Bank Band「沿志奏逢 4」特集第1回|小林武史が語る集大成ベストに込めたメッセージと今後のビジョン

「to U」に救われる人々

──ベスト盤には「to U」も収録されています。Bank Bandの原点であり、「ap bank fes」でも感動的なシーンを生み出してきた楽曲ですが、“自分以外の誰かのために”というメッセージは今こそ聴かれるべきだなと。

「forgive」の話ともつながってきますが、寛容であることは今すごく大事だし、求められますよね。Bank Bandの最初の時点で「to U」という楽曲が存在していことはとても大きいし、作詞した櫻井くんの中には、こういう発想がすでにあったんです。対談集「A Sense of Rita Dialogue with TAKESHI KOBAYASHI」に櫻井くんにも参加してもらったんだけど、そのときに「to U」の話もしたんですよ。「なんであの歌詞を思いついたの?」と聞いてみたら、「みんなががんばっていることは知っているし、がんばってる人に向かって“もっとがんばれ”とは言えない」みたいな答えが返ってきて。

──その考え方が「頑張らなくてもいいよ」「あわてなくてもいいよ」というフレーズにつながったんですね。

そうだと思います。「to U」をリリースして15年以上経ちますけど、僕自身「あの曲に助けられました」という人に何人も会ってきたんです。クルックフィールズ(千葉県木更津市にある約9万坪の広大な敷地で「農」「食」「自然」の循環を体験できるサステナブルファーム&パーク)の運営を通して、食や農業のフィールドでがんばっている人たちとつながりがあるんですが、サステナブル(持続可能)な未来を目指すと言っても、明確な答えがあるわけではないし、みんな試行錯誤しながらやっていて。もちろんキツイこともあるんだけど、そういう人たちから「『人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくてもいいよ』という歌詞に救われました」と言われるんですよね。「to U」という楽曲の役割は、そんなところにもあるんだなと思います。

櫻井和寿が影響を受けた楽曲たち

──さらにDISC 1には、フジファブリック「若者のすべて」、KAN「何の変哲もないLove Song」、HEATWAVE「トーキョーシティーヒエラルキー」などのカバー曲も収録されています。

今回の選曲に関しては、基本的にレコード会社のスタッフが選んでくれました。ap bank、Bank Bandの活動、「ap bank fes」もずっと見てきてくれた人たちなんですけど、これまでの活動を振り返ると同時に、櫻井和寿という人の思いも汲み取ってくれた気がしますね。「ap bank fes」で演奏してきたカバー曲には、彼が影響を受けたアーティストの楽曲もかなり含まれていて。今回のベストに収録されている楽曲には、彼自身の音楽の地層やつながりが表れているのかなと。

──櫻井さん自身のルーツも反映されている、と。

そうだと思います。僕はMr.Childrenにもプロデューサーとして長く関わっていたので、櫻井くんが自分自身と対峙し、エゴと葛藤しながら作品を生み出してきた姿も見てきた。自分で吐き出した音楽で勝負しなくちゃいけないプレッシャーもあったと思いますが、「ap bank fes」では、Mr.Childrenとはまったく違う立ち位置でいられたんじゃないかなと。このベストを聴いてもらえれば、彼自身がどう変化してきたかも感じてもらえるだろうし、ドキュメンタリーのような視点を取り入れながら、いい形にまとまっていると思います。

弱い立場にいる人々のそばで

──「ap bank fes」のライブ音源を収録したDISC 2には、オープニングで演奏される「よく来たね」をはじめ、Mr.Children「HERO」、さらに斉藤和義「歌うたいのバラッド」、小田和正「言葉にできない」、小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」のカバーなどの名演が収められていますが、小林さんご自身もBank Bandで演奏することの喜びを感じていらっしゃるのでは?

小林武史

うん、それはもちろんあります。初期の頃、例えば1枚目のアルバム(2004年10月発売の「沿志奏逢」)は、「とにかく考えるのをやめよう」と約束したうえでのレコーディングだったんですよ。そんなに何回も演奏せず、一筆書きみたいなやり方だったのですが、今聴いてもそのときのよさはしっかり残ってるんですよね。

──作り込まず、その瞬間に生まれたアンサンブルや演奏を重視していたと。

はい。初期衝動を大事にしたレコーディングであり、プロデュースワークだったんですが、メンバーの息遣いみたいなものもちゃんと残っていて。今回ベストアルバムとしてまとめてみて、「そういうやり方で生み出した楽曲は色褪せない」ということを改めて感じましたね。バンドの演奏自体もすごいし、作品を重ねるごとにどんどんヒートアップしていて。バンドのダイナミズムは、僕自身も好きですからね。

──環境、格差、社会のシステムを含め、多くの問題が表面化していることを含め、Bank Bandの意義はこの先、さらに重要になっていくと思います。小林さんの中にはどんなビジョンがありますか?

Bank Band自体は、「ap bank fes」を開催すれば、自ずと動き出すことになるんですけどね(笑)。ap bankに関しては、僕の中では見えている部分もあって。コロナによって格差が拡大していること、経済の合理性を求めすぎたせいで歪みが生じていることもそうですが、弱い立場にいる人たちのそばに身を寄せたいんですよね。震災のときもそうでしたが、身を寄せることで見えてくること、気付けることもあるし、そういう活動は続けていきたいなと。「ap bank fes」は我々の活動を知ってもらえるいい機会だし、今年Bank Bandが動いていることも含めて、いろいろな場所で表明できるんじゃないかと思っています。もちろん今年だけじゃなくて、震災から10年、コロナ禍における問題も含めて、フットワークよく活動していけたらなと。このベストアルバムがひとつのきっかけになってくれたらいいなと思ってます。

小林武史

ライブ情報

ap bank fes '21 online in KURKKU FIELDS
  • 配信日時:2021年10月3日(日)15:30~18:30
ap bank fes '21 online in KURKKU FIELDS 特別版(※Bank Band with Great Artistsライブアーカイブ+追加スペシャルライブ)
  • 配信日時:2021年10月10日(日)19:00~10月17日(日)23:59
  • <出演者> Bank Band with Great Artists Great Artists: KAN / Salyu / MISIA / 宮本浩次 / milet Bank Band: 小林武史(Key) / 櫻井和寿(Vo, G) / 小倉博和(G) / 亀田誠治(B) / 河村“カースケ”智康(Dr) / 沖祥子(Violin) / 小田原 ODY 友洋(Cho)
Bank Band(バンクバンド)
Bank Band
小林武史とMr.Childrenの櫻井和寿、坂本龍一によって設立された非営利組織「ap bank」の可能性を広げるため、小林と櫻井が結成したバンド。2004年1月に初のライブを開催し、同年10月にはカバーアルバム「沿志奏逢」を発表した。2006年7月にSalyuをボーカルにフィーチャーしたシングル「to U」をリリース。2008年1月には2枚目となるカバー集「沿志奏逢 2」、2010年6月に「沿志奏逢 3」を発表し、2021年9月には初のベストアルバム「沿志奏逢 4」をリリースした。

2021年9月29日更新