた曲ですが、こういう曲を書こうと思ったのはどうしてですか?

go!go!vanillas

 コード進行をループさせてるうちに、ロンドンのイメージが浮かんできたんです。ちょうどロンドンがロックダウンして「感染拡大は制御できない」と宣言した時期で、ロンドンは文化の中心だし、ずっと憧れている場所なので、自分が思い描くロンドンを曲にしたいと思ったんです。もしかしたら自分が好きなロンドンはなくなってしまうかもしれないなと。そういうのってあとから「やっておけばよかった」と後悔しても遅いじゃないですか。ルー・リードが亡くなったときも、「ライブを観ておけばよかった」と後悔したし。そんなことを考えてたらロンドン愛が爆発した曲になりました。

──「マッドチェスター聴きたいぜ 今日はまさかのハッピーマンデーだ」もそうですが、歌詞にバンドの名前がたくさん出てきますよね。わからない人はぜひ調べてみてほしいですね。

柳沢 全部検索してほしいです(笑)。

セイヤ 下手したら“ギネス”がビールの名前だって知らない人もいそうですからね。

 自分的に胸アツなのは「楽にラフにトレード」と「過去に誓い クリエイション」です。どちらもレーベルの名前なのでぜひ調べてほしい(笑)。

歌に寄り添うプリティのベース

──アルバムには「クライベイビー」「one shot kill」などのアッパーな曲も収録されています。これらはライブを意識した曲なのでしょうか?

 いや、それは考えてなかったです。ライブの状況も今後どうなるかわからなかったので。ライブについて言うと、コロナ禍になってから「今まではお客さんにすごく助けてもらってたんだな」と改めて実感したんですよ。コール&レスポンスがないと成立しないライブって、今後は難しいと思うんです。だとしたら“観る”“体験する”という要素を入れて、全体として楽しめるライブを作っていくべきだなと。なので今は演出や映像を含めて、いろんな仕掛けのあるライブを作りたいと考えてます。

──なるほど。オーディエンスと感情を交換するライブができないのは、寂しくはないですか?

セイヤ 寂しいですよ、それは。

 ただ、そういうライブのよさはもう知ってますからね。お客さんと盛り上がるライブバンドと、音楽をじっくり聴かせるバンドに分かれるとしたら、その垣根を超えないといけない時代だと思うんです。そのためには今までの自分たちになかったものを取り入れたい。それによって音楽の説得力も増すと思うので。そういう姿勢は今回のアルバムに出てるんじゃないかなと。

──アルバム後半の「手紙」「馬の骨」も、まさに“じっくり聴かせる”曲ですね。恋人との別れを描いた曲ですが、映画を観ているような感覚もあって。

 今年2月にやったアコースティックツアー「yacoustic night star tours」とも重なってるかもしれないですね。夕方から朝までの時間の流れを意識したライブだったんですけど、僕と進太郎でSEや環境音を作って、全体的にコンセプチュアルな内容になりました。「手紙」と「馬の骨」は失恋ソングなんですけど、失って初めて気付くことを表現したかったんです。恋人もそうですけど、いなくなったときに初めて「すごく大事だったんだな」「当たり前じゃなかったんだ」と思うじゃないですか。

──コロナ禍でそのことに気付いた人も多かっただろうし。

 そうですね。自分たちのことで言えば、プリティがバンドを離れていたときがそうで。プリティのベース、よかったんだなって初めて気付きました。

セイヤ  “改めて”でしょ(笑)。

プリティ (笑)。

 すげえ歌に寄り添ってるんですよ、プリティのベース。全員の音をしっかり聴いたうえで演奏しているから、そのせいで出だしがちょっと遅れることがあるんですけど、前は「何で遅れるんだよ。しっかり合わせろよ」と思ってたんです(笑)。でも改めてプリティのベースを聴いたら「周りの音をしっかり聴いてるから、そうなるんだな」と気付いて。

「PANDORA」で表現した無償の愛、純粋な心

──アルバムのタイトル曲「パンドラ」についても聞かせてください。「未曾有の愛ここで 偉業になるかもね」は、このアルバムの核になるフレーズだと思います。

 アルバム制作の後半にできた曲なんですが、仮タイトルは“人”だったんです。最初にも言いましたけど、人と人のぶつかり合いを歌いたかったし、無償の愛もテーマになっていて。それが今の世の中に対する僕のアンサーだし、自分の中でしっくり来たんですよね。相手を思いやる気持ちの純度が高ければ、エゴや欲ではなく、見返りを求めずに人を愛せるはず。そういう状態になれたら素晴らしいし、今はそれがとても大事だと思うんですよね。アルバムのアートワークはパンドラの箱をモチーフにしてるんですが、現代のパンドラの箱を開けたら、残っているのは無償の愛、人の純粋な心じゃないかなと。

──結果として、すごくコンセプチュアルなアルバムになりましたね。

 そうですね。最初から意識してたわけじゃないけど、無意識のうちに大きいテーマを描いていたのかもしれないです。今までで一番、“アルバム”という括りがしっくり来る作品になりましたね。

──この後はアルバム「PANDORA」をどう伝えるか?というモードになると思いますが、現時点ではどんなビジョンを描いてますか?

go!go!vanillas

 さっきも言いましたけど、演出や映像が映える曲が多いので、まずはそれを形にしていきたいですね。

プリティ 今回のアルバムは、ベースの音のベクトルが固定されてないんですよ。「この音が欲しい」というときにすぐ作れるように機材を買いたいです。

柳沢 このアルバムを作ったことによって、既存の曲に対するアプローチも変化している気がしていて。「PANDORA」の楽曲がセットリストに入ることでバンドの表現も底上げされると思うから、まずはワンマンツアーで全国をしっかり回りたいですね。とにかく「ライブをやらせてくれ!」という感じです(笑)。

 僕は大きい会場でやりたいんですよ。武道館をやったとき、去年の鬱憤が全部吹っ飛ぶような気持ちになって。武道館は僕らの夢でもあったし、ファンの人たちの夢でもあったと思うんですよね。応援しているバンドがどんどんデカくなるっていう。ライブハウスも大好きですけど、広い場所を目指し続けたいなと。

セイヤ 東京ドームでやりたいですね! 観客数が制限されている今の時期にやって、コロナの心配が解消されたらフルキャパでやって。その後は国立競技場でやりたいです。それでライブが終わったら、国立競技場の目の前にあるホープ軒でラーメンを食べる。最後にホープ(HOPE)があるみたいな(笑)。

 ハハハハ(笑)。中学生の発想だな。

セイヤ (笑)。まあバンドがドームでライブするって夢があるじゃないですか。ホントにやりたいんですよ、俺は。