ADAM atのニューアルバム「零」が5月27日にリリースされた。
昨年発表の「トワイライトシンドローム」が「第12回CDショップ大賞」のジャズ賞を受賞するなど、インストシーンを牽引する存在となったADAM at。前作に引き続き、人気マンガ「木曜日のフルット」で知られる石黒正数の描き下ろしイラストをアートワークに採用した新作「零」には、コヤマシュウ(SCOOBIE DO)、伊地知潔(ASIAN KUNG-FU GENERATION、PHONO TONES)、MAKOTO(JABBERLOOP)といったゲストが参加し、ポップでロックな“ADAM atらしさ”を更新する仕上がりとなった。今回のインタビューでは、2018年から地元の静岡県浜松市の浜名湖で開催している主催フェス「INST-ALL FESTIVAL」への思いを含め、ADAM atこと玉田大悟の現在地について語ってもらった。
取材・文 / 金子厚武
コロナ禍の中で実感する恵まれた環境
──新型コロナウイルスの影響で思うような活動ができない日々が続いているかと思いますが、最近はどんなふうにお過ごしですか?
最近は自分が家の一部みたいな感じになってますね(笑)。ライブがないんで、打ち上げもなく、お酒を飲むこともないですし、煙草も吸わず1日3食ほぼ自炊をしてまして、皮肉にも非常に健康ではあります。
──玉田さんは以前コンサートの制作会社で働かれていたわけで、ライブハウスが困難な状況であることはもちろん、ライブ制作に関わる多くの人たちが大変な状況であることを普通のバンドマン以上にご存知かと思います。現在のライブができない状況に対して、どんなことをお考えですか?
今は皆さんがライブハウスを支援するためにクラウドファンディングをやったり、募金をされてると思うんですけど、我々がツアーをするときはライブハウスだけでなく、その間に入ってるイベンターさん、プロモーターさん、チケットを売るプレイガイドさんもいて、一般の方たちはそういったところまではなかなか目を向けにくいですよね。今僕もお世話になってるイベンターさんに何かできないかと思って考えてるんですけど、今まで非常に恵まれた環境にいたんだなっていうことを再確認してます。
──ライブハウスに対してはグッズをネット販売して、売り上げを寄付されていました。
我々ミュージシャンは日々の生活が苦しくなったら、アルバイトをすればいいと思ってるところもあるんです。今は運よく音楽でメシを食わせてもらってますけど、もともと僕自身アルバイトをしながら音楽をやってましたし。でも、ライブハウスの維持費は1人がアルバイトをしただけでは補えない金額なので、それはみんなでなんとかしなきゃなと。今なんとかしないと、新型コロナウイルスが終息したとしても、ライブをやれる場所がなくなってしまうわけで、結局自分の首を絞めることになると思うんですよね。
──もちろん国や自治体からの補償も使いつつ、いろんな形で支え合って、ライブが再開できるときには環境をアップデートした形で再開できるといいですよね。
そうですね。音楽好きな方、誰かのファンの方の中には、自分のためというより“推し”のため募金するみたいな方々も多いじゃないですか? 普段我々はそういった方々にすごく助けてもらっているので、こんなときくらいは我々も自分のためではなく推しのためというか、お世話になった人のためにやらなきゃいけないことがあるんじゃないかなって。それはファンの方々から教えてもらったことだと思ってます。
僕は嫉妬と妬みが力になってる
──さて、1年ぶりの新作は「零」というタイトルで、「常にゼロから作り出すこと」がテーマになっているそうですね。
はい。でも、まずはホラーゲームと被ってるくだりから話させてもらっていいですか?(笑)
──ADAM atのアルバムタイトルと言えば、そこは外せませんからね(笑)。
とはいえ、正直もうネタが切れてきてるんですけど(笑)。そんな中で「零」シリーズがあるじゃないか、ってことで「零」にして、そこからこじつけで“常にゼロから作ってる”ということをテーマにしました。今回に限らず我々は常にゼロからものを生み出していているわけで、そのゼロをイチにするパワーはどこから来てるんだろうなと考えたんですけど、今回わりと制作期間が短かったこともあって、途中で嫌になったり、逃げ出したくなったり、アタマから煙が出そうになる時間もあったんですよね。でも実はそういう時間がゼロからイチにするうえで一番大事なのかなって。
──マイナスな時間が、その先でプラスを生むというか。
常々思ってるんですけど、僕が何かを作るときって、嫉妬と妬みが力になることが多いんです。ADAM atを始めた頃は、それこそアルバイトをしながらやっていて、「この音楽をみんなに知ってもらいたい」と思いつつ誰に認められることもなく、その嫉妬や妬みから曲が生まれていて。でも、最近は皆さんにADAM atのことを知っていただいて、アルバイトもしなくてよくなって、今も当時のハングリー精神があるかというと、もうないんですよ。自分では「いや、そんなことはない!」とも思うけど、前は浜松から東京に車で行くときに下道を使ってたのが、高速道路に乗れるようになったり(笑)、徐々に環境が変化してやっぱり当時の初期衝動はもうないんです。それでも曲を作り出すためには、今も嫉妬と妬みを持つことが大事で、1人で部屋にこもり、誰とも会話せずに「なんでこんなことやらないといけないんだ!」と思うくらいが、自分にはちょうどいいんですよね。
──初期衝動はどうしたって薄れるもので、そのうえでいかに曲作りのモチベーションを保ち続けるのかは、多くのミュージシャンが経験する課題なんでしょうね。
ものすごく幸せな人が誰かに応援歌を作っても、あんまり説得力がないような気がして。そもそも自分自身が不幸だから、自分の生活をどうにかしたくて、自分に対して書く応援歌のほうが、結果的に自分以外の人にも響くような気がするんです。そういう意味でも、嫉妬と妬みはこれからも持ち続けたいと思います。
──「零」というタイトルは、“ゼロだった頃の自分を忘れないように”という意味合いにも取れますね。
ホントそうですね。ゼロの気持ちを忘れちゃダメだなって。
もっといろんな人に聴いてもらうためにはどうしたらいいのか?
──音楽ナタリーでのADAM atの取材はひさしぶりなので、少しだけ振り返りができればと思うのですが、個人的に前々作の「サイコブレイク」から前作の「トワイライトシンドローム」への変化は1つの転機だったと思っていて。「サイコブレイク」でJABBERLOOPやPOLYPLUSの永田雄樹さんとTRI4THの伊藤隆郎さんというリズム隊が固まり、「トワイライトシンドローム」からはギターの橋本孝太さんとササキヒロシさんを含めた現在の主要メンバーにゲストが加わる形になりました。ジャケットがマンガ家の石黒正数さんの描き下ろしになったのも前作からですが、玉田さんの中ではどのような変化がありましたか?
「トワイライトシンドローム」のときに「ずっと同じものを作ってちゃダメだ」と言われたんですよ。情報の流れが速い中で、常に発信するものをアップデートしていかないとってビクターの前の担当に言われまして。「1枚作品ができて喜んでる時期はもう過ぎた。これからは作品がもっと話題になることも考える必要がある」という話になり、それでアジカンの(伊地知)潔さん、SECRET 7 LINE、シルク・ドゥ・ソレイユのメンバーといったジャンルの違う人たちを呼んだんです。ジャケットに関しては、お互いの作品が好きだったことをきっかけに石黒先生にお願いしたんですけど、そうやってただ作品を作るだけじゃなく「この作品をもっといろんな人に聴いてもらうためにはどうしたらいいのか?」を考えるようになったのが「トワイライトシンドローム」からですね。
──ビクターの方からの意見を聞いて、玉田さんとしてはどう思われましたか?
最初は不満ではありました。我々はミュージシャンであって、話題を作るのではなく曲を作ることが仕事だと思っているので、話題作りはほかの人にやってほしいなって。ただ、例えば、自分がラーメン屋だったとしてラーメンを作ることだけが仕事だと言って、店の外観とか内装をまったく気にしなかったら、そのラーメン屋は廃れるだろうなと。いい音楽を作るのは当たり前で、それをより広く届けるためにどうラッピングをするかとか、そこまで考えることも重要だなというのは思いましたね。「トワイライトシンドローム」は「CDショップ大賞」のジャズ賞をいただけて、ちゃんと結果も付いてきたので、それが正解だったのかなと今は思ってます。ビクターの担当がおっしゃったのは、「そろそろ種をまくだけじゃなくて、花を咲かせなさい」ってことだったのかな。
次のページ »
今一度“偏差値”を下げてください