ナタリー PowerPush - 古川本舗
グラデーションを描く12話のオムニバスストーリー
これは本来だったら絶対に使わない単語なんです
──ということは、1曲目の「魔法」が一番暗い内容ってことになりますね。
「魔法」は、自分の中の死生観をテーマに書いている曲なんですね。死生観を軸にするとどうしても重いテーマになりがちなんですが、アルバム全体を通して「暗いところから明るいところへ向かう」というコンセプトに沿わせる以上、1曲目には自分の中で一番重いテーマを背負ってもらう必要があって。とはいえ、黒くしすぎたくはなかった。救いも何もないものは作りたくはないんですね。白ではないけど黒でもないという、その微妙な色の加減で、最も黒すれすれのところに落とし込むというのが1曲目の役割だったんで、あまり楽しいテーマではないんですけど、こういう曲を作りました。
──とにかく暗い曲にしようと。
これが自分の中で許せる範囲ギリギリの表現なんです。1曲目は美しいと思える範囲内か、一歩超えちゃったかくらいのラインまで落とさなきゃダメだって考えてたので。「魔法」の歌詞には「手首」っていう単語が入ってるんですけど、本来だったら僕は絶対に使わない単語なんです。あまりにイメージを限定させてしまうので。自分の中でもずっと「もっとうまい表現だってあるだろう」って思いがあったんですけど、でも、これを入れないと自分が許せる範囲の一番下までは降りてこないんじゃないかって。
──でも逆に言うと、1カ所「手首を隠してさ」というフレーズが入ってるだけで、それ以外は特に不穏な歌詞ではないですけどね。
全体的に入れちゃうとグラデーションが出ずに真っ黒になっちゃいますから。でもこの一言が入ってるだけで暗い曲だというのは多分出せてると思います。たった1人で平均点を下げる感じ。だから、それを踏まえて改めて聴き直すと、あれもこれも不穏に聴こえてくるという仕掛けなんですよ。
──逆にラストの「girlfriend」は一番明るい曲ということですね。
「girlfriend」は元々ボカロ用に作った既存曲だったんですけど、アルバムの最後はこの曲になるだろうとなんとなく思ってました。今まで作った中では一番明るい曲だったので。コレでかよって感じですけど(笑)。
──いやいや、エンディングにピッタリだと思いました。
1曲目は登場人物もストーリーも冷たくて温度がない状態なんですよ。でも「girlfriend」では最後に「暗くなって、見えなくなって、指先に残るものだけが柔らかな朝を迎える」って歌ってるんです。人と人が触れ合ったときの温度や、日の光を浴びたときの温度をちゃんと感じることができたよっていう。それがこの物語のゴールなんです。
歌に関してはほとんど注文しないって決めてた
──ボーカルのレコーディングには全て立ち会ったんですか?
遠方の方とか、立ち会わずにネットで音源を送ってもらう人もいますね。「ルーム」の花近ちゃんは海外の方ですし。
──それだとボーカルのディレクションは大変そうですね。
歌に関しては、今回はこちらからほとんど注文しないって決めてたんですよ。「この曲に対してこういう世界観を乗せてください」とお願いするまでが全てで、オファーした段階で自分のディレクションは終了という感覚でいたんです。自分が熟考しなくちゃいけないのは、誰に歌ってもらうか決めるところまで。それ以降はもう全部預けるべきだと、どなたに対しても思ってました。
──その結果、戻ってきた音源を聴いて「ちょっとイメージと違うな」ってなることはないんですか?
絶対に変なものは上がってこない、悪くなることは100%ないって前提でチョイスしてオファーしてるから、それはないですね。もしボーカルトラックが演奏隊と合わなかった場合は、その歌を生かすためのアレンジに作り替えたほうがいい、という考え方をしていたので。
──珍しい作り方ですね。
バンドだったら一発録音とか、ベースとドラムを先に録って上モノとボーカルを乗っけるとか決まった順番がありますけど、そうじゃないやり方で作ったときに、新しい手法が見つかるかもしれないし、大失敗するかもしれない。大失敗にならないようにするためにはアイデアを出さなきゃいけないし、アイデアを出すことによって自分の成長にもつながる。最初に言った話と同じで、要は自分がびっくりしたいんですよ。まあ、プレイヤーは不安かもしれないですけど(笑)。
──ははは(笑)。確かに、バンドメンバーはどういう気持ちなんでしょうね。
でも今回はマシなほうで、前作はもっとひどかったんですよ。ギターの和田くんにひたすら4分半アルペジオを弾いてもらって、OK出したら「えっ? これどうなるんですか?」って驚かれて(笑)。
──完成図を全く知らされないまま、精度の高い部品だけをひたすら作らされるみたいな作業ですね(笑)。
もちろん自分の中にはちゃんと設計図も完成図も見えてたので、その部品の出来の良し悪しもわかってるし、僕は全然ホクホクだったんですけどね。で、完成した音源を和田くんに聴かせたら「あー! こうなるんですね!」って、初めて曲を聴いたみたいにすごくびっくりしてて。なんでそんなに驚いてるのかと思って「お前がレコーディングしたんじゃん」って言ったら、「いや、わかんないですよ! 気付いてます? まだ俺デモもらってないんですけど」って(笑)。
──実際、和田さんにとっては初めて聴く曲だったと(笑)。
さすがに申し訳なかったので、反省して今回はちゃんとデモを作りました(笑)。
収録曲
- 魔法 feat.ちょまいよ
- 月光食堂 feat. acane_madder
- グレゴリオ feat. ちびた
- KAMAKURA feat. 古川本舗
- ルーム feat. 花近
- IVY feat. 歌うキッチン
- KYOTO feat. アイコ(from advantage Lucy)
- 春の feat. 大坪加奈(from Spangle call Lilli line)
- はなれ、ばなれ feat. ばずぱんだ
- 恋の惑星 feat. 拝郷メイコ
- family feat. YeYe
- girlfriend feat. 山崎ゆかり(from 空気公団)
古川本舗 ふるかわほんぽ
楽曲制作からデザインまで幅広い分野を手がけ、作品の世界観を多岐に渡る方法で表現するソロアーティスト。10代の頃より作曲活動を始め、数々のバンド活動を経て宅録に目覚める。2009年に初音ミクを使ったオリジナル曲「ムーンサイドへようこそ」をニコニコ動画に投稿し、これを皮切りにネット上で人気曲を次々に発表。エレクトロニカやポストロックを取り入れた、ノスタルジックかつ幻想的な独特の作風で一躍人気ボカロPとなり、同人音楽としてCDを頒布する傍ら、多数のコンピへの参加や楽曲提供などをメジャーやインディーズに関わらず行う。2011年には8人のボカロPによる、新しい形の音楽流通を目指すレーベル「balloom」の設立に参加。同レーベルの第2弾作品として初の流通盤アルバム「Alice in wonderword」を発表した。同年、Billboard JAPAN主催の音楽賞「Billboard JAPAN Music Awards」で優秀インディーズアーティストにノミネート。2012年11月にはSPACE SHOWER MUSICより2ndアルバム「ガールフレンド・フロム・キョウト」をリリースする。