「冴えない彼女の育てかた」深崎暮人インタビュー|魅力的なヒロインの生み出し方から、イラストレーターの生存戦略まで「冴えカノ」と過ごした日々を振り返る1万字インタビュー

時代に合わせて絵柄を柔軟に変化させてきた

──ここまで5人のヒロインのイラストを比較してきましたが、描いていて一番難しいのはやっぱり恵ですか?

そうですね。どうしても恵ばっかり描くことになるので……しかも表情もあまり変化がつけられないし、派手に動かすこともできない。詩羽もそうなんですが、制限がかなりあるキャラクターなので。逆に楽しいのは英梨々とか美智留のような動かせるキャラですね。特に英梨々は表情もコロコロ変えられるので面白いし、ツインテールで画面を埋められるので楽なんです(笑)。

丸戸史明「冴えない彼女の育てかた」1巻

──安易な考え方ですが、長い髪の毛のほうが描くのが大変ということはないんですか?

キャラクター主体のコンテンツなので、背景無しのキャラクターピンでの描写を求められることが多いんです。なのでキャラのみで画面を埋められないほうが大変ですね。初音ミクなんかがいい例で、あれだけヒットした要因のひとつとして、大きなツインテールのおかげで初心者でも見栄えがいい絵が描ける、というのがあると思います。まさに奇跡のキャラクターデザインだと思っています。

──なるほど、それは描き手でないと気付かない視点かもしれません。また、「冴えカノ」1巻が出た頃と今を比較すると、深崎さんの絵柄は大きく変わりましたよね。

そうですね。絵のトレンドは目まぐるしく変わっていくので、ブラッシュアップしていきたいとは思っていたんですが、明確に変えたのは「冴えカノ」のアニメ化がきっかけです。キャラクターデザインの高瀬智章さんの絵が「今後のトレンドになりうる絵柄だな」と感じたのと、原作とアニメとの距離を縮めたいという思いもあったので、いいタイミングだったと思います。高瀬さんにキャラデザを担当していただけてよかったです。

TVアニメ「冴えない彼女の育てかた♭」キービジュアル

──時代に合わせて柔軟に絵柄を変えてきたんですね。

僕が絵を描き始めたころは美少女ゲーム全盛期の時代だったので、もっと目が大きかったんですが、それだと表現できない顔の角度や表情もあって、長く仕事をやっていくにはどこかで見切りをつけないといけないなと。昔から僕の絵を好きだって言ってくれていた人たちをちょっと裏切ってしまうことにはなるんですけど、今の絵が好きだって言ってくれる若い子も増えている実感があるので、間違った判断はしてないと思ってます。

──また、色の塗り方もかなり変わりましたよね。元々はもっと塗りが重かったというか。

そうですね。最近は色で情報量を増やそうと思って、反射光や差し色を多用して派手な色遣いにしています。彩色に関してはまだ悩んでいる最中なんですが、この半年ぐらいで配色や光の表現など、次の彩色スタイルはだいぶ固まってきました。例えば劇場版のティザービジュアルは、Instagramっぽくフィルターがかかった色味にしようと思ったりとか、あとは乃木坂46をはじめ、坂道系のグループのMVを参考にしたりしました。この空気感の表現は昔から憧れていて、以前だと岩井俊二監督のような表現を目指してたんですけど、自分の力不足で、目標とする表現に届いていなかった部分があったと思います。今はだいぶ近付いたんじゃないかな。

TVアニメ「冴えない彼女の育てかた♭」ティザービジュアル

──岩井俊二さんですか! 言われてみると、特に色味に関しては近いものを感じますね。

アニメ2期のティザービジュアルも岩井俊二さんっぽくしたいなと思って描いたんですが、技術が追い付かなくてできませんでしたね。映画「四月物語」は春をテーマにしている作品なんですが、構図や色に関してはそのあたりにすごく影響を受けてます。

──すごく腑に落ちました。使われる道具などは変わっていないんですか?

道具は全然変わってないと思います。液晶タブレットは肩が凝るって理由で使わないようにしてるんですが(笑)、でも節目の時期だしちょうど変えたいなと思って、いろいろ試してる最中なんです。iPadとかだとライブペイントもできるようになりますし。まだまだ修行中という感じですね。

「冴えカノ」の展開は、劇場版で本当の「おしまい。」

──ではいよいよ、大阪での開催が迫る個展について伺いたいと思います。そもそもなぜ「冴えカノ」で個展をやることになったのでしょうか?

アニメのプロデューサーを務めた柏田真一郎さんと、商品化を担当してくれているアニプレックスの方と、偶然双方からご提案があって。元々は「冴えカノ」に限らない個展をというお話だったんですが、タイミング的に「冴えカノ」の展開が何もない時期だったんですよ。なので何かイベントがあったらいいなと思って、僕からお話しして「冴えカノ」に絞ることになりました。

──東京での展示は3月に開催されましたが、振り返っての感想はありますか?

まず、あの、物販が大荒れしたみたいで……。

──すごい行列だったみたいですね。

いろいろあったんですよね。販売体制まで関与していないとはいえ、自分の名前を冠した展示会なので申し訳ないなという気持ちがあり、まずお詫びしたいなと。大阪のほうは体制を立て直して、アニプレックスさんが計画を練ってくれているので、大丈夫だと思います。ほかにびっくりしたのは、サイン会に小学生の女の子が来てくれて、お手紙をもらったんですよね。小学生にはちょっと過激な描写もあるかもしれませんが(笑)、非常にうれしかったです。

──小学生! もはや少女マンガ的存在というか、やっぱり深崎さんの絵がかわいかったんでしょうね。当時私も秋葉原で個展のキービジュアルを大きなサイズで見て、これまでのドラマがこの1枚から伝わってくるように感じてすごく感動したのを覚えています。

個展キービジュアル。2018年春の東京での個展開催時は、キービジュアルをはじめとした深崎のイラストが秋葉原駅周辺に大々的に展開された。

アニメのビジュアルだったら「こういうふうにアピールしましょう」とかって狙いがあったりするんですが、個展のキービジュアルはなんの制限もなかったので、自由に描けたんですよね。これはアニメ2期の10話で英梨々が描いたイラストと同じ構図になっています。作中の絵は倫也たちが作ったゲームのヒロインであって加藤恵ではないので、それをちゃんと加藤恵に置き換えて描きたいなというのがありました。ちなみに作中作と同様に、天使の羽根に見立てて桜の花を添えています。

──展示内容については、単に絵が並んでいるだけではなく、順番や小道具も凝っていらっしゃいますよね。

そうですね。展示内容は基本的にはアニプレックスさんにお任せしているんですが、企画してくれた方がすごく作品をリスペクトして考えてくれていて。僕も東京のときは自腹でベレー帽とか赤いカーディガンを買って、会期中に小道具として絵の脇に足しに行ったりしました。特に僕も気に入っているのが英梨々のスペースで、作中に出てきた美術室を再現しているんですね。それも企画してくれた方のアイデアで形になったものです。大阪の展示内容は東京に来てくれた方にも配慮して「大きくは変えないでください」と伝えてますが、少しだけブラッシュアップした内容にはなると思います。

個展・東京会場の様子。左に展示されているのがキービジュアルの元ネタである、「冴えない彼女の育てかた♭」10話で英梨々が描き上げた絵。

──個展に行かれたファンの方の感想を読んでいて思ったのですが、絵の展示って言ってしまえば静止画が並んでいるだけなのに、そこからドラマをちゃんと受け取っていらっしゃる方が多いと思ったんです。それはやっぱり「冴えカノ」という作品自体が、ドラマを読み取る、作品を深読みする能力が鍛えられるような原作でありアニメだからかなと。

そういう描き方をしていますよね。絵のほうでも、例えば原作の1巻と同じ構図で、成長しきったキャラクターたちを最終巻で見せるとか、そういう仕掛けはかなりやったので、読者の方も絵を見るだけでいろいろ深読みしてくれるんじゃないかと。一見すると単なる萌えラブコメだと思われるかもしれませんが、楽しみ方は奥深い仕様になっているはずです。

──いろいろとお話を伺えてよかったです。それでは最後に、2019年秋に公開予定の劇場版「冴えない彼女の育てかた Fine(フィーネ)」に向けてコメントをいただけますでしょうか。

まだ詳しくは話せないのですが、劇場版に向けてひとつ集大成となる絵を描いているところです。それと、ほかのメディアでも少し触れてきましたが、しっかり明言しておきたいのが……「冴えカノ」というコンテンツの展開は、この劇場版で本当に最後になります。本当の「おしまい。」です。

劇場版「冴えない彼女の育てかた Fine」ティザービジュアル

──「Fine」とタイトルについていますが、やっぱりこれで終わりなんですね。

少なくとも深崎自身は、「冴えカノ」に関しては筆を置く準備をさせてください、と関係各所には伝えてます。もちろん、もう描きたくないとか丸戸さんとケンカ別れとか、ネガティブな理由じゃなくて(笑)。昨今、ラノベ原作から始まってメディアミックス、特に映像としても終着できるコンテンツってとても恵まれてるし、幸せなことだと思うんです。終わるからこそ味が深まるコンテンツってあるじゃないですか、卒業の余韻というか。

──そうですね。エンディングを迎えたからこそ心に残り続ける、ということもあると思いますし。

だからこそゴールをしっかり作って駆け抜ける。これがラストランです。ただ、だらだら引き伸ばした続編は望みませんが、卒業しても何年か後に同窓会的に集まれたらいいな、とは思ってます。ですので、あと1年くらいですかね。大事にキャラクターを描いていきたいと思うので、引き続き応援していただけるとうれしいです。