梅田サイファーは「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」をどう観た? R-指定、KZ、KennyDoesが語る“継承”の物語

マーベル・スタジオの最新作「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」が、11月11日に公開された。

2018年に公開された前作「ブラックパンサー」は、数多くの大ヒット映画を手がけるマーベル・スタジオの中でもトップクラスの興行収入を記録し、完成度の高さとそこで描かれるメッセージが世界中で大きな反響を巻き起こした。続編への期待が高まる中、2020年8月28日に飛び込んできたブラックパンサー役のチャドウィック・ボーズマンの訃報。世界中が深い悲しみに包まれたが、マーベル・スタジオの社長兼プロデューサーであるケヴィン・ファイギは「ワカンダのレガシーを繋いでいく」とコメントを発表し、2022年11月、ついに「ブラックパンサー」の新たな物語が幕を開けた。

映画の公開を記念して、音楽ナタリーでは梅田サイファーのR-指定、KZ、KennyDoes が作品について語る特集を展開する。ブラックカルチャーにも造詣の深い彼らが「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」から受け取ったメッセージ、そして今作の魅力とは? 試写直後のトークセッションは、“ネタバレなし”の条件下でも白熱。3人の鋭い考察と分析を、ぜひ映画鑑賞のお供に。

取材・文 / 宮崎敬太撮影 / 須田卓馬

エンドゲーム以来の重厚感

──観終わった直後のインタビューで恐縮ですが……。

KennyDoes めっちゃおもろかったです。ホンマに。

R-指定 上映時間の長さにも意味があるのかなと思いましたね。みんなにとって、自分にとって大事な人が亡くなってしまったとき、その死を乗り越えるためにはとても長い時間が必要というか。これはいい意味で捉えてほしいんですけど、俺はティ・チャラのお葬式のような内容の映画だと思いました。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

KennyDoes 劇中はもちろん、俺たちもティ・チャラとの新しい関係を見つけ出すっていうね。

R-指定 でもちゃんと「ブラックパンサー」でしたよね。前回は古代文明と超最先端科学の融合をワカンダで見せてくれたけど、今回はそれを謎の海底国で見せてくれてるんですよ。そのワクワクは今回にも引き継がれてる。

KennyDoes そう。基本はブチ上がる映画なんだけどね。超シリアス。種類は違うけど「アベンジャーズ/エンドゲーム」以来の重厚感を感じました。

──シリーズ2作目の驚きという意味では「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」にも通じると思いました。

KennyDoes ああ、わかります。今作のトピックはヒーローの能力を使っても乗り越えられへん「死」というものですよね。しかもヒーロー側が感情的にも、武力的にもそんなに強くない。そこから大きな問題にどう立ち向かうか。あと今回もサントラがよかったっす。前作はケンドリック・ラマーが全面的に関わって、街の描写に合うトラップが使われていた。韓国やイギリスみたいな実在の都市と架空のワカンダをアフリカンな音でつなぎつつ、同時に対比させる、みたいな。でも今回対比しているのは都市というよりも民族なんですよね。今回のサントラ「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー ミュージック・フロム・アンド・インスパイアード・バイ」もルドウィグ・ゴランソンがやってて。彼はチャイルディッシュ・ガンビーノの「This is America」の共同プロデューサーなんですね。

──ライアン・クーグラー監督の盟友みたいな作家でもありますよね。

KennyDoes ですです。ビビったのが、サントラにイー・フォーティーとスノー・ザ・プロダクトが参加した曲があるんですよ。

R-指定 マジか! それアツすぎやろ……。

R-指定

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KennyDoes スノー・ザ・プロダクトはスペイン語でラップしてる。サントラには英語とアフリカ圏だけじゃなくさらに違う民族の言葉も入ってて、音的にも「1作目とはガラッと変えてきたな」って感じましたね。

──イー・フォーティーはベイエリアのレジェンドラッパーですね。浅学で恥ずかしいんですがスノー・ザ・プロダクトとは……?

R-指定 スノー・ザ・プロダクトはヒスパニックのラッパーなんです。10年近く前に俺とケニー(KennyDoes)とテークエム(梅田サイファー)の間で“チョッパー”を探しまくってたときがあって。

──重ねて質問なんですが“チョッパー”とは……?

R-指定 すいません(笑)。めちゃくちゃ早くラップすることを俺らはチョップと呼んでるんです。チョップするラッパーをチョッパーと。

KennyDoes みんなでそういうラッパーをディグりまくってた時期があったんです。

R-指定 そうそう。でも、ただ早けりゃいいってもんでもない。早くて面白いリズムを刻めるヤツを探してたんですよ。そのときにYouTubeでスノー・ザ・プロダクトと出会って。各国の早口ラッパーが集まって技を披露する動画やったよね。

KennyDoes はい。彼女はルーツであるスペイン語でラップしてたんですが……。

R-指定 もうマジでヤバい。「こんなヤツおんねや」ってめちゃビビりました。スノー・ザ・プロダクトがほかの全員を食ってた。何が最高って、早口で畳みかけるうえに「この言語がいかにラップに向いてるか」っていうのをわからせてくるんです。

──10年近く前というと、まだヒップホップシーンは男性優位で、しかもメインストリームは英語。そこでルーツであるスペイン語がいかにイケてるかを女性がラップでレペゼンしていた、と。

KennyDoes 今回もスノー・ザ・プロダクトはスペイン語でラップしてて。そういう彼女を起用するあたりにも「ワカンダ・フォーエバー」の狙いがあると思いました。

KZ そこで言うと、“多言語”は「ブラックパンサー」シリーズの重要なギミックよね。

R-指定KennyDoes あー!

KZ ヴィランのネイモアは原作コミックでもホモ・マーマヌスという種族でホモ・サピエンス(人間)じゃないんですよ。ワカンダも少数民族ではあるけど、ネイモアはさらにマイノリティ。言葉も通じない。今作は同じ言語を使ってる者同士では決して起こり得ないコミュニケーション上の齟齬からどんどん歯車が狂っていきますよね。

R-指定 だからかもしれないけど、ネイモアはかなり底知れないキャラクターですよね。何考えてるかわからない面もあるというか。

KZ うん。前作はヨーロッパ人によってアフリカの人たちがアメリカに連れてこられた史実が下地になってたけど、今回はそのアメリカにもともといた民族がフォーカスされてる。しかもスペイン人が持ち込んだ天然痘にかかって原住民が苦しんでる描写もちゃんとあって。そうした史実を内包しつつ、かつエンタテインメントとしてめちゃ面白いというのは個人的な感動ポイントでしたね。

KZ

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時間をかけて少しずつ丁寧に世界観を作ってきたマーベルの功績

──予告編では、前作にも登場したエムバクがネイモアを「羽を持つ蛇の神“ククルカン”」と言っていました。ククルカンとはユカタン半島などメソアメリカ(現在のメキシコ南部、グアテマラ、ベリーズ、ホンジュラス、エル・サルバドルの一部などの地域)で数千年にわたって栄えたマヤ文明の神様ですね。史実を知っていると作品に深みを見出せるし、知らないと知るきっかけになる。

KZ そうそう! 今作のネイモアは正直「彼は果たして本当にヴィランなのか?」という印象でした。これまでの一般的なヒーローものって、ヒーローがヴィランを倒すのがメインだったと思うんですよ。でも最近のマーベル作品、例えば「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」だったら、そもそも悪は存在するのか?っていうとこまで踏み込んでる。

R-指定 そういう意味では、今作のヴィランってもっと観念的な部分にあるのかもね。わかりやすく「ネイモアが悪者です!」ってことじゃなくて。マーベル映画って困難に立ち向かったり、乗り越えたりすることの意味や重要性を子供たちに教えてきた部分があると思うんですよ。やや語弊があるかもしれないけど、特に初期作品は「主人公(善)が明確な敵(悪)を倒すことで乗り越えようぜ」みたいな感じやった。でも今のMCU(マーベル・コミックを原作とした実写映画)では、あっちにもこっちにも妥協できない事情があって、見え方のアングルが変わると善と悪の定義は簡単に転倒してしまう。これってまさに、今世界中で問題になっている多様性の複雑で難しいところじゃないですか。その感覚をめちゃ楽しいエンタメから吸収できる今の子供がうらやましいです。時間をかけて少しずつ丁寧にMCUの世界観を作ってきたマーベルの功績だと思います。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

──「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」ではMCUの中心人物であるキャプテン・アメリカとアイアンマンが、考え方の違いで仲間割れしてましたもんね。

R-指定 そうなんですよ。お互いに引けない事情あるってことを踏まえつつ、ヴィランのネイモアとティ・チャラの妹シュリ、謎の海底国とワカンダを対比しながら観るのも面白いと思う。ワカンダは代々のブラックパンサーによって外敵から守られてきた。一方、海底国はどうなのか、とかね。そこにおけるネイモアとブラックパンサーの立場や思いとか。

KennyDoes そういう意味では「継承」ってキーワードの1つかも。

R-指定 それな!

──本作の日本でのキャッチコピーは「想いは、受け継がれる」なんです。

KennyDoes マジすか! ヤバッ! ガチで気付いてなかったっす(笑)。

KennyDoes

KennyDoes

KennyDoes

KennyDoes

KZ 「ブラックパンサー」シリーズに通底しているのは「富や資源は分配すべき」という思想で、俺はその思想が正しいと思ってる。ただ、重要なのは「じゃあどう実行するの?」ってところなんですよね。ケニーの言う継承やキャッチコピーの「想いは、受け継がれる」も、そこに関係してくる気がするな。

KennyDoes あ、なるほど。

KZ そうそう。世代感で言うとシュリはいわゆるZ世代でテクノロジーに傾倒してるんですよ。感覚より実証の人というか。

R-指定 あー、そっか。シュリは発明家で科学者で、今までは自分の目で見たものを信じていたけど……。

KZ 兄の死に直面したとき、理屈では整理しきれない、まるで合理的じゃない感覚に囚われてしまう。でもそれって普通のことだと思うんですよ。俺らだって大切な人を亡くしたら、簡単には乗り越えられない。でもさ、例えばお墓参りすると心の中にある悲しみ、モヤモヤしたわだかまりが少しずつ解消されたりする。科学的根拠はないかもしれないけどさ。俺は映画を観ながら、自分の過去の嫌だったことや苦しかったことを乗り越えるためにはどうすればいいのか、みたいな答えの出ないこととどう向き合うべきかを学べた気がしたもん。未来や希望って安く話せる言葉ではないけども、必ずそれはどこかに存在していて、見つけるためのアクションを起こすことこそ大切というかね。ネタバレになってまうので内容には触れませんが。

今作そのものが「儀式」なのかも

──「ブラックパンサー」シリーズは多様で複雑に入り組んでモザイク状になった現代社会を、ヒップホップ的な感性から描いた作品ですよね。

R-指定 ヒップホップという意味では、予告編にも使われていたティ・チャラのお葬式のシーンには感動しましたね。

KennyDoes 壁のグラフィティね。

R-指定 ヤバかった。

KennyDoes アフリカには、みんなで踊って笑顔で送り出す葬式の文化があるんです。さっき「継承」や「儀式」みたいなことを言いましたけど、あのティ・チャラのお葬式のシーンは非常に重要だと思います。前作でも、ティ・チャラがブラックパンサーになるときには儀式を経ていましたから。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」より。

R-指定 ある意味、今作そのものが儀式なのかも。俺は最初に「ティ・チャラのお葬式のような内容の映画」だと言ったけど、今作をこれからご覧になる人たち、特にマーベルのファンの人は、おそらくシュリみたいな気持ちだと思うんですよ。あのブラックパンサーが死んでしまうなんて受け入れられない。「キャラが死んじゃうことあんの?」って。でも、2時間41分の映画を観ると、作中のシュリと同じ気持ちなれると思うんです。

KZ そうやな。しかもさ、シュリってMCUのこれまでの作品でまあまあ不可能を可能にしてきたやん。前作「ブラックパンサー」で(エヴェレット・)ロスの脊髄にヴィブラニウムを埋め込んで回復させたり、「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」ではヴィジョンの額からマインドストーンを摘出したりさ。そんなシュリをもってしても兄は救えなかったという。その挫折感ってすごいと思うんよね。

R-指定 さっきケニーが言ったように、死は回避できんかった。で、ここは我ながらかなり甘めの解釈だとはわかってて、しかも内容も言えないけど、とある「継承」の解釈の仕方が最高だったんだよ。一般論として昔から受け継がれてることっていいことも悪いこともあるじゃん。良し悪しは人によっても違うし、時代によっても変わる。今作は継承と言っても、ただ「伝統」を鵜呑みするんじゃない。しかもバッドバイブスの存在は認めつつ、そこからいい面を自分で見出して吸収する、みたいな。そこがめちゃアツいんですよ。たぶん映画を観る前の方はなんのこっちゃわからんと思うんですけど、観終わった方なら「ああっ、あのシーンや!」って共感してくれるはず。ここはもっともっと言いたいけど、ホンマに言えないとこや(笑)。

KZ 確かにな(笑)。伝統や継承はRの言うように、鵜呑みパターンと前世代を断罪するパターンがある。

R-指定 そうそうそう! 上の世代のここはよくなかったから消しちゃおう、なかったことにしちゃおうって。そうじゃなくて、上の世代が抱えてた事情や理由も踏まえて、下の世代は自分で考えて、受け継げる思いは受け継ぐっていうかさ。