津田彷徨×蝉川夏哉×カルロ・ゼン、現役医師作家が満を持して描く“医療×異世界”「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」を徹底分析

「やる気なし英雄譚」や「ゴミ箱診療科のミステリー・カルテ」などの代表作を持つ作家の津田彷徨は、現役の医師としても知られる。そんな津田がアフタヌーン四季賞出身の瀧下信英とタッグを組んだ「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻が5月9日に発売された。現代で人のために働いていた医師の天海は、僻地である離島勤務になってしまう。しかし目が覚めるとそこは異世界。獣人たちが住まう世界で、天海は現代医療の知識を武器に人々を救っていく……。

コミックナタリーでは1巻の発売を記念し、原作者である津田と、彼と親交の深い「異世界居酒屋『のぶ』」の蝉川夏哉、「幼女戦記」のカルロ・ゼンによる座談会を実施。「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」に対する思いや、小説とマンガというメディアの違い、一大ジャンルとなった“なろう系”に対する分析などを聞いた。さらに原作の津田が「負けたの一言」と語る作画担当・瀧下によるメイキング動画もお見逃しなく。

取材・文 / 太田祥暉(TARKUS)

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」とは?

モーニング・ツー(講談社)で連載中の同作は、異世界に転移した医師・天海を主人公にした異世界ファンタジー。常に他人のためにばかり働いてきた天海は、大学病院から離島の無医村にある西和島診療所に異動することに。同期の医者や病院のスタッフに惜しまれながらも離島にやってきた天海だったが、到着した直後、突如謎の山奥に転移していて……。獣人たちが住まうその世界で、天海は現代医療の知識を武器に人々を救っていく。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻

好きなジャンルで医療ものを書きたい

──現在、モーニング・ツーで連載されている「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」ですが、そもそもどういった経緯から連載が始まったのですか?

津田彷徨 講談社の小説現代の編集さんである河北(壮平)さんからご連絡をいただいたことがきっかけです。それまで医療ものは書かないと決めていたんですが、ちょうど新型コロナウイルスが流行りだした頃にそれを思い直すことにしたんです。もともと出自が「小説家になろう」ですから、なろう系をやりたいのはもちろんだったので、それならばなろう系で医療ものにしたらどうか、というのが本作の発端だったように思います。

──医療ものを書くことに思い直したきっかけはなんだったのでしょうか。

津田 僕は(現役の)内科医で、作家としては「異世界薬局」の医療監修をやっていたんですが、自分では書かない……それくらいの距離感でいいかなと思っていたんです。でも、一昨年「Fate/Grand Order」の小説アンソロジーで医療もののミステリ(「FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.02」に収録された「ロンドン黒死病事件」)をやらせていただいたときに、意外と書くことにも抵抗がなかったんですね。それと同時に、僕自身なろう系というジャンルが好きだったので、それを医療ものと掛け合わせたらどうなるんだろうと、いつしかそう考えるようになったんです。

──なろう系で医療ものをやりたいと考えられた際には、既に「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」の骨子のようなものは考えられていましたか?

津田 いや、実は少し前に医療ものの企画書を作ったことがあるんです。でも、その時点ではちゃんと細部まで詰められていなくて、お蔵入りになってしまった。それを引っ張り出しつつ、改めてしっかりと作ったのが今回の企画になります。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

──「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」の特徴として、医師である天海が異世界に転移して症例をもとに亜人たちを救っていくことが挙げられます。なろう系の特性とも言えるチート能力などは皆無で、異世界に降り立った現代の医師が何をするか、そして魔法がある世界でどう立ち回るかといったところが面白さの1つかと思いますが、このような発想はどのように生まれたのでしょうか。

津田 モーニング・ツーさんに企画書を送った段階で、現代人が向こう(異世界)に行って、チートはなし、現代的な科学もなしで医療活動を行う、ということは決めていました。ですから意図的にそうしたというよりも、自然とそうなったというべきですかね。ただ、その時点の企画書では主人公である天海のキャラクターはまったく異なっていました。あと、僕の作品を読んでくださるファンの方はほかのなろう系作品と比べて、年齢層が高いようなんですね。ですので、そういうファンの方にも読んでほしいなと意識しながら書いていました。

──読者層でいえば、モーニング・ツーという連載誌の特性や対象読者層も意識されていましたか?

津田 そうですね。やはり「小説家になろう」出身なので、毎話毎話で細かくお客さんの反応が知りたいんですよ。小説で書き下ろしの単行本となると、まとまるまでお客さんの感想はわからないんですが、雑誌連載、特にモーニング・ツーなら毎月反応が返ってきます。やはり読者がどう感じたかがコンスタントにわかるのはうれしいですね。

蝉川夏哉 自分の投げたボールにバットを振ってくれるのか、見逃し三振になるのかで、かなり違いますよね。

津田 本当にそうですね。

──ちなみに読者からの反応を受けて、何か展開を修正した箇所はあるんですか?

津田 いや、まだそこまで反応できる段階ではないんですけど、少し手を入れたり、いただいた感想を踏まえながら「ここは変えたいな」と考えたりはしています。

大きな嘘はつくけれど小さな嘘はつかない

──津田先生とカルロ・ゼン先生、蝉川夏哉先生はご友人としても知られていますが、本作の構想を伺った際にはどう思われましたか?

カルロ・ゼン 異世界もので医療ものをやりたいという話は聞いていました。僕らは設定をいじるのが好きなので、異世界と医療をくっつけるならどうするかという話をしていましたね。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

津田 そういえば、前に「発想の段階でアメリカだよね」って話をしたよね。

カルロ ものすごく身も蓋もないことを言ってしまえば、「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」は医療へのアクセスが、“相当に偏っている”状況からしてアメリカの話ですよね、と(笑)。日本から治療に行かれる方もいるくらいアメリカの医療は発達しているイメージがあります。でも、例えば日本の感覚で旅行者がアメリカの病院を利用して、請求書を見てびっくり……! なんてよく聞く話じゃないですか。事実、最先端のものが多いんですけど、世界で一番1人当たりの医療費が高額な国でもあるんですよね。そしてよくも悪くも、アメリカの現状は医療資源の提供者側が強力です。しかも“自分たちのポジション”を守ろうとするので……。

津田 彼らは努力を惜しまないですから。

カルロ なので、最初に具体的な企画を聞いたときには、アメリカの市場に任せすぎた結果へよく似た世界のお話だなと思いました。

津田 あと、カルロさんからはモーニング編集部が怖いところじゃないという話を聞きましたね(笑)。

カルロ そう。ただモーニング編集部は編集者がよく代わるんですよ。

津田 なので、僕は(編集の)高橋さんを手放さないと決めました(笑)。

──作品に理解のある編集者さんは重要ですもんね(笑)。蝉川先生はいかがですか?

蝉川 企画がどうというよりも作品を読んだときの印象ですけど、第一に瀧下(信英)さんの絵がうまいなと感じましたね。絵がうまいと何が素晴らしいかというと、なろう系で比較的高い年齢の読者層を狙うにあたって、大きな嘘はつくけれど小さな嘘はつかないことが重要になってくるんです。そこで絵がうまいとなれば、リーダビリティを高めて作品を進めることができます。ですので、絵がうまいマンガ家さんとそれを繋げられるいい編集者さんを捕まえたんだなとうらやましくなったのが最初の感想ですね。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

カルロ こういうカロリーの高い作画だと、作者がこだわろうとしたら無限にこだわれるじゃないですか。そこの塩梅をどうしているのか、作画の方にもお話を伺いたいですよね。

津田 僕は割と「こっちが厳しければ、こう描いてください」と逃げ道も作っているんです。でも、瀧下さんはあえて厳しい方向に進むんですよ。やり取りを重ねているうちに、ストイックな方なんだなと思うようになりました。

瀧下信英の絵に、敗北宣言……!?

──作画を担当されている瀧下先生はアフタヌーンで野﨑まど先生原作の「バビロン」をコミカライズされていて、本作が連載2作目となります。最初に瀧下先生の絵を見た際、津田先生はどのように感じられましたか?

津田 負けたの一言です。

──物語として負けたということですか?

津田 そうですね。第1話の絵を見たときに、僕は攻撃側ではなく防御側なんだと悟りました。この絵に見合う物語を書かないといけないんだと、ハードルが上がったように感じましたね。

──津田先生は文章形式のネームを瀧下先生にお送りされていると伺いました。

津田 あと、瀧下さんから「資料が欲しい」と言われれば、写真や動画などを送ったりしています。僕はこの流れがやりやすいと思っているんですが、その一方で瀧下さんに負担を掛けるのは申し訳ないとも感じています。なので、ストーリーも作画も、一度原作を渡してしまったあとは瀧下さんのものだと思っていて、好きにやってもらうようにしていますね。ただ、医療描写に関してだけ、こちらで徹底的にチェックさせていただいています。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

「高度に発達した医学は魔法と区別がつかない」1巻より。

──蝉川先生やカルロ先生もマンガ原作を手がけられておりますが、津田先生のやり方とは異なるのでしょうか?

蝉川 僕の場合、「異世界居酒屋『のぶ』」は原作小説をお渡しして、という感じだったんです。でも、そのスピンオフの「異世界居酒屋『げん』」に関しては、最初にざっくりとした話の流れを書いて、それをネームにしていただいてチェックするという形にしていました。途中からは津田先生と同じく文章形式の原作を書いて、それをネームにしていただいています。なので、かなり自由にやっていただいていますね。僕としては、小説という形で書きたいものを文章に込めて、あとはマンガ家さん──「げん」の場合は碓井ツカサ先生が描きたいように形にしてもらうのが一番やりやすいです。自分も津田先生のように料理の写真やイメージしているヨーロッパの風景のような参考資料を送ることがありますよ。

カルロ 僕は作品によって、どういうやり方がいいのかマンガ家さんと話し合って決めています。例えば「テロール教授の怪しい授業」の場合は、石田(点)先生が自分でキャラクターを自由に動かしたり、物語を作ったりするのがかなり得意な方だったんです。なので、津田先生や蝉川先生と同じで文章形式のネームをお渡して、そこから先は自由にやっていただいています。ただ、ロジックの部分だけはかっちりと固めさせていただく感じですね。(カルロが原作小説を書いている)「幼女戦記」のときは、東條(チカ)先生から「ミリタリー好きの人以外にもわかりやすくしていいですか」と言われて、お任せするようにしたんです。やり取りとしては方針だけ相談して、ネームチェックしかしていないのですが、完成した原稿を読むととてもわかりやすい構成になっているんですよ。こういうふうにすればはっきり伝えられるんだなと教えられました。

「異世界居酒屋『げん』」

「異世界居酒屋『げん』」

「テロール教授の怪しい授業」

「テロール教授の怪しい授業」

──カルロ先生は「明日の敵と今日の握手を」で、設定考証の鈴木貴昭さん・軍服監修の吉川和篤さんというほかのスタッフを交えた作品制作もされています。

カルロ あれも基本的にはほかのマンガと変わらないのですが、地の文と演出意図を書いたものをお送りして、ネームを切っていただいています。ここまでは(カルロが原作を手がけた)「売国機関」と変わらないのですが、「明日の敵と今日の握手を」ではそれをもとにオンラインで会議をして、細部を調整するようになっていますね。