「はねバド!」濱田浩輔インタビュー|“かわいい女の子を描く人”になる必要がないと気付けた 絵柄の変遷から振り返る

勝敗に納得してもらえるように描きたい

──スポーツマンガって、特にトーナメント戦だと全体の流れとして勝敗が読めちゃうことがあるじゃないですか。試合ごとの勝敗がわからないようにするのは難しいんじゃないかと思うのですが……。

前提として(結果が)読まれてるなとは思いますが、キャラクターを丁寧に描くことで解消しようとしている感じですね。どちら側のエピソードもしっかりと描くことで先の展開が読めなくなる気がしませんか?「あれ、ここでこの人の描写ちゃんと入れるの?」って。僕はスポーツを観るときは、あまり贔屓のチームだけを応援するタイプではなくて、割とフラットに観ることのほうが多いんですが、各選手やチームのバックグラウンドを知っていると試合も面白いんですよ。その感じが好きなので「はねバド!」の中でも、基本的にはどっちの立場も描くようにしてます。勝敗に納得してもらえるように描きたいですし。

「はねバド!」13巻より。

──試合の結末は最初から決まっているんですか?

毎回決まってます。試合が始まる前にスコアまでほぼ決めて描くタイプですね。

──途中で変わることもないですか。

ポイントを取る順番が変わることはありますけど、ほとんど変わらないんじゃないかな。僕、必然みたいなのが、スポーツにはあるような気がするんですよ。偶然の勝者はいない。「偶然じゃん」って言われる勝利があったとしても、ちゃんと選手のバックグラウンドまで見ている人からしたら、実はそうなる伏線があった、みたいなことってあるじゃないですか。そういうところがスポーツの面白さだと思うので。

──個人的にコニーとなぎさの試合は、絶対になぎさが負けるってわかっていて読んでたんですけど、途中何度も「なぎさが勝つのかな?」と思って。それは私がなぎさに感情移入しているからそう思ってしまうのか、不思議だなと思ったんですよね。

「はねバド!」10巻に掲載されたトーナメント表。

それはすごくうれしいです。あんまり決まってる決まってる言うと、読者さんつまんないかな(笑)。でも全国大会のトーナメント表を描いてる時点で結果まで決まってるみたいなところがあるので……。

──トーナメント表ですか?

10巻に載っているんですけど、あれはぜひ見てほしいですね。かなり細かく作ってるので。奥さんと一緒に「この県はこんな特徴がある」とか調べたりしながら作ったので、めちゃくちゃ時間がかかりましたけど、面白かったです。僕からしたら、全国まで勝ち抜いてきているわけですから全員すごい選手だと思うんですよ。だからいい加減にはしたくなかった。マンガではすべての試合は描けないですけど、リスペクトの気持ちを込めて作りましたね。

キャラクターの感情が面白くなるように

──個性的なキャラクターがたくさん出てくるなと思うのですが、特に対戦相手のキャラが濃いですよね。

綾乃やなぎさの対戦相手は、すごく大事にしていて。戦う相手が魅力的じゃなかったら、試合が面白くないじゃないですか。ただ後から出てくるキャラクターって1人ひとりスポットを当てられながら登場してくるから、印象に残りやすいっていうのはあると思います。

「はねバド!」1巻より、コニー・クリステンセンの登場シーン。 「はねバド!」10巻より、益子泪の登場シーン。

──キャラクターを作るうえで意識していることはなんでしょうか。

いろんな種類の人を出すことでしょうか。それぞれのドラマを考えるのはもちろんですけど、なんにせよ面白くなるようにと。

──試合が面白くなるようなキャラクター?

試合もですが、感情が面白くなるようにっていうのがあります。キャラクターにはいろんな感情があると思うので、いろんな感情の人を積極的に出したいんですよ。だからその人が持っている感情を軸に考えることが多いですね。

──「感情を軸に考える」とは、どういうことでしょうか?

いい感情も悪い感情も含めて、そのキャラクターがどんなことを思っていたり、感じていたりするかっていうことなんですけど……。自尊心とか悩みとか、何を欲しがっているかとか、心の働きみたいなもの全般ですね。それがキャラクターのバックグラウンドにもつながっていると思うので。だから身長とか体重とかはどうでもいいっちゃどうでもいいっていうところがありますね(笑)。

「はねバド!」10巻より、津幡路。

──内面が外見に反映されることもありますか?

外見はそのキャラクターっぽければいいかな。例えば益子と津幡の見た目が入れ替わったら、違和感あるじゃないですか。見た目通りの中身でいいかなと。あんまりややこしくしてもしょうがないので(笑)。

──キャラクター作りで苦戦したことはありましたか。

初期は、いわゆるビジュアルとしてかわいい女の子たちがまとめて出てくるので、できるだけ見た目が被らないようにするのに苦労しました。まあ結果、かなり被ってるんですけど……(笑)。実は、唯華のビジュアルは後悔していて。綾乃の対戦相手は髪の毛を白くしたり、パッと見でわかるようにしているんですが、唯華はわりと早い段階から登場してるので……。

「はねバド!」14巻より、綾乃と唯華の対戦シーン。

──確かに綾乃と唯華は似てますよね。体型だったり髪の毛の色だったり。

唯華は、最初から綾乃と戦わせるつもりで出したのですが、「これ絶対見分けつかなくなるな」という思いを抱えていて。案の定、そうなった(笑)。綾乃対唯華の試合だけは、フレ女のユニフォームは濃いトーン、北小町のユニフォームは薄いトーンを貼ったりと苦肉の策を講じているんですけど、あんまり意味がなかったですね。結局全部同じなんですよ、見た目が(笑)。表情が綾乃っぽいとか唯華っぽいとかで区別するしかないんですが、試合ではだいたい必死な顔をしてるから。

綾乃はかわいこぶるのをやめてから魅力的に感じてます

──特にお気に入りのキャラクターはいますか?

橋詰ですかね。彼女には共感するところが多いというか、ちょっと弱くて見栄を張ったりするところが、僕の中ではすごくリアルでした。駄目なところを大一番で出した人なので。まあ今となっては誰が特別に好きってこともなく、エピソードをちゃんと描いたキャラクターは好きになりますね。

──では、読者の方から人気あるキャラは誰でしょうか。

唯華です。ずっと人気なんですけど、まあわかりますよ。このマンガにおいて、本当に真っ当ないい人なので。それがキャプテンっていうこともあって安心感があるんじゃないですか。

「はねバド!」9巻より、橋詰英美。 「はねバド!」10巻より、志波姫唯華。 「はねバド!」12巻より、荒垣なぎさ。

──なぎさはどうですか? 努力の人という感じで応援したくなるなと思うのですが。

なぎさも人気ありますね。バドミントンに集中しているというか、混ざりものがないところがいいんじゃないかな。

──確かに、誰かに嫉妬したりしないですもんね。自分と向き合ってますし。

でももし、なぎさを主人公にしたらあんなふうには描けなかったと思います。主人公って抱えているものが多いので、どうしても悩みがもっと前面に出てきちゃうんですよ。だからなぎさは、あのポジションがちょうどよかった気がします。

──主人公の綾乃はどうでしょうか。

好き嫌いがぱきっと分かれている気がしますね。駄目な人は駄目かもしれないけど、好きな人は好きというか。僕は、単純に勝ちにこだわっている感じがすごく好きです。

──主人公なのにちょっと性格悪い感じがいいですよね。

そうそう(笑)。最初は人畜無害みたいな顔してかわいこぶってたけど、かわいこぶるのをやめてからのほうが魅力的に感じますね。

「はねバド!」6巻より。 「はねバド!」6巻より。

──確かに、初期はいい子に見られたい雰囲気がありました。

僕もそういうふうに描いてましたからね。でも人間、繕わないほうがいいんだなってことがわかりました(笑)。

“天才”ほど定義のない言葉はない

──「はねバド!」は綾乃や益子、コニーのような天才と言われるキャラクターが印象的に登場するなと思うんですけど、天才ってどういう人だと思いますか?

「はねバド!」11巻より。

「天才とは何か」っていうのは、このマンガのテーマのひとつでもある気がしますが、多くが驚きの結果を残している人に使いたくなる言葉ですよね。僕個人としては、こんなに定義のない言葉ってないと思うんですよ。少なくとも何かをしている途中の高校生たちに対して使う言葉じゃないというか、何かを成し遂げた人に使う言葉だと思うから。例えば世界チャンピオンになった人とか、いわゆるレジェンドって言われる存在がまさに天才という、議論の余地がなくなってくる領域な気がするんですよ。

──バドミントンのような対戦競技と、フィギュアスケートのような採点競技とでまた解釈が違ってきますよね。

フィギュアスケートは非常に難しいですね。試合のときに置かれるプレッシャーがまるで違うじゃないですか。バドミントンは相手ありきと言うか、自分のよさを消そうとしてくる、邪魔をしてくる相手を上回れるかどうかに焦点があっていますから。でもフィギュアスケートとか体操なんかは、主に戦う相手が自分になるので、ある意味、人間の限界に挑んでいる競技。一口に天才と言っても共通言語じゃないんですよね。