Chilli Beans.「アンドロン」特集|バラバラな3人が描く、何にも縛られない音楽。アレンジャーVaundyからのメッセージも (2/3)

救われてきた音楽と、この道を選んだ理由

──3人はそれぞれ、どういった音楽に助けられてきましたか?

Lily 最近だと、オーロラさんというノルウェーの歌手の方ですね。曲を聴いていたときに、自分が昔つらかったときのことが記憶でよみがえってくることがあって。でも、それによって心がすごく浄化された気分になったんですよね。曲も神秘的だし、オーロラさんがパフォーマンスをしている姿そのものを見て救われたというか。

Moto 私はけっこうむしゃくしゃすることが多いんですけど、そういうときに皮肉っぽい歌詞の音楽を聴いたりすると、「いいな」と思います。例えば、ビューロウさんというドイツ出身のシンガーソングライターの方は、まったく大丈夫とは言えない心境を描いた曲の中でも、あえて「大丈夫、放っておいて」と歌っていて。時には突き放すような表現もあるけど、でも、そこがすごく好きなんですよね。「これでいいんだ」と思える。他人に合わせる必要なんてないし、「自分の人生は自分でいられればいいんだな」って感じる。そういう音楽を聴いていると、「私も、こんなふうに自分を表せたらいいな」と思うんですよね。

Maika 私はさっき「デュア・リパさんが好き」と言いましたけど、ほかにもK-POPだとBLACKPINKが好きです。あとはイギリスのリタ・オラさんとか、アメリカのヘイリー・スタインフェルドさんとか……“Love Myself系”というか(笑)。

──わかります(笑)。

Maika 「自分を愛そう」と伝えてくれるアーティストさんが好きなんですよね。性格的な問題だと思うんですけど、私は昔から、自分にベクトルを向けることがすごく苦手なんです。自分のために何かをすることや、「自分はカッコいい人間なんだ」と思うことが苦手。もともと、自尊心の欠片もないような性格だったんです。でも、そういうふうに生きていたらだんだん苦しくなってしまって。そんなときに出会ったのが、今挙げたアーティストの人たちだったんですよね。彼女たちの音楽を聴いていると、「自分は大丈夫なんだ」という気持ちになれた。「これがなければ生きていけないんじゃないか?」というくらいの勢いで、彼女たちの音楽の歌詞に助けられてきたんです。なので、「今のあなたは最高にイケてるよ」とか「そのままで大丈夫だよ」と歌ってくれる人たちに憧れています。

Maika(B, Vo)

Maika(B, Vo)

──皆さんがそれぞれ、自ら音楽を表現する人になろうと思った理由も知りたいです。

Lily 私は、人と話すことが苦手だったんです。学生時代もずっと「学校生活って大変だな」と思っていたし、現実の世界だと息がしづらいという感覚があって。でも音楽を鳴らすことを知ったときに、「ここでなら、私は呼吸できる」と思ったんです。だから、音楽をやろうと思ったというよりは、「やらざるを得なかった」という言い方のほうが近いと思います。きっと今のような形でなくても、どんな形であれ音楽はやっていただろうなと。

Moto 私の場合は、日常の中で楽しみがあまりなかったんですよね。何をやっていてもすぐに飽きちゃうし、人間関係も得意な方ではないですし、感情を吐き出す場所はマンガを読んだり、映画を観たりする趣味の世界だけ。でも、だんだんそれだけじゃ収まらなくなっていって、最終的にはずっと憧れていた音楽というものにたどり着きました。もともと私はYUIさんを聴いていたのをきっかけに、YUIさんも通っていた音楽塾ヴォイスに入ったんですけど、音楽の勉強をするようになってから、私はYUIさんの歌詞が特に好きだったんだと気付いて。

──なるほど。

Moto 普通に暮らしていると、他人に自分の気持ちを直接的に言えることって少ないじゃないですか。「あなたなんかどうでもいい」とか、直接には言えない(笑)。でも、歌詞でなら言えるから。とにかく、私は自分の気持ちを表したかったんだと思います。今でも閉じこもりがちだし、他人に何かをはっきり言うこともできないし、自分が嫌でも「あ、はい」みたいな反応しかできないし……そういう自分だったからこそ、気持ちを吐き出したかったし、自分の世界を作りたかったんだと思う。それに、きっと私と同じような気持ちの人もいっぱいいると思うんですよ。音楽を始めたのも、そういう人たちとわかり合える日がきたらいいなと思っていたからで、これからも同じ気持ちで音楽を続けていくと思います。

Moto(Vo)

Moto(Vo)

──吐き出すだけじゃなくて、それを分ち合いたかった。Maikaさんはどうですか?

Maika 最初のきっかけは、「歌、うまいね」ってなんとなく褒められて、もっと褒められたいと思った。そんな単純な理由だったと思います。でも音楽をやっていると、自分よりももっと歌のうまい人にたくさん出会って、技術的に負けていると落ち込むこともあって。そのたびに、音楽について考える機会が増えていったんです。さっき、「ベクトルを自分に向けるのが苦手」という話をしましたけど、考えれば考えるほど、私って、音楽に関してはベクトルを自分に向けることが簡単にできるんだなということに気付いたんですよね。それからは、音楽を通して自分としゃべっているような感覚があります。私、あまり人見知りもしないし、いろんな人とうまく話せるタイプではあるんですけど、音楽をやればやるほど、音楽がないと自分自身とはうまくしゃべれない性格なんだなと。だから、音楽を辞めることができなくなりました。

──お話を聞いていると、3人それぞれ性格はまったく違うんだけど、深いところで通じ合っている感じもあって。この3人が同じ場所で出会えたことは、すごいことだったんだなあと勝手に思ってしまいますが……そういう感じ、しません?

Maika それは、めちゃくちゃ思います。

Lily 1人だと絶対にここまで来られなかったと思うし。「3人だからこうなれたんだ」と、すごく思いますね。

Moto 自分たちの曲を聴くと感じるんですけど、3人とも似ている部分はありつつ、だからといって、思いや感情が完全に一致するわけではなくて。ただ、そこには混ざり合った3人それぞれの熱があるという感じがして、「アツいな」って思います。

検索してもわからない“アンドロン”と“バルトサーダン”

──新曲「アンドロン」の話にいく前に少し振り返ると、今年8月にリリースされた4曲入り音源集「d a n c i n g a l o n e」は、自分たちとしてはどういった作品だったと思いますか?

Moto あのときの自分たちの感情そのまま、という感じがします。例えば収録曲の「Digital Persona」はコロナ禍真っ最中にできた曲で、歌詞もそのときの感情をかなり直接的に書いていました。「d a n c i n g a l o n e」の曲に共通するのは、孤独感が強く出ているということ。「孤独を表現するために孤独な曲を集めました」というわけではなくて、そのとき、自然と孤独な曲たちが集まって、それが作品になったという感じ。曲を作るにあたっていろいろチャレンジもしたし、すごくがむしゃらで、つらい感覚も込められている作品だと思います。

Lily 孤独というもののいろんな側面を、あの4曲で表現できたのかなと思います。孤独と言っても、ただ寂しいだけではなくて、孤独すぎてだんだん楽しくなっていくような、感情が振り切れる瞬間もあると思うし……孤独の深さを表現できたんじゃないかな。

──新曲「アンドロン」にも孤独感は刻まれていると思うんですけど、「d a n c i n g a l o n e」とはサウンドや歌詞の感覚もまた違っていて、新しいChilli Beans.の世界観が表れている1曲だと思います。「アンドロン」は、どのようにして生まれたんですか?

Moto 最初は、私がアコギ1本を軸に全体像を作った音源があって。それを、3人で曲を作っているときに聴いてもらったら、「この歌詞いいね」と2人が食い付いてきてくれたので、そこから広げていきました。

──曲の原型が出てきた時点で歌詞も乗っていたんですね。

Moto 歌詞はそのときから変えていないです。いつもそうというわけではないんですけど、「アンドロン」は、メロディと歌詞が一緒に浮かんできたんですよね。「もっとこうしたらいいかな」と迷うこともあまりなくて。きっと3人で話して作っていくうちに歌詞も変わるんだろうなと思っていたけど、結局、そのままいくことになりました。ああだこうだ考えずに完成させたのが正解だったのかな。

Lily 私、最初に聴かせてもらったときからこの歌詞すごく好きだった。Aメロの歌詞にすごく共感したし、「ピーナッツ」という言葉が出てきてちょっとふざけた感じもメロディにハマっていて、いいなって。

Lily(G, Vo)

Lily(G, Vo)

Maika 私は、歌詞に出てくる言葉を検索したよ(笑)。「『アンドロン』とか、『バルトサーダン』とか、どういう意味なんだろう?」って。Dメロの「あたし さかな座。君、かに座? タラバガニ?カニカマの方?」というフレーズの意味も、Motoに直接教えてもらって、「なるほどね!」となりました。「『私みたいな魚と違って蟹は特別な存在だけど、本物なの? 偽物なの?』みたいな意味だよ」って駅のホームで教えてもらったけど(笑)、そのときの状況もハッキリと覚えているくらい、印象的な歌詞だったな。

──Dメロの「あたし さかな座。君、かに座?~」の部分は、言葉自体も面白いし、言葉のメロディに対する乗り方も見事ですよね。

Moto このDメロの部分は、時が止まっているような感じで表現できればいいなと思ったんですよね。メロディにも段差を付けないで一定の感じ流れていくようにして、その中でスッて息を吸う瞬間の、その息遣いもちゃんと聞こえるように意識しました。私も、このDメロの部分はお気に入りです。

──あと、僕も「アンドロン」や「バルトサーダン」という言葉を検索したんですが、結局、具体的なことはわからなかったんですよね。「アンドロン」とはどういった意味の言葉なんですか?

Moto これは造語です。「アンドロン」はパッと思いついた言葉で、語呂もいいし、ふざけている感じもするし、かわいいし、「いいな」と思ったんですけど。一応意味としては、「アンドロン」の「アン」は否定形の“UN”で、「ドロン」は、その場からいなくなるときに「ドロンします」っていうときの“ドロン”。その2つをつなげて「アンドロン」。「なくならない恋に焦がれていた」という感じのニュアンスで考えました。

──なるほど。「バルトサーダン」は?

Moto これも造語です。恋の邪魔をしてくる自分の中の敵とか、もう1人の自分みたいな、精神的なものです。「私はあの人に近付きたいけど、バルトサーダンが邪魔をしてできないの」という感じ。この「アンドロン」という曲は、現実と妄想が混ざっているようなイメージなんですよ。作っていたときは、「私ってかわいくないな」とか、「私ってつまんない人間だな」と思うことが多くて。「うまくいかないな」「自分って小さいな」とウジウジ思っていたんですけど……それを深刻にではなくて、「あーあ」って感じで表せたらなと思って。

Lily コミカルにね。

Moto そうそう。それくらい軽い感じで表現できたら面白いなと思ってました。