ASKAインタビュー|ソロデビュー35周年を迎えたASKAにとっての“心の鍵を壊されても失くせないもの”

今年9月でソロデビュー35周年を迎えたASKAが、ニューアルバム「Wonderful world」をリリースした。

彼が前作「Breath of Bless」を発表したのは、世界がコロナ禍に突入して間もない2020年3月。その後、多くのアーティストが先行きの不透明な中で自身のアイデンティティを模索していたように、ASKAも「自分はどういう歌を歌いたいのか」ということに向き合っていたという。その結果完成したのが今作「Wonderful world」だ。

このアルバムで彼は、時代に対するメッセージを込めた新曲を制作。さらに、1989年から1990年にかけてCHAGE and ASKAの楽曲として発表された、ファンの間で人気の高い「PRIDE」「太陽と埃の中で」の新録にも挑んでいる。このアルバムでASKAが描いた“ワンダフルワールド”とはなんなのか、インタビューで紐解く。

取材・文 / ナカニシキュウインタビュー撮影 / 須田卓馬

自分はどういう歌を歌いたいのか

──およそ3年ぶりとなるニューアルバム「Wonderful world」が完成しました。2020年3月リリースの前作「Breath of Bless」から、ちょうどコロナ禍を挟んでのリリースということになりますね。

そうですね。最初はアルバムとして制作をスタートさせたわけじゃなくて。コロナ禍に入ったとき、世の中が真っ暗だったじゃないですか。どんどん状況が悪くなっていって、まったく先が見えなかった。そんなときに「自分はどういう歌を歌いたいのか」ということに向き合って出てきたのが、このアルバムに入っている「僕のwonderful world」という曲だったんですよ。なんかね、ああいう楽曲を歌ってみたいなと思ったんだよね。

──すごく穏やかな、何も起こらない日常の1コマを切り取ったような歌ですよね。

こういう世の中だからこそ他愛もない一瞬に希望や幸せを感じたい、そういう歌ですよね。これまでだったら……僕は自分のことを歌うのがスタイルだから、「今の世の中に向けて」なんてことを考えながら歌うことはなかったんですよ。世の中のムードを受けて感じたことを歌にすることはあるだろうけど。そんな僕が、珍しくこういう歌を発信したいなと思った。それだけのことが起こったというわけなんですよ。

ASKA

──実際、「ASKAさんがこういう歌を歌うんだ?」という驚きがありました。

この曲ができたことがきっかけだったから、今回のアルバムは作り始めてできあがるまでずっとコロナ禍だったというね。まあ、やっと自粛ムードが明けてきた感はあるでしょ。明けてきたというか、まったく得体が知れなかったところから、みんながなんとなくどの程度のものなのか把握できてきた。今ようやく、ワンダフルワールドの景色が見えてきたわけですよね。やっとね。

──先ほどおっしゃったように、「僕のwonderful world」はこれまでASKAさんが歌ってきた、強い感情や意志を歌うものとはちょっと種類が違いますよね。今回の新曲「誰の空」の中に「生きることのすべてを歌う」というフレーズが出てきますが、これがまさに現在のASKAさんの姿勢を端的に表しているように感じました。

これは自分に言っていますね。“生き様を歌う”みたいなことはフレーズとしてはよく使われる言い回しだけど、「それを本当にやれるのか?」と。その問いに対して、自分の中に「やってやろうじゃないか」という気持ちがある。だから、すごく大上段に構えたフレーズではあるんだけど、本気で歌っているから大げさに聞こえないんだと思いますね。

──つまり、アルバムのコンセプト的なものが何か明確にあるわけではなくて……。

うん、まったくない。

──ただ「生きることのすべてを歌う」んだと。

僕はね、コンセプトは昔からずっと設けないんです。自分の音楽がなんなのかさえもいまだにわからない中で、バリエーションが自分の持ち味だと思ってるのね。そのバリエーションを発揮できる楽曲が1枚分そろったら、それがアルバムになる。それだけのことなんですよ。アルバムができあがっていく中で、最後のほうに「こういう曲が足りないな」と思ったら、あえてそういうものを作ってみたりね。

──バリエーションということで言うと、個人的に今回の新曲では「どんな顔で笑えばいい」にはシビれました。ある種サイケデリックロックのような曲で。

あれはね、実は20年前くらいに作った曲で。横浜アリーナかどこかで、「こんな曲ができたんだ」ってラララでお客さんに歌って聴かせたことがあるんですよ。それを覚えている人たちが案外多くて、「あの曲はリリースされていないのか」とずいぶん長いこと言われ続けていて。もちろんちゃんと完成させようとトライはしていたんですけど、どうしても何か、どこかがフィーリングとマッチしなかった。

──それが今回、満を持して完成したわけですね。

そう。今回このアルバムに入れると決めたので、なんとかサビを作って。やっと1つの曲として形になったかな。

──急にフィーリングにマッチしたわけですか? 何かきっかけがあったんでしょうか。

いや、単に「このアルバムに入れよう」という気持ちが強かったからだと思いますね。

──なるほど。自分で強制的にゴールを設定して、やるしかない状況に持っていったことで完成したと。

そうですね。

予想もしなかったことの連続

──そして今作のハイライトと言ってもいいと思うんですが、CHAGE and ASKAとしてのヒット曲「太陽と埃の中で」と「PRIDE」のリメイクが収録されています。改めてになりますが、この2曲を新しく録り直した経緯を教えてください。

どちらも自分で思い立ったわけではなく、持ちかけられた話でね。「PRIDE」は亀田興毅が自分の番組のテーマ曲に使いたいということで用意したもので、「太陽と埃の中で」は「G-1グランプリ」(※2022年に初開催された、芸歴15年以上の芸人を対象にしたお笑い賞レース)のテーマ曲として頼まれました。実は「G-1」からも最初は「PRIDE」を使いたいと打診されたんだけど、それは興毅で使ってしまっていたので、こちらから「『太陽と埃の中で』はどうですか?」と提案したら、すごく喜んでくれたので。

──なるほど。

僕にしてみたら、予想もしなかったことの連続だったんです。30年以上も前の曲を求められて、今歌えたのは喜びですよね。「よくぞ声をかけてくれた」という気持ちです。この3年の間に起こった、自分にとっては大きな出来事でしたから、アルバムに収録するのもごく自然な流れでした。

ASKA

──昔の曲をアレンジし直してリメイクするというのは、リスクもあると思うんです。原曲の存在感が大きい場合は特に、それだけファンの思い入れも強いわけですから。

うん、うん。

──「これじゃない、違う」と言われるんじゃないかという恐怖感などはなかったですか?

恐怖感ではないけど、「違うものにはしない」ということは特に「PRIDE」ではものすごく意識しました。あのイントロがあってこその「PRIDE」なんで、あのフレーズは絶対に使わなければいけない。変に変えてしまうとたいして意味のないものになってしまうので、だったらまったく同じにしてしまおうと。それよりも、ずっと歌い続けてきた歌を今録音し直せたことの喜びのほうが大きいかな。新曲って、一番歌い慣れていないときに録るものでしょ? それを何十年も歌ってきて、歌の中にある“世の中と一瞬つながれるポイント”をね、今となっては完全につかめているわけ。だから、今このタイミングで歌い直せたのはよかったなと思っていますね。

──せっかくなので、この機会に2曲とも原曲と聴き比べてみたんですが、やはり30年分の年輪が刻まれているのがハッキリと感じられました。ちゃんと今やる意味のある録音になっていると言いますか。

ありがとうございます。

──ASKAさんのボーカルはもちろんなんですけど、サウンド感の違いもすごく印象的で。近年のASKAさんは生楽器の生感を強く打ち出している印象がありますが、この2曲もそういったアレンジになっていますよね。

うん、「PRIDE」はもう生ピアノ以外考えられないですね。でも、こう言っちゃなんだけど……僕はあまり生楽器かサンプル音源かというところには、実はそんなにこだわっていなくて。

──あ、そうなんですか!

というのも、僕が区別できないから(笑)。今はサンプリング音源の質もすごく上がっていて、生なのかサンプルなのか聴いてもわからない場合があるんですよ。わからないものに固執するのもおかしな話なので、使えるものはどんどん使っていこうと思っていて。

──そうだったんですね。近年のオーガニックサウンドが、それこそ「生きることのすべてを歌う」に通ずるものがあるなと勝手に納得していたんですけども(笑)。

まあ、歌詞はずいぶんあとになって出てきたからね。「アルバムを通してこういうテーマを歌おう」とかは決めないので。

──サウンド感も含めて、その場その場でベストなものをチョイスするのみ、という感じなんですね。

そうそう。その場で作り上げていくということですね。