「君に愛されて痛かった」少年少女の“負のスパイラル”を、柴田阿弥はどう捉えたのか

知るかバカうどん「君に愛されて痛かった」の単行本が装いを新たに、秋田書店より一挙6巻刊行された。同作は過去にいじめられたトラウマを持ち、承認欲求を満たすために援助交際を繰り返す女子高生・かなえを主人公に描く恋物語。漫画アクション(双葉社)での連載、月刊コミックバンチ(新潮社)での番外編の掲載、新潮社からの単行本の刊行を経て、現在秋田書店より単行本と単話版が刊行・配信されているという、異色の経歴を持つ作品だ。

秋田書店版の単行本発売を記念して、コミックナタリーではフリーアナウンサー・柴田阿弥へのインタビューを実施した。ABEMAの報道番組「ABEMA Prime」などで、さまざまな社会問題に対して俯瞰した視点から意見を話す柴田。彼女は少年少女の傷をありありと描く「君に愛されて痛かった」をどのように読んだのか。特集末尾のフォトギャラリーにもご注目を。

取材・文 / 岸野恵加撮影 / 入江達也

「君に愛されて痛かった」あらすじ&キャラクター紹介

過去にいじめられたトラウマから、常に同級生の顔色を気にする女子高生・かなえ。日々援助交際をすることで承認欲求を満たしていたが、ある日カラオケで行われた合コンで1人の男子高校生・寛と出会ったことにより彼女の人生に転機が訪れる。弱い自分を受け入れてくれる寛に徐々に惹かれていくかなえ。しかしその温かな出会いは、冷たく悲しい悲劇の始まりとなる。

かなえ

かなえ

かなえ

中学時代にいじめられた経験から高校では常に同級生の顔色を伺うようになった。自己否定が激しく、承認欲求が強いことから、日常的に援助交際を繰り返している。

寛

かなえが合コンで出会った他校の男子高校生。甲子園を目指す野球男児で、不安定なかなえを放っておくことができず、次第に好意を抱くようになる。

一花

一花

一花

かなえの同級生。かなえがいるグループのリーダー的存在で、寛に好意を寄せている。かなえと寛の距離感が近づいたことをきっかけに、かなえをいじめる主犯格となる。

鳴海

鳴海

鳴海

かなえと同じ団地に住む不良少年。かなえが悩んだり、困ったりしたときには力を貸してくれる心強い存在。急にかなえとの距離感を縮めた寛に敵対心を抱いている。

とみ子

とみ子

とみ子

かなえの同級生。かなえがいるグループにいたものの、とある事件をきっかけに仲間外れにされてしまう。周りの人が求める“とみ子”として生きることに息苦しさを感じている。不安になると暴食に走る癖も。

越智

越智

越智

寛の幼なじみ。真面目な性格で、寛と同じく野球一筋の人生を送ってきている。将来有望な寛に関しては心配しすぎる側面も。

柴田阿弥が語る「君に愛されて痛かった」

自分に優しくしてくれる“たった1人”の存在は、絶対にどこかにいる

──柴田さんは普段からマンガをよく読んでいらっしゃるんですよね。「君に愛されて痛かった」のことはもともとご存知でしたか?

マンガ、大好きです! 最近はバトルものをよく読んでいます。「君に愛されて痛かった」はタイトルを聞いたことはあったんですが、今回お話をいただいて初めて読みました。1日に1冊ずつ読んでいこうと計画を立てていたのに、ページをめくり始めたら夢中になって、1日で全部読みきっちゃいましたね。

──Twitterには「色んな感情になる作品だった」と書かれていましたね。それぐらい先が気になって、さまざまな感情を覚える作品だったと。

先の展開が気になって、グイグイ引き込まれました。なんとも言えないすごくモヤモヤした気持ちと、自分の学生時代を思い出しながら引いた視点で作品を分析するような感覚を半々で持ちましたね。

──自分がかなえや寛たちと同じ10代であればまた全然違う受け止め方をするんでしょうけど、大人の立場で冷静に読むと、いろんな視点からの思いが湧き上がってきますよね。

トータルでは「こうはなっちゃいけない」というのが、今の大人の私が一番メインで抱いた感想なんですけど、もし学生の頃に読んでいたら、登場人物の痛みがより響いただろうなと思います。私もかなえのように、小学校のとき友達がいなくて、いじめのような目に遭っていた時期があったんです。無視されたり、体育座りした状態で後ろから蹴られたり、気付かない間に髪の毛を切られたり。でも両親がしっかり支えてくれて、中学受験をして環境を変え、気持ちを切り替えて前に進むことができました。この作品で描かれている、学校生活で友達とうまくいかない様子は、かなりリアルですよね。人間関係が絶妙なバランスで成り立っているところや、一瞬で立場が逆転するところとか。

柴田阿弥
柴田阿弥

──「明日標的になるのは自分かもしれない」「1人ぼっちになってしまうかもしれない」という緊張感に満ちているような……。

常に怯えている感じ。大人になった今なら1人でもどうってことないどころか、飲み会が多いときなんて逆に「1人になりたい」と思うくらいなのに(笑)。なんであの頃はあんなにクラスメイトとうまくやることを重要視してたのかなって。学生の狭い世界の嫌な雰囲気を鮮明に思い出しました。

──今回柴田さんにお話を伺いたいと思ったのは、いつもABEMAの報道番組「ABEMA Prime」などで、さまざまな社会問題に対して、ご自身の経験や立場を踏まえたうえで俯瞰した視点から意見を話されている姿が印象的だったからなんです。柴田さんは番組の中で、この作品に出てくるような経験をしている方に実際に接する機会もありますよね。

コロナ禍の影響もあり、スタジオに当事者の方が直接いらっしゃることは最近はないんですが、いじめや性暴力、児童買春などの問題に触れることは多いです。この作品を読んで、「現実にもこういう人はいるよな」とリアルに感じるところがかなりありました。援助交際をしている人にもそれぞれお金が欲しいとか家を出たいとかいろんな背景がありますけど、かなえもその中の1人だなと自然に思いました。

柴田阿弥

──「君に愛されて痛かった」は、つらい経験をして傷付いた心による行動がさらなる悲劇を呼ぶような、負のスパイラルを描いている部分がある作品です。柴田さんは以前にブログで心理学の本をよく読んでいると書かれたりもしていたので、難しい質問だと思いつつぶつけてしまうのですが、こうしたスパイラルはなぜ生まれてしまうと考えますか?

なかなか一概には言えないですよね。悲劇の根っこには複雑な家庭環境が……とかよく言われますけど、家庭環境が悪くても真っ当に生きている人はいるし。ただ、自分のことをわかってくれる存在がたった1人でもいたら、違う結末になるんじゃないかなと思います。友達、家族、恋人……なんでもいいと思うんですけど。私はいじめで苦しんでいたとき、親が対応してくれたからなんとかなったけど、あのまま地元の学校に通っていたらもっといじめられていたと思いますし、中学生のときに初めて本当に心を許せる友達ができて、かなり救われたんです。そういう“たった1人”の存在で、いろんなことを踏みとどまれるのではないかなと。

──子供は親が支えてくれるのが理想ですが、そうもいかない環境に置かれている人もいて。そうした人が“たった1人”に出会うのはなかなか難しいこともありますよね。傷付くと自分からアクションを取ることも怖くなりますし。

本当に運ですよね。でも世界は広いので、自分に優しくしてくれる存在は絶対にどこかにいるんですよ。過去の経験からコミュニケーションを取ることが怖い人もいると思うけど、怖い気持ちを乗り越えないとなかなか友達もできない。今はSNSなどもあっていろいろな人とつながりやすくなっているので、「仲良くなりたいな」と思ったときに心を尽くすことが大切かなと思います。

気持ちがよくわかるのは、とみ子ちゃん

──激しいいじめ、性暴力や傷害と、登場人物の行動は犯罪行為に該当する部分もありますが、それぞれのキャラクターのバックグラウンドや「なぜそういう考えに至ったのか」が丁寧に描かれているのもこの作品の特徴だと思います。

はい。「さすがに私はそこまで極端には考えないよ」っていう部分も正直ありましたけど、誰しも共感できる要素がありますよね。学園生活で満たされない気持ちや、周りの声を気にしちゃうところとか。私も高校生の頃、すごく承認欲求が強かったんです。運よくアイドルになれて私は満たされていましたけど、そういう「人に認められたい」っていう気持ちって、普遍的にみんなが抱いているものですよね。

柴田阿弥
柴田阿弥

──特に自分に近いと感じたキャラクターは誰でしたか?

近いというのは少し違うかもしれないんですけど、気持ちがよくわかるのは、とみ子ちゃん。

──とみ子はぽっちゃりしたギャルのキャラクター。序盤ではかなえへの激しいいじめに加担していたけれど、次第にいじめの矛先がとみ子に向かって、仲間外れにされてしまいます。

最初に出てきたときは意地悪で苦手だったんですけど、次第にとみ子ちゃん自身が「自分の役割に徹しないといけない」という考えを抱いていることがわかって、「これって大人の世界でも全然あることだな」って。私は女子校に通っていたんですが、協調性より個性が重視される環境で。それはそれで幸せだったんですけど、一方で「自分のキャラをしっかり持っていないといけない」という恐怖感もあったんです。それが普通の中学生や高校生にはなかなか難しくて。実際はすごく暗いのに、明るくてイケてる友達に無理して合わせたりしたこともあります(笑)。とみ子ちゃんみたいな経験をしていたら、意地悪になってしまうこともあるかもしれないですね。彼女と、あと越智くんも「幸せになってほしいな」と特に思ったキャラクターでした。

4巻第27話より。本当の自分と、周りから求められる役割との間で揺れるとみ子。
4巻第27話より。本当の自分と、周りから求められる役割との間で揺れるとみ子。

4巻第27話より。本当の自分と、周りから求められる役割との間で揺れるとみ子。

──越智は寛と同じ野球部に所属している、生真面目な幼なじみです。

彼の寛への視線を見ていると胸が痛くなります。すごくまっすぐで。寛がかなえとの仲を深めていくことで、野球に専念できなくなるのではと心配する。大切な人を見ていて「この人は一生懸命やってきたのに、こんなふうに変わっちゃうなんて」と嘆きたくなるような切なさって、多くの人が経験したことがあると思うんです。私も彼氏彼女ができて豹変してしまった子を見てきたので、彼の気持ちがよくわかりました。