“色”が伝える本当の冷たさ
──今回、演出面で気を付けていることはどこですか。
野村 ウィリアムたちは特殊能力も必殺技も持っていないですから、アクション要素はそれほどとんがってはいないです。それもあって、普通に描いてしまうと単調な会話劇になりかねないだろうなと。だからこそ、ビジュアルとしてそのときどきのキャラクターの感情や、空気を視覚化できないかと、今回は“色”を使っていろいろ工夫しています。
──第1話を拝見しましたが、色を使った画作りが非常に印象的でした。
野村 きれいに見せるというより映像の繋ぎとして、いきなりパッと色が変わったり、元に戻ったり。けっこうトリッキーにしているんです。その変化が起こす違和感を楽しんでもらいたいなと思ったんですね。
──感情の変化を重視されているのですね。
野村 そうですね。声を聞いていなかったとしても、何が起こっているのか、画面で感じ取ってもらえないかなと思って。会話劇だから聞いていないと置いてきぼりになることがあると思うのですが、「映像として見てもらうだけで変化が起きている」ことがわかるように、楽しく見てもらえるといいなと。
──会話の内容を難しく考察しなくても、直感的にお話を追えるのですね。青い画面の中で目だけが赤いといった演出も印象的でした。
野村 そういうこともやっています。単純に撮影処理として、青とか緑とか赤の色をフィルター的に乗せてしまうのではなく、美術の時点でもともとの色として作ってあるんです。さらに各色に合わせて、キャラクターの色のバランスも全部、細かく変えています。
──それはつまり美術もキャラクターの色彩も、シーンやカットごとに色を考えているということですか。(注)
注:多くの場合、アニメーションでは作品のベースカラーを作り、それを基にして色を決め込んでいく。そのうえで物語上の時間帯や場所に沿って、一部でシーンカラーを決め込んでいく「色替え」を行っており、これがスタンダードな手法となっている。
野村 そうです。それを演出として成立させてみたいと思ったんです。緑色のシーンだったら、全体を緑色に染めて、ポイントとなっているキャラクターの固有色を立たせてみたり。真っ赤に染まってる場面だと、撮影処理としてノイズを加え、画面を汚したうえで、キャラクターの主線(輪郭線)を、黒ではなく赤や紫に振ってあったりします。
──キャラの主線まで変えているのですか。徹底されていますね。
野村 例えばブルーの画面があったときに、全体をブルーに染めると、ただ水の中にいるだけに見えるんですよ。でも、本当に伝えたいのは「冷たさ」なんですよね。空気が冷たい、感情が死んでいる、その表現なんです。この場合、キャラクターの絵をどう調整するべきかを考えます。美術がすごく強いので、それに負けないキャラクターの色作りをするのは、難しいことなのですが。色彩設計の野田(採芳子)さんには、苦労をかけてるなと思います。
──ほとんどのシーンで色替えが発生するようなものですよね。それは大変ですね。
野村 でも完成した画面に、ちゃんとそのよさは出ていると思うんです。特に赤は大事だと思っていて、血の表現はしっかりやりたいと。自分の監督経験上、これだけ人が死ぬ作品は初めてなんですよ。でも、やるからにはしっかりとその描写はしたいんですよね。
──第1話でも、血の跡が印象深く描かれていましたね。
野村 赤についてはそれだけではなくて、ウィリアムたちが“3兄弟”となったのは炎の中でしたし、ウィリアムの瞳の色も赤ですし。だからそこは逃げずに、やるならしっかりやりたいなと思って描いているつもりです。
──しかし、スタッフと意思疎通を図るのは難しかったのではないですか。
野村 最初にこれを話したらキョトンとされて(笑)。「お前まためんどくさそうなこと言い出したな」と……。僕自身初めての挑戦なので、漠然とした説明になってしまうんですよね。なんとかイメージを伝えて、「まあ監督が言ってるからやってみようか」と(笑)。みんな乗ってくれたのでありがたかったです。
「赤い曲を作ってください」
はた 色の話が出ましたが、そこを音楽でフォローできるように、曲を発注するにあたって、「赤い曲を作ってください」「黒い曲を作ってください」と音楽の橘(麻美)さんにご相談したんです。実際にそれを赤いシーンに充てたりしています。
──そんな発注の仕方は初めて聞きました(笑)。音楽面ではどういった打ち合わせをされたのですか。
野村 メロディがしっかりした曲がいいだろうと。あまり難しいほうには寄せずに、キャラクターの感情やシチュエーションにピタッとハマるようなものにする。つまり、曲としてはベタでいいのではとお話ししました。
はた 僕としては監督が、エンターテインメントに振るのか、階級制度への思いから来る情念的なものに振るのか、そのウェイトが気になっていたんです。そこで、エンターテインメント性も盛り込んでいきたいとお話を伺って。僕も読者としてそちらで楽しんでいたので、すごく腑に落ちました。
──第1話でタバコを吸っているシーンで流れる曲などは、ウィリアムの表情込みでとても印象的でした。
はた 第3話でも4分間くらいその曲がかかっているんです。もう僕はああいうキャッチーな使い方が大好きなんで(笑)。うまくハマってるなと。作曲家さんを決めるときも、心情的なものだったり、感情的な細かい琴線のひだに触れるような曲をあげていただけるような方がいいと思っていました。その結果、橘さんにお願いできて本当によかったです。
──ときにベタ付け(音楽を流しっぱなしにする手法)でも感情線に乗ってれば大丈夫だと。
はた むしろお客さんにわかりやすく。伏線もうまく乗せられるといいかなと思います。
──推理ギミックの伏線を感じさせるような音楽、ということですか。
はた いえ、心情的なものの伏線です。あるキャラクターの心情がその後に変化していくときに、ちゃんと視聴者に変化を感じ取ってもらえる音楽の乗せ方をしています。お客さんの感情を、ある種誘導しているんですね。今は第3話までダビング作業をやっているのですが、そのあたりの構築法が少しずつ見えてきました。
──ここまで推理ものでありつつ、トリック面よりキャラクターの心情のお話が中心となっていますが、これは登場人物の心情面が重視されているからなのでしょうか。
野村 原作でも悪い奴は悪いとはっきり描かれているので、「謎解きで犯人探し」でもないんですよね。だからそこに労力を割くよりは、悪徳貴族側がどういう思考の持ち主で、どういう人間なのかを大事にしたかったんです。被害にあった人も、どういう立場で、どういう感情を持っているのか。そこにウィリアムたちがどう働きかけていくのか。
──そのうえで表現したいことは、なんでしょうか。
野村 ウィリアムたちの“憂い”を浮き彫りにしたいんです。犯人や被害に遭う人によって象徴される、当時のロンドンやイギリスの問題を描く。その前提によって初めて、階級制度やそれに伴う差別問題も立ち現れてくるんですよね。結果としてウィリアムたちの憂いを、視聴者に自然と共有してもらえるように作っています。その過程をぜひ楽しんでいただければと思います。