コミックナタリー Power Push - THE INCAL「アンカル」

「血界戦線」の内藤泰弘と紐解く “ドローイングゴッド”メビウスの描き出す絵の魅力

人間の目で見た感覚を、絵に落とし込む

──「メビウスの絵は、すごい」というそのすごさを、さらに言葉にしていくとどうなりますか。

内藤泰弘

僕は大友先生を1回挟んでるんで、均質な線で描き込まれたメビウスのフラットな絵作りに対して、あんまり抵抗がなかった。大友先生も均質な線で描き込むじゃないですか。で、メビウスでとにかくすごいのは「地平線の遠さ」ですね。別に見開きを使ってないのに、クッて描いた地平線がものすごく遠くまで続いてるように見える。「アンカル」はフルカラーですが、色の問題でなくて、モノクロの作品でもその遠さは同じです。画角の取り方や、圧縮のテクニックが巧みだということになるのかな。

──「圧縮」とは。

たとえば、ガーッと同じ窓が並んでいれば、奥に行くほど圧縮されて横幅が小さくなっていくじゃないですか。その「小さくなり方」の感覚が、非常に美しいってことだと思います。定規で描いたような感じではなくて、人間の眼って、ちょっと望遠と広角が混じっているんですが、その感覚が落とし込めてるんでしょう。

──解説をいただきながら絵を見ると、理解が進みます。

主人公のジョン・ディフィールが連行される丸みを帯びた警察署。

「アンカル」の冒頭を見てみましょうか。例えばここ。

──主人公の私立探偵ジョン・ディフィールが「自殺通り」から落下して、警察に捕まるシーンです。

丸みを帯びた警察署のボリューム感が非常によく出ていて、この絵は画面中央やや下の高さから見てるんだけど、見上げていくに従って球形が密になってゆく。その「密になり方」を微妙にずらしていて違っているのが、すごいなあ、と思って。これなんか小さなコマなのに、奥行きがある。昔から、どうやったらこう描けるのかわからない、謎でしょうがないと思っていました。

──それと、物体が浮いているときの自然な感じもいいですね。

大統領と対面するジョン・デフィール。

「浮いてる感」ね。物体の影の付け方、影の潰れ方とかも気持ちいいんですよねえ。ええと、どこだったかな。僕が今から言おうとしてることは余りにもマニアックすぎて意味がないかもしれないんですけど、角度のついた手とかすごいうまいんですよね。我ながら細けえ(笑)。あっ、これだ! この手が大好きなんですよ(笑)。うめー!とか思っちゃって。この角度で顔にかかって、なおかつこの見事なデッサン力。メビウス本人は「これを描いてやろう!」っていう力みはゼロなんですよ。さらりと描くんですよね。

──色遣いも鮮やかな、めくるめくものですが、作者たちがドラッグカルチャーやヒッピー文化に触れた影響もあるのでしょうね。

「すごい不思議な色遣いをされるなあ」と強く思っていました。僕は鳥山明先生のほうが感覚は合う感じで、あとから考えると、メビウスのはすごくヨーロッパっぽい色遣いなんだろうな。ピンクや緑、あと紫もそうかな。色の使い方・組み合わせ方が独特で、なかなか当時の僕にはうまく飲み込めなかった。ただ、印刷は昔よりどんどんよくなってる。この新装版もすごくいいですね。たまらん!「アンカル」はもう、こうやって何度もずーっと作り続けたらいい(笑)。

ブッ飛んだ世界観なんだけど、まともな人物像

──作品内容についてはいかがですか。主人公がエネルギー体の「アンカル」を持ってしまったことから、宇宙規模の争いに巻き込まれる。主人公や「光のアンカルの守護者」アニマたちの集団が、「意識体」のような宇宙船に乗り冒険の旅を繰り広げる……。ストーリーを要約するのもちょっと難しいですが。

殺し屋のメタ・バロン。

「アンカル」を読んで思ったのは、登場人物が意外とみんな、健康的なものの考え方をするっていうか、まともな人が多い。作品の世界観の通りに正気じゃないキャラばかりなのかと思ったら、そうでもない。悪役たちがちょっとイカれてるんですけど、全銀河系で最強の殺し屋だというメタ・バロンも、もっと残酷な殺戮者だと思ったらそんなことないし。みんなかわいらしいし、恋愛に対する考え方もすごく素直。世界観のブッ飛び方に対して人物像は案外まともだったんだっていうのに、ちょっとグッときましたね。

──読み返すと、意外なほどバランスが取れていたと。

あとはまあ、密度がすごいですね。めくるめく妄想に次ぐ妄想が絡み合って。たぶんこれ、日本のマンガのような演出方法で描いたら、50巻、60巻はいっちゃうんじゃないかな。それぐらいの分量がバンバンと消化されていく。物事をマンガという形式で、これ以上の密度ではもう描けないんじゃないですかね。この密度の濃さがありつつ、いったん退場したかと思うような種族がまた戻ってきたりとかして、お話に濃く絡みますよね。シーンやストーリーが、うまく円環し、テーマにもつながっている。最後まで読むと、ただひたすら浮かんできたイメージを描いてるんじゃなく、そこも含めて構成されてたんだなってわかって、すごい。

──今回の本では、作品制作過程について巻末に詳細な解説が付されていますね。

「アンカル」のカラーカット。

原作のホドロフスキーが目の前で身振り手振りで話したのを、メビウスがビャーッて描いていくっていう(笑)。完全なセッションなんだっていうのがわかった。創作としてこれ以上いい方法ってないんじゃないかってくらいに、そこは感動しました。とにかく描くの速いじゃないですか、メビウスさんが。そのスピード感があって初めてできることだけだと思うんですけど、身振り手振りで解説したものを描いては「こうか」「違う」「こうだ」「あ、そうかも」って言いながら、「こうして」っていうのをその場で才能のある2人がやりとりしたら、それはとても刺激的な作り方であり、楽しいだろうなあ。イメージの奔流というか、「使っては捨て使っては捨て」のスピード感がすごいと思いましたし、発想力にガンガンとついていくメビウスのアートは、大変なものですね。

──オリジナルが全6章で6巻、長い時間をかけた単行本描き下ろしの形態だったからできたことかもしれませんね。映画なんかへの影響も多大でした。

「アンカル」を読んだあとに、「さあみんな、今まで見てきたいろんな映画やマンガの中にどれだけこの作品が影響を与えているか、検証したらいいよ」っていうぐらいに、ありとあらゆるところに根を張ってますよね、この作品。

作:アレハンドロ・ホドロフスキー/画:メビウス「アンカル」2015年12月18日発売 / 3888円/パイ インターナショナル
「アンカル」

アレハンドロ・ホドロフスキーとメビウスによる、世界的ベストセラー「アンカル」。クローン手術を繰り返す大統領、ミュータント、異星人、殺し屋、階級間の争い、陰謀……主人公ジョンの行く先にはさまざまな試練が待っている。宇宙と人類の運命を懸けた大冒険の先に見たものとは? アンカルとは何なのか? 人はどこから来てどこへ行くのか? これぞスペース・オペラ。追加要素として「アンカル」に隠されたさまざまな謎を解き明かした「アンカルの謎」を収録したマンガファン必読の1冊!

内藤泰弘(ナイトウヤスヒロ)

1967年4月8日神奈川県横浜市生まれ。1994年、スーパージャンプ(集英社)にて「CALL XXXX」でデビュー。代表作にアニメ化、映画化された「トライガン」「トライガン・マキシマム」。またジャンプスクエア、ジャンプSQ.19(ともに集英社)にて連載された「血界戦線」も、2015年にアニメ化を果たした。現在はジャンプSQ.CROWN(集英社)にて、同作の新シリーズ「血界戦線 Back 2 Back」を連載しており、単行本1巻が2016年1月4日に発売される。アメリカンコミックおよびフィギュアのフリークとしても知られ、自身もフィギュア製作ブランドを主宰している。

ユマノイド

1974年12月、フランスのパリでメビウスや、フィリップ・ドリュイエといったバンドデシネ作家が創設した出版社。1975年に、日本の作家にも多大な影響を与えたコミック誌メタル・ユルランを創刊。アメリカにおいてはヘビー・メタルの誌名で翻訳出版された。2014年には日本支社を設立し、パイ インターナショナルを発売元としてバンドデシネ作品の刊行をスタートさせた。

PIE COMIC ART
PIE COMIC ART

パイ インターナショナルのコミックレーベル。大友克洋「POSTERS」や、寺田克也「ココ10年」「絵を描いて生きていく方法?」など、国内のベテラン作家による作品集を中心に、コミック表現の中でも“イラスト”の力にこだわった、ハイクオリティな作品を出版している。またコミックの魅力をボーダレスに発信することを理念に、国内作品を海外に届けるとともに、海外の良質な作品を翻訳して国内に紹介するなど、国際的な出版活動を行う。