「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン-」“ラブソングを聴かない”舞台版ロマニ・井出卓也にも刺さった愛と希望の物語

アニメ「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン-」が、7月30日より劇場で特別公開されている。同作は後編が上映中のアニメ「劇場版 Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-」、2019年放送のTVアニメ「Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-」に続く物語。焼却されてしまった人類史を存続させるため、藤丸立香やマシュ・キリエライトをはじめとする人理継続保障機関・カルデアのメンバーが最終決戦に挑む。

コミックナタリーでは舞台「Fate/Grand Order THE STAGE」でロマニ・アーキマン役を演じた井出卓也に、「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン-」を観てもらいインタビューを実施。原作ゲームとアニメでロマニ役を演じている鈴村健一の演技や、アニメの見どころについて聞いた。舞台で演じ続けた井出ならではの濃厚なロマニ語りは「FGO」ファン必見。人類の未来のため戦い抜いた1人の人間の生き様を、改めて振り返る機会にしてほしい。なお本記事は重大なネタバレを含むため、アニメや原作ゲーム、舞台で「神聖円卓領域キャメロット」「絶対魔獣戦線バビロニア」「冠位時間神殿ソロモン」のシナリオに触れたことがない人はご注意を。

取材・文 / 齋藤高廣撮影 / ヨシダヤスシヘアメイク / 小田切亜衣

ロマニ・アーキマンが戦い続けた理由

──アニメ「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン-」の感想を伺う前に、まずはキーキャラクターといえるロマニ・アーキマンについて語っていただければと思います。井出さんは2017年の舞台「Fate/Grand Order THE STAGE -神聖円卓領域キャメロット-」でロマニ役を演じ、その後2019年の舞台「絶対魔獣戦線バビロニア」、2020年の舞台「冠位時間神殿ソロモン」でも続投されていますね。2017年の公演でロマニ役に決まったときのお気持ちは覚えていらっしゃいますか。

井出卓也

難しい役柄だなと思ったのを覚えています。物語を最後まで紐解かないと理解できないキャラクターなので……ロマニはマシュと藤丸に「自分はソロモンだ」と明かさないわけですけど、「キャメロット」の舞台では2人が強敵に負けそうになるたびに、僕としては「どうしよう、助けにいっちゃう?」なんてことも考えたりして(笑)。

──演じていて共感できたところはありましたか?

実は、最初は全然共感できなかったんです。「なんでこんなつらいことしてんの?」って。だってやっと人間になれて、その後で人類史がもう終わるかもしれないって知ったら……僕だったら遊んで終わります(笑)。

──(笑)。

世界を救おうとするなんて、そんなロマニの気持ちをどうしたら理解できるのかなと思いましたけど……。

──演じているうちに、わかってきたのでしょうか。

そうですね。その気持ちはソロモン王だった時代に人間たちを見ていたから生まれた、人類愛だったのかなと思います。

──その考えに至った経緯について、詳しくお聞かせください。

僕はロマニだけでなく、ソロモンとしての役作りもしなければいけなかったので、そのときに「自分の意志では何も決定しなかった、何もしなかったソロモン王は、人間について何を思っていたのかな」と考えたんです。もちろん彼はただの役割として存在していたから、そのときには何も感じなかったかもしれないけど、ロマニという人間になってから思うことはあったんだろうなと。そしてそれは「人間は喜んだり、笑ったり、悲しんだりということを、自分で自由に決めて生きていける生き物だよな」「この自由を失ってはいけない。ほかの誰かや、何かの都合のせいで失わせてはいけない」という思いだったんじゃないかと考えました。

──人間の自由の価値を信じる気持ちが、ロマニなりの人類愛だったということですね。

アニメ「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン」より、マシュ・キリエライト(CV:高橋李依)。

あとはマシュの存在もすごく重要で、命の時間を定められている者が戦い続ける姿を見ることは、ロマニにとって非常に意味のあることだったんだと思います。「マシュが諦めないのに、自分が諦めるわけにはいかない」って。マシュはカルデアの目的のために作られた存在だけど、そんなマシュが自分のため、世界のため、マスターのためにと自分の意志で戦うことを選んでいく。その選択を見ていて、ロマニは「僕も人類を救うために生きるということを決める、それが僕の意志だ、それは自分自身が選んだことなんだ」と考えたんだと思います。複雑な話になってしまいましたが……。

──運命に縛られているように見えても、自分の意志で選んでいるから自由なんだということですね。

そういうことです。

──好きなロマニのセリフはありますか。

アニメ「Fate/Grand Order -終局特異点 冠位時間神殿ソロモン」より、ロマニ・アーキマン(CV:鈴村健一)。

もちろんロマニが人類史について言う「これを、愛と希望の物語と云う」は大好きですけど、僕が舞台で演じていてグッとくるなと思ったのは、舞台「絶対魔獣戦線バビロニア」でマシュに言った「(生きることの)意味はあるものではなく、後から付けられるものだ。すべてが終わったときに、ようやくその命がどういうものだったのか、という意味が生まれる。マシュ、それを人生と言うんだよ」というセリフですね。

──藤丸とマシュがカルデアに帰ってきた終盤のシーンで語られるセリフですね。

目の前の意味のために生きがちになってしまうことってあると思うんですよ。例えばお父さんだったら、子供のためにあれをしなければ、妻のためにこれをしなければ、会社のために何かしなければ、と考えて手いっぱいになってしまう。けど本当は生きている意味って自分で決めるものじゃなくて、後に残った人が見つけてくれるものだから、何もそんな目の前のことで無理をしていっぱいっぱいになってしまう必要はないんだと考えさせられました。楽になるというか、きっと誰かが見てくれている、みんなが意味を見つけてくれると思うと、救われますよね。舞台「冠位時間神殿ソロモン」の第一宝具を使う場面でも、きっと藤丸が生き残って、ロマニが生きた意味を見つけてくれると信じて……宝具を打っていました(笑)。

“網戸”の代わりに作られた幻の通信画面

──ちょうどマシュや藤丸の話が出ましたが、舞台やアニメの「FGOソロモン」に登場するキャラクターの中で、ロマニとの関係が特に好きなキャラクターは誰ですか。今お話を伺っていると、マシュなのかなと思いましたが……。

マシュですね。ロマニと彼女は親子のようでもありますけど、僕が最初に舞台でロマニを演じたときはまだ26歳で、子供がいるわけでもなかったので、「親心とは」みたいなことを考えながらナナヲ(アカリ)演じるマシュとの関係性を作っていった思い出があって。そのぶん思い入れがあります。あとはダ・ヴィンチとの関係性も好きですよ。あんまり私情を挟まないところがいいです。

──ダ・ヴィンチは飄々としているキャラクターですよね。

井出卓也

そう、さっぱりしているというか、理解と気持ちを一緒にしない。だからロマニにとっては心を許せる存在だったと思うんですよね。気持ちがあまりに強い人だと、ロマニに「自分はソロモンだって、マシュとマスターに言っちゃいなよ!」と言ってしまうじゃないですか。でもそうではなくて、この2人の関係は潔いというか。

──ずかずか踏み込んでいかないというか、尊重しあっているというか。

そうですね、「尊重しあっている」という表現が一番いいのかも。そしてもちろんマシュと同じように、藤丸立香もかわいいですよ。ゲーティアさんは……(笑)。

──「困ったな」みたいな感じですか(笑)。

「困ったな」みたいな感じですね(笑)。舞台ではロマニのふりをしたゲーティアを演じるシーンがあったので、彼のことも理解しなければいけなかったんですよ。そのためにゲーティアの気持ちを改めて考えたときに、いい奴ではないんですけど……。

──やっていることはひどいけど、そもそも「こんな悲しい光景は見るに耐えない」という気持ちから人理焼却に至ったから……。

そうなんですよ。だから「しんどいよね、ゲーちゃんも。お疲れ」って思ってますね(笑)。わかるとは言えないし、過激派といえば過激派なんだけど、すべてを否定するわけにはいかないな。

──ロマニもゲーティアに対しては複雑な気持ちだったかもしれないですね。ちなみにせっかく井出さんにお話を伺えるということで、どうしても聞いておきたいことがありまして。舞台ではロマニが通信画面に見立てた小窓のような小道具を持っていますよね。

通称“網戸”ですね(笑)。

──そうです(笑)。公演当時に話題になったと思うのですが、あの小道具を使うことは誰が決めたのでしょうか。

演出を務めた福山(桜子)さんです。どういう意図かというと、例えばスクリーンに映像を投影して通信するような形にすると、舞台である意味があるのかという話になるわけですよね。じゃあ僕じゃなくて鈴村(健一)さんがアテレコするほうがいいのかもしれない、ということになる。あとカルデアにいるロマニの様子は原作ゲームでもあまり描かれないから、舞台ではそこで動き回っているロマニを見せたいわけです。

──そういう意図から“網戸”が生まれたのですね。ロマニが生き生きと動き回っている姿は大変印象的でした。

ちなみに舞台「FGOキャメロット」の夏公演と秋公演の合間の稽古で、一度“網戸”から二人羽織式のパネルに変えてみたことがあったんです。器具をリュックのように背負って、上から顔の前にパネルをぶらさげる小道具だったんですけど、「さすがにこれはないな」ということになりました(笑)。

──それはとても貴重な裏話ですね(笑)。その姿も見てみたかったです。

僕がパネルを持たなくてもいいので、より通信画面らしく見えるかもしれないということで作られたんですけど……ボツになってしまいました(笑)。