U-NEXT Comic特集 群雄割拠を極めるマンガ業界で、編集者に求められる力とは?松田昌子氏×星野万里氏×豊田夢太郎氏

映像配信サービスの国内市場シェア2位を誇るU-NEXTが、2022年11月にオリジナルマンガレーベル・U-NEXT Comicを立ち上げた。同レーベルの作品は自社のプラットフォームで配信されるとともに、各社電子書店でも展開されている。U-NEXT Comicは現在、編集者を随時募集中だ。U-NEXTはどのような戦略でマンガ事業を展開し、どんな人材を求めているのか。

コミックナタリーでは、U-NEXT Comicのマンガ編集事業長・松田昌子氏、縦スクロールマンガの制作を担当する星野万里氏、そして月刊IKKI(小学館)などの編集部で数多くの作品を手がけ、現在はミキサー編集室で編集長を務める豊田夢太郎氏の対談をセッティング。雑誌、Webコミック、縦スクロールマンガといったマンガ表現の多様化、当たり前のように展開されるメディアミックス……。さまざまな企業がしのぎを削り、群雄割拠を極めるマンガ業界で、マンガ編集者にはどんな力が求められるのか。その答えを探る。

取材・文 / 増田桃子撮影 / 番正しおり

日本でメディアミックスされる可能性が一番高いのはマンガ

──今回は「今の編集者にはどんな能力が必要なのか」をテーマに、最新のマンガ業界のお話を伺いたいと思います。

豊田夢太郎 U-NEXT Comic編集部には信頼できる編集さんがいっぱいいらっしゃいますよね。

松田昌子 ありがとうございます。自画自賛になってしまいますけど、この3年ぐらいでできた編集部と思えないぐらい、よい編集さんに来てもらってます。

豊田 僕でもお名前やその仕事を存じ上げている、実力を伴った編集者さんたちが次々とU-NEXTに転職してて、ザワっとした時期があったんですよね……。

左から星野万里氏、松田昌子氏、豊田夢太郎氏。

左から星野万里氏、松田昌子氏、豊田夢太郎氏。

──U-NEXTというと一般的には映像配信のイメージが強く、U-NEXTがマンガ業界に参入するのに驚いた関係者も多いと思います。その経緯についてお聞かせてください。

松田 NetflixやAmazonのPrime Videoなどがオリジナル番組を作って集客につなげていく中、U-NEXTの規模では、ビッグIP(知的財産)のオリジナル映像作品を量産するのは現実的ではありません。我々は映像配信のイメージが強いですが、実は電子書籍も同じアプリで楽しめるサービスです。サービスに付帯するポイントを使って買えることから、TVドラマやアニメ原作など、映像作品と親和性のある書籍やマンガが非常によい売上を上げています。そういった背景から、まずオリジナルマンガを始めて、マンガからオリジナルIPを作ろうという発想ですね。

星野万里 日本でメディアミックスされる可能性が一番高いのはマンガ。アニメやドラマでオリジナルをやるよりも、まずは日本市場の中で大きい市場規模を持つマンガでIPを作ることが次のステージなんじゃないかと。それが、マンガ部門が立ち上がった経緯です。

──確かにマンガはメディアミックスしやすいですよね。特に最近はかなり早い段階でメディア化が動き出している印象があります。

豊田 私がかつてコミカライズを担当していた作品でのちにドラマ化したものも、コミカライズのコミックスが出た際にドラマの制作会社さんに気づいてもらえて、原作に声がかかった、という流れなので、広がり方としてはやはりマンガは強いなと思いますね。

良質な作品を送り出す場としてのU-NEXT

──後発でマンガ業界に入っていくとなると、いかに強みや特色を出していくかが重要ですよね。松田さん、星野さんはU-NEXTの強みはなんだと考えていますか?

松田 まずU-NEXTという母体があることが大きいです。アニメでもドラマでもU-NEXTの中で原作を一緒に楽しめます。映像からマンガへ、マンガから映像へというお客様の流れがある中でオリジナル作品を展開できることは強みだと考えています。作家さんとしてはメディア化へのステップが踏みやすいし、メディア化された際に自作品の売り上げを最大化できる。編集者としても局や制作会社とのコミュニケーションが取りやすいです。

豊田 U-NEXTさんは電子書店としてのプラットフォーム的な役割もありつつ、U-NEXT Comicというブランドをお持ちだと思うんですけども、最終的にはどういった方向を目指しているんですか?

松田 映像との親和性は強みですが、骨の太い面白い作品を生み出す場であることが一番重要で、その結果としてメディア展開があるという状態が理想です。なので、U-NEXTだけではなくさまざまな書店さんにオリジナルコミックを配信しています。

松田昌子氏

松田昌子氏

豊田 U-NEXTというプラットフォームを売り出すというよりは、良質な作品を送り出す場としてのU-NEXTを意識されている。

松田 そうですね。自社プラットフォームを強くするための独占配信を前提としたマンガなのか、他社を含むさまざまなプラットフォームで配信して作品を先に盛り上げるのか、プラットフォームを持つ新興レーベルはどちらを先にやるか決めないといけません。我々としては作品を盛り上げることを優先しています。女性向け編集部の編集長の川口(里美)はフィール・ヤング(祥伝社)で編集長を務めたベテランで、腰を据えて作品作りができている手応えもあります。メディア展開を狙える刺激的な環境は準備できていますので、それが面白い作品を作ろうという気概につながっているように思いますね。

星野 縦スクロールマンガを作ってるIP事業チームは、私自身も縦スクロールの経験が豊富とはいえない状態で立ち上げがスタートしています。そういう経緯もあり、新しいことにチャレンジしたいというメンバーが多いです。まだ松田さん率いるマンガ事業とはステージが違い、自分たちは何が得意なのかを探している状態です。でも通常の縦スクロールマンガで売れているようなジャンル以外の作品が売れてきたり、徐々に特色が見えつつある状況です。

豊田 制作はスタジオ形式でやってらっしゃるんですか?

星野 半々ぐらいですね。原作を我々と作家さんで作らせていただき、それ以降の作業をスタジオさんにおまかせすることもあれば、他社と協業して一緒に作っていくケースもあります。

豊田 クリエイティブの中身もそうですし、座組についても試行錯誤している最中と。

星野 はい。IP事業チームの特徴として、海外出身のメンバーや若い子も多いので常識にとらわれない座組を持ってきたりすることも多くて、なかなか過去の経験から判断が難しいものもあるのですが、そこがまた面白かったりします。

横読みマンガと縦スクロールの編集者の違い

──横読みマンガと縦スクロールマンガでは、仕事の仕方も違うのでしょうか。

松田 かなり違いは大きいですよね。縦スクロールは横読みより工程が細かく分業されている印象です。

星野 縦スクロールは週刊連載が基本、かつ毎週60~70コマをカラーで作らないといけないので、分業でないとペースを維持できないことからこの形をとること多いです。もちろん、1人の作家さんが最後まで描き切る形式もあるので、制作の仕方は多種多様ですね。制作だけでいうと、マンガよりもアニメやゲームに近いのでそういう意味で最近は、「縦スクロールマンガはマンガなのか?」と思ったります(笑)。

豊田 横読みに比べると、縦スクロールはスケジュールを厳密に進行することの優先度合いが高いですよね。作家さんが1人で描かれている場合は、編集と作家さんとの話し合いで済む。スタジオ形式や原作、ネーム、作画が分業されていると、スケジュール管理とクオリティコントロールの難易度がだいぶ上がります。クオリティ的にも求められるレベルが高いうえに、制作管理能力も問われますよね。

星野 縦スクロールの編集者をディレクターとかプロデューサーと呼んだりするのですが、まさにそうだなと思います。原作の意図をしっかり汲んだうえで、バトンを次につないでいく力が必要。作家さんと伴走して、作家さんの頭の中を読者に伝わるように支えるのが皆が想像するマンガ編集者の役割なら、作家さんが見ている世界をもれなく次の制作者に伝えていくのが縦スクロールの編集者。編集者が作家さんの伝えたことを理解していないと、次の作業で全然違うものになってしまうので……。

──一般的にイメージする編集者とは求められるスキルも違いそうですね。

星野 編集部ごとの特色もあるとは思うんですけど、うちは担当者だけじゃなく全員が最初の3話ぐらいを読んで、意見を出し合って作っていきます。作品に読者さんが求めてるものや携わってる作家さんの魅力は、日々向き合ってる担当者だけだと気づけないこともあるので、最高の作品に仕上げるために、チームで話し合いながら作っています。

豊田 作家さんと一対一であれば、もっとこんなこともできるかもとフレキシブルな対応も可能ですが、縦スクロール作品ではそこにこだわりすぎると、どうしても迷走するんじゃないでしょうか。編集側が完成形のビジョンを明確に持ってないと。

星野 おっしゃる通りで、「あとはおまかせします」みたいに手綱を手放してしまうのは危険。しっかりと全員と目線を合わせていくのが大事だと思います。

星野万里氏

星野万里氏

プラットフォームと出版社のアプリでは戦い方が違う

──雑誌やWebマンガ、マンガアプリ、電子書店と展開する媒体も増えましたよね。その違いも作品作りに影響を与えていますか?

松田 電子書店の違いは大きいと思います。同じ異世界ものでもピッコマさんの異世界とシーモアさんの異世界は違いますし、売れる作品も違います。ピッコマさんは王道の異世界ものが強いし、LINEマンガさんは若い女の子が等身大で親しめる作品が人気。シーモアさんやめちゃコミさんになるともう少し年齢層が上がってきて、オフィスラブから発展していくような女性向けが強い、というような印象ですね。豊田さんも書店さんを意識して作品を作られることはありますか?

豊田 弊社では電子書店さんと直接取引している作品もあるので、その書店さんでの傾向をあらかじめ教えていただいてから、じゃあこういう作品を作ろうと、作家さんと方針を決めることはあります。あるいは「うちでは異世界ものが人気あるので、ミキサーで異世界ものを出してほしい」という要望をいただいてから、作家さんにお声がけすることもあります。データに基づいて読者層を設定する傾向にあるので、逆に言うとチャレンジはあんまりしないというか。「こういう系統の作品ではまだヒット作が出てないけど、だからこそ可能性があるんじゃないか」みたいな作品は、基本的に出しづらくなっていますね。

豊田夢太郎氏

豊田夢太郎氏

松田 その書店さんで人気のジャンルの半歩先を行けるかどうかが大事だとも思っていて。例えば異世界ものであれば、異世界ものという安心感と、今までの異世界ものとは違うというミックスができるかどうか。逆に言えば、見たこともない作品を冒険的に作るのは難しい情勢でもありますよね。

豊田 未知なるものを出していくのは、版元のオリジナルレーベルに集中して、特化されてきている印象です。

松田 いろんな会社の作品が楽しめるプラットフォームと、出版社のアプリでは戦い方がまったく違いますね。

星野 戦い方という意味では、本当に個人的な考えですが、縦スクロールマンガはTikTokやショート動画がライバルなんじゃないかと思っています。縦スクロールマンガは、通常のマンガ読み以外の方でも動線や視線誘導など気にせず、スクロールするだけで読めるというメリットがあって、普段マンガを読まない層に届きやすい。その一方で、普段マンガを読まない方々が隙間時間に何を見てるかというと、ショート動画なんですよね。次に何が来るのかのサイクルも早まっていく中で、マンガのトレンドだけではなく、別のコンテンツで流行るものを先取りする必要もあるんじゃないかと思います。