コミックナタリー Power Push - 「日曜日の沈黙」

「ジャイキリ」の綱本将也が手がける競馬×SFのスペースオペラ

競馬マンガを始めたのは「そろそろ怒られそうだった」から

──「スピーディワンダー」についても聞かせてください。競馬業界の悲喜こもごもをドラマティックに描いた作品として、競馬ファンからもマンガファンからもすでに高い評価を得ています。もともとは、どういった経緯でスタートしたのでしょうか?

「スピーディワンダー」1巻

僕自身の連載3作目である「GIANT KILLING」を発表した頃から、いろいろなお話をいただくようになりまして。ヤングチャンピオンの現編集長である牧内(真一郎)さんからも、ご連絡をいただいたんです。当時は副編集長だったのかな。とりあえず会って打ち合わせをしてみたら、「サッカーマンガをお願いします」という感じで。僕は「GIANT KILLING」だけじゃなく、デビュー作の「U-31」も2作目の「Goal Den Age」もサッカーマンガだったから、そうなるのは当然かもしれないんですけど、僕自身は別にサッカーの専門家という自覚もなかったので……。

──そこからどうやって競馬マンガに?

僕は、一緒に新しい仕事を始めるまでに時間がかかるんです。あえて決めているわけじゃないんですけど、だいたい3年ぐらい。その間、飲み友達とは言いませんけど、相手と打ち合わせをしつつ、「そろそろやらないと怒られそうだな」と思ったら仕事を始めるという感じで。「スピーディワンダー」もちょうど怒られそうなタイミングに、「そう言えば僕は競馬が好きだし、もうサッカーじゃなくて競馬マンガにしましょうか」と。

──そんな裏事情があったんですね(笑)。作画の山根先生とはどのタイミングでコンビを組むことになったんでしょう。

綱本将也

原作をある程度、書き進めてからですね。僕はたいてい、書いてからマンガ家さんを探すパターンなので。ちょうど現在の担当でもある編集者が山根くんも担当していて、「どうでしょう?」「いいんじゃないですか」という流れになりました。一緒に取材へも行きましたし、以降ずっと一緒にやっていますね。

──ちなみに事前取材はどの程度、行われましたか?

作中に登場する「イエローファーム」の絵のモデルになった北海道の牧場や、良質馬のセリ市などには行きましたね。ただ、イメージとしては取材というより答え合わせに近い感じでした。自分が長年、外部から競馬を見ながら考えていたことについて、関係者の方たちに直接ぶつけてみて、「やっぱりそう思っているんだ」と確かめさせてもらったというか。原作者として無責任なことは書けないので、「無責任じゃない」ってことを確認できてよかったです。

実況を極力省くことで、絵が持つ本来の力を際立たせる

──競馬マンガは、サッカーマンガと比べても専門用語が多くシステムも複雑ですが、原作を書く上で苦労されたことはありますか?

「スピーディワンダー」の場合は、掲載先が青年誌のヤングチャンピオンということもあって、あまり気にしていないですね。競馬をまったく知らないということはないだろうと。もちろん専門用語に注釈を入れたりはしますけど。そこまで深く説明しなくても、ストーリーを追うだけで内容がわかるようにはしているつもりです。

──図解イラストのような説明も出てきませんね。

何かあの……軽くなるじゃないですか、誌面が。解説くさくもなるので。じつは実況についても、「GIANT KILLING」の頃から極力入れないようにしているんですよ。マンガだと高校サッカーの県予選とかでも、実況が入ってきますよね。その点に昔からちょっと違和感を覚えていて。文字ばっかりのスポーツマンガには、できるだけならないようにしたいなと。

──文字ばっかりのスポーツマンガ……ありますね(笑)。

「スピーディワンダー」より、スピーディワンダーの兄馬・スーパーキングオー。

特に競馬マンガの場合、レースの最初から最後まで実況が入っている作品が多いので。実況ばかりだと説明のほうに目がいっちゃって、絵の力が薄くなっちゃうと思うんですよ。「スピーディワンダー」については作画の山根くんに力があるので、できる限り文字ではなく絵で表現したい。そのほうがレースを戦っている主人公たちの感覚が、より読者に伝わると考えています。

──「スピーディワンダー」は、主人公馬がなかなかメインにならず、兄馬であるスーパーキングオーや、そのライバル馬たちが長い間、ストーリーの軸として活躍するという点でも特殊な作品です。あの展開は、当初からの狙い通りだったのでしょうか?

大まかなところは、あらかじめ決まっていた通りですね。要するに、競走馬の生まれた瞬間から全部をきちんと書きたかったわけです。誕生して育てられて、セリに出て厩舎に入って……。だけど、その段階を書いている間、馬が走らないじゃないですか。タイトルにもなっているスピーディワンダーという馬名が、初めて登場するのが7巻ですから(笑)。なので、スーパーキングオーというお兄さんを出して、スピーディワンダーが成長するまで、彼に序盤の主人公として頑張ってもらおうとしたわけです。

──なるほど。

もちろんスーパーキングオーを書いているうちに、最初は出てくる予定じゃなかった馬も出てきました。ポップチューンやティオティコンなどは、ストーリーを進めていく中で「こういう馬がいたらいいな」と思って登場した馬たちですね。でも初めに考えていたことは、やっぱり7巻のスピーディワンダーという名前が決まるところ。あのシーンまでは言わば序章なんですよ。「ドカベン」で言えば、連載当初の柔道をやっている部分です。

綱本将也

──わかりやすい(笑)。綱本先生が「スピーディワンダー」という作品を通して、もっとも伝えたいことは何ですか?

「スピーディワンダー」に関しては、僕が知っている競馬の楽しさをすべて詰め込もうと思っていますね。生産者から見た競馬。育成牧場から見た競馬。騎手から見た競馬。競馬記者から見た競馬。どこかに偏るわけでもなく、全方向から見た競馬を描いた作品にしたいですね。そうなったらどうなるのかを僕も知りたかったので、楽しんで書いてますよ。

「日曜日の沈黙」
原作:綱本将也 漫画:山根章裕「日曜日の沈黙」

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Umabi
Umabi

JRAが運営する競馬ビギナーでも楽しめるエンタテインメントサイト。競馬初心者に向けたハウツーや、競馬場の紹介に加え、綱本将也原作による山根章裕「日曜日の沈黙」など競馬を題材にしたWeb限定のオリジナルマンガやドラマなども配信。サイトのテーマソング「#RUN」は小室哲哉、tofubeats、神田沙也加によるユニット・ TK feat. TKが手がける。

原作:綱本将也 漫画:山根章裕「スピーディワンダー」14巻 / 発売中 / 576円 / 秋田書店
原作:綱本将也 漫画:山根章裕「スピーディワンダー(14)」

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綱本将也(ツナモトマサヤ)

1973年生まれ。東京都出身。2002年に吉原基貴作画の「U-31」で、モーニング(講談社)にて原作者としてデビュー。原作・原案を担当するツジトモ「GIANT KILLING」は2010年にTVアニメ化も果たした。このほかヤングチャンピオン(秋田書店)にて、山根章裕とタッグを組み「スピーディワンダー」を連載中。