よく知らない人とは一緒に音楽を作れない
──「正解不正解」をアノスとして歌うにあたって、鈴木さんはどんなことに気を付けました?
鈴木 コヤマくんというボーカリストを擁するCIVILIANというバンドに、コヤマくんに代わって自分が演じるキャラクターがボーカルとして入るわけだから、CIVILIANの楽曲として「正解不正解」を成立させなきゃいけないんですよ。と同時に、コヤマくんに敬意を払いつつ、アノスの歌としても成立させなきゃいけない。そのうえで音程やリズム、声色のキープとかいろんなテクニックが要求されるので、とにかく家でめちゃくちゃ聴き込みましたね。コヤマくんのボーカルのクセだったり、そういうのも含めて。
コヤマ ちょっと恥ずかしいですね。
鈴木 最初はコヤマくんのボーカルを完コピしたんです。発声の仕方からブレスの位置まで全部メモって。で、「似てきたな」と思ったらそれをいったん全部忘れて、アノスで歌うイメージを自分の中で作ってみたんだけど、アノスで歌うならオクターブ下じゃないと無理かもしれないと思って。自宅なので、本気で声を出して試すわけにはいかないじゃないですか。
──仮に僕が鈴木さんの隣人だったとして、いきなり鈴木達央の本気のアノス声が聞こえてきたらビビります。
鈴木 そうそう(笑)。だから元のキーで歌ったのとオクターブ下で歌ったのと2パターン用意して、そのアノスバージョンと、最初のコヤマくんをコピーしたバージョンを自分の中で符合させるんです。つまり両者のいいとこ取りじゃないけど、コヤマくんのボーカルのクセとかを全部アノスに吸収させる必要があるから、今度はアノスバージョンを半分忘れた状態で歌い直して……っていうのを繰り返して少しずつ完成形に近付けていくみたいな。
コヤマ すごい。
鈴木 ただ、自分の中だけで完成形を固めちゃうとCIVILIANと一緒に作る意味がなくなっちゃうので、70%ぐらいの完成度にしておいて、30%の余白を残した状態でレコーディングに行きました。この30%はセッションで埋めるというか、その場で生まれた空気感だったりグルーヴだったりを受け取って楽曲に閉じ込めようと思って。だからレコーディングの半分くらいは雑談してたよね?
コヤマ 雑談してましたね。
鈴木 そうすることでCIVILIANの制作現場の雰囲気を一端でも知ることができると思ったし、そもそも俺はよく知らない人とは一緒に音楽を作れない人間なんです。それに、せっかくコヤマくんが来てくれたのに、ディレクションだけしてもらって「お疲れさまでした」で終わるなんて、そんなもったいない話はないでしょ。だからすごいしゃべったんですよ。そしたら実は同い年だったり、コヤマくんがうちのエンジニアさんのことを知ってたり、いろんな共通項が見つかって楽しかったです。
コヤマ だから一向にレコーディングが始まらない(笑)。
鈴木 そうそう(笑)。やっぱり自分はセッション感覚で音楽を作っているというか、その感覚をすごく大事にしてます。どんなミュージシャンと一緒に仕事をしても、それが例え短い時間であれ、相手とちゃんと対話したうえで音を出したほうが必ずいいグルーヴが生まれるから。そんなふうに感情が積み重なった結果、いい音楽になる。「正解不正解」のレコーディングは、まさにそれが実践できたと思っています。
コヤマ うん。面白かったし、もちろんお互いに歌い方の提案とかをしつつ細部を詰めながら録っていったんですけど、本当にスムーズに進みましたよね。
プロっていうのはこういう人のことを言うんだな
──そのレコーディングの状況を、具体的にお聞きしていいですか?
鈴木 最初はただの声出しから始めたので、特に何も考えずに素の声で歌ってみて。そこから「ちょっとずつアノスにしていいですか?」と徐々にアノスの声に寄せていって、最終的に「全部アノスでやるとこうなります」というのを聴いてもらいました。
コヤマ 本当にだんだん声が変わっていくので、びっくりしました。しかも、鈴木さんの声の出し方は理論に裏付けされていて、例えばこういう体の使い方をしたらアノス成分が増えるとか、そういうことを全部わかっているんですよね。だから「やっぱりプロっていうのはこういう人のことを言うんだな」って。
鈴木 コヤマくんだってプロじゃん(笑)。
コヤマ いや、自分のボーカルがいかにフィーリングに頼ってきたかというのを思い知らされましたね。僕は「自分の歌いたいように歌ったらこうなりました」みたいなパターンが多いので、そういえば自分の中で理論を組み立てるということをあまりしてこなかったなって。
──CIVILIANは、曲はあんなに緻密なのに。
コヤマ 言われてみればそうですね(笑)。それに対して鈴木さんは、アノスとして歌っているのにも関わらずキャラソンになっているわけでもなく、ちゃんとCIVILIANの曲としてカッコいいものに仕上げてくるんですよ。すべてのバランスが取れていて、感動しました。
アノスの「正解不正解」は優しさの結晶
鈴木 そもそも「正解不正解 feat. アノス・ヴォルディゴード」は、あくまでカップリング曲として作ったもので、本放送で使われる予定はなかったんですよ。ちょうどレコーディングにプロデューサーの中山(信宏)さんもいらしていて「これ、放送で流せないかな」とおっしゃっていたんですけど、「いやいや、何をお戯れを」と。曲をお借りしてアノスで歌っている時点でけっこうなウルトラCなのに、ましてや放送に乗せるなんて失礼すぎるでしょう。でも、数週間後にアフレコに行ったら中山さんがニコニコしながらやってきて「達央さん、4話のオープニングになりました!」って。
コヤマ (笑)。
鈴木 「正気か!?」って思いましたよ。それで「何度も聞くけどさ、CIVILIANサイドは大丈夫なの?」って確認したら「めっちゃ喜んでました」って言うから「何考えてんだよCIVILIANは! あいつら全員いい人か!?」と。
コヤマ いやあ、絶対に流すべきでしょう。
鈴木 よくアニメをご覧になる方ならおわかりだと思うんですけど、放送中にオープニングテーマのボーカルがキャラクターに変わるなんて、普通はありえないことですよ。それこそ理を越えてるんだけど、それを実現できたのは、アノスで歌うことを許してくれたCIVILIANをはじめ、「魔法学院の不適合者」という作品に関わっているスタッフ全員の優しさのおかげです。本当に、「正解不正解 feat. アノス・ヴォルディゴード」は、そんな皆さんの優しさの結晶です。
コヤマ こちらこそ貴重な体験をさせてもらいましたよ。単純に自分が歌うために作った曲を自分以外の人に歌ってもらうこと自体が新鮮でしたし、鈴木さんに歌ってもらって気付けたこともたくさんありました。歌というものは、聴いてくれる人がいて成り立つものじゃないですか。もちろん自分1人だけのための歌というものありえると思うんですけど、僕は、自分の歌はCDなりライブなりで聴いてもらって初めて歌として完成すると思っているんですよ。その歌をどういう形で皆さんに届けるのが最良なのかを考えたとき、アノスというキャラクターを守りながら、かつCIVILIANというバンドまで守りながら歌う鈴木さんの姿勢は大いに刺激になったし、何より楽しかったです。
鈴木 本当に楽しかったです。それが一番の収穫かもしれない。