阿部真央|この10年間で行けなかった領域へ

阿部真央が通算9枚目のアルバム「まだいけます」をリリースした。

昨年、東京・日本武道館と兵庫・神戸ワールド記念ホールでのワンマンライブを成功させたのを皮切りに、デビュー10周年イヤーを駆け抜けた阿部。「これから先も進み続ける」という彼女の強い意志を感じさせるタイトルが付けられたニューアルバムには、NHKドラマ「これは経費で落ちません!」の主題歌「どうしますか、あなたなら」や映画「チア男子!!」の主題歌「君の唄(キミノウタ)」、先行配信された「今夜は眠るまで」をはじめとする全11曲が収録されている。音楽ナタリーではアルバムの楽曲について話を聞きつつ、10年間の活動を経て阿部の中で起きた変化についても語ってもらった。

取材・文 / 平賀哲雄 撮影 / 小原泰広

この5年間は苦行のようだった

──2019年にデビュー10周年を迎えたわけですが、何か特別感じるものはありましたか?

阿部真央

5周年のタイミングではまだ結婚もしていなかったし、アーティスト活動において大きな挫折はなかったので、もちろんファンのみんなへの感謝の気持ちはありつつ、10周年のほうが身に沁みて感じるものが多かったです。結婚も出産も離婚もありましたし、産休したことで集客が減ったり、CDのセールスが落ちたり、復帰しても以前のように動けない時期があったり、前半の5年間より後半の5年間のほうが苦行っぽかったなって(笑)。でもこの5年間があったからこそ、10周年を迎えたときに「そんな中でも応援し続けてくれてありがとう」と心の底から思えたんです。今、大好きなスタッフさんたちと仕事できていることにも感謝の気持ちでいっぱいで、「いろいろあったけど、間違いではなかったな」と感じています。

──デビュー5周年を記念した2014年の東京・日本武道館公演では「阿部真央が年女で、かつ阿部真央のアニバーサリーイヤーって次はいつなのか、計算したの。そしたらね、84歳の65周年記念(笑)。がんばります。84歳でもギター背負います」とおっしゃっていました。

言いましたね(笑)。

──でも、そのあと10周年を迎えるまでの5年間だけでも継続は容易くなかったと。

そうですね。止める気はなかったし、もちろん継続するつもりではいたんですけど、「どうやったらいいんだろう? どうやったらお客さんにもっと来てもらったり、作品をもっと聴いてもらったりできるんだろう?」ということはものすごく考えましたね。だから悩んではいました。

やっと一歩踏み出せた

──そういった時期を経て、デビュー11周年記念日の翌日にニューアルバム「まだいけます」がリリースされます。序盤から「dark side」「お前が求める私なんか全部壊してやる」「まだいけます」といった攻撃性の高い、振り切ったナンバーが畳みかけられますが、こうした作品を今表現したいと思ったのはなぜでしょう?

昔から1つ前にできあがったイメージを崩したくなる癖があって。去年はすごく前向きな内容のシングル曲ばかりで、デビュー10周年を記念したベストアルバム「阿部真央ベスト」以前のシングル曲も明るいアッパーチューンが多かったので、「暗い曲が足りないな」と思っていたんです。それで去年の前半くらいから次のアルバムは暗めにしたいと考えていたんですけど、ここまで攻撃的な楽曲を作るつもりはなかったんですよ。でも10年間やりきったことによって、自分の中のリミッターを外していく作業というか、チャレンジする機会が増えていって。「10年やってきたんだから、もうちょっと自分を信じていいだろう」と思い始めたら、ライブパフォーマンスが自由になって、歌い方も枠に縛られなくなり、「プロのメジャーアーティストだからこういうふうにしなきゃ」みたいなこれまでの振る舞いをどんどん自分で壊していくようになったんです。気付いたら上っ面を剥ぎ取っていけるようになりました。

──自ずとそういった曲を書くようになっていたと。

序盤の3曲のような激しい面は常に私の中にあるんです。それを露骨に出せるようになった結果だと思います。

──今お話しされていたリミッターは、そもそもデビュー当時から持っていたものなのか、メジャーで音楽活動をしていく中で設けられていったものなのか、どっちだったんでしょう?

阿部真央

前者ですかね。最初からありました。この10年で培ったものではなくて、生まれもったもの。自分の中に凶暴性があることには気付いていたんですけど、どこかで「いい子でいなきゃ」と思っていて。私、学校の先生に気に入られるタイプだったんですね。別に媚びているつもりもなかったんですけど、先生から見ると、激しいところと、真面目で優等生なところが共存している子だったと思うんですよ。だから面倒見のいい先生に好かれる。そういう性質を自分自身でもようやく認められるようになったのかなと。デビュー曲「ふりぃ」に「イイ子の私はもう居ない」という歌詞があるんですけど、当時の19歳の私にはイイ子っぽく振る舞っている自分をよしとしない部分があって。せっかく音楽をやっていて、自分で詞も曲も書いているのに、イライラしている自分を抑えちゃうのがイヤで、だからわざと悪い子みたいに振る舞おうとしていたんです。

──生意気な女の子ぶったり。

ツンケンしたり。そうやって強い自分を出す。それも私だからウソではないんですけど、やっぱり無理していて。それはなんでかと言うと、優等生でありたい自分を認めてあげられないから。だからすごく苦しかったんですよ。でもこの10年でいろんなことがあって、自分のことを客観視できるようになったときに、よい心と悪い心というか、その両極の自分を認めることができて初めて楽になったんです。だから、私の中にあったリミッターはとても根深い、生まれながら持っていたものだったんでしょうね。歪で、どこか振り切れない感じ。自分に対してずっとそう思っていました。ファンの方は優しいし、私に甘いので「十分に振り切ってるじゃん」と言ってくれるんですけど、「振り切るということはこういうことじゃない」とずっと感じていて。今、やっと一歩踏み出せた感じがします。この10年間で行けなかった領域へ。