文化庁 著作権普及啓発プロジェクト 畑健二郎が創作活動における権利を考える (2/2)

「iPhone」「LINE」って描いていい?著作権と混同しがちな商標権や肖像権

──今まで出版社との間で著作権について話し合いになるようなことってありましたか?

 自分の作品に関してはそういうことは本当にないですね。ただ、読者さんはあまり知らないと思いますが、自分が何か描くにあたって意外といろんな許可は取ってたりします。

──作中に出てくるいろんなIPに関して、ということですか?

 はい。「使っていいですか?」って聞いて「好きにしていいよ」なんてやり取りをけっこうしている。ただ、それも口約束が多いんですよね。そのとき「いいですよ」って言ってくれた担当の方が今も同じ会社、同じ部署にいるかわからないし、今もその約束が生きているのかわからなかったりします。なので、当時許可をいただいたものも、最近は怖いから使わなかったりしますね。怒られたこともありますよ。

畑健二郎

畑健二郎

──いわゆる権利者側に。

 ええ。僕はパロディの範疇に入っていると思って描いたんです。実際パロディだったんですが、描かれた方は「いじられてる」「バカにされている」と感じてしまったようで。なので、菓子折を持って「いやいや、違うんです」というのをご説明しに行きました。それで「ああ、そうなんだ」と許していただけたんですけど。

水口 僕は怒る側から相談を受けることがときどきあります。ただ、法律的にはなんの権利も侵害されてないんじゃないでしょうかっていうことも少なくありません。ちょっと作中で小馬鹿にされたくらいだと、名誉棄損や肖像権侵害が一応は考えられますが、なかなか難しい場面が多いです。

──ただ、権利周りって作家さんもかなり気にすることが多いんじゃないでしょうか。

 止められたことはけっこうありますね。例えば、今はそんなことないでしょうけど、昔「iPhone」という名称を使わないでくれと言われたことがあります。

水口 ああ、商標権の話でしょうか。出版社から止められたんですか?

 はい。でも、僕は「iPhone」と描きたかったんです。これはもう公的なものだから、と。「LINE」なんかもそうですね。

水口 それはセリフで出てくるだけですか?

 セリフと、スマホの画面ですかね。それは最初使わないでくれって言われました。

水口 そういった、本当は法律に違反していないであろう行為を過度に恐れている人はいますね。たぶん使うなと言った方も、「法律に違反してるからダメ」なのか、「そうじゃないけど怒られるからダメ」なのか、あまり区別せずに言っている可能性もあると思います。

 ただ、実際怒られた作家さんもいるんですよね。ある商品の名称を商品と一緒に描いたら「それはうちの商標だから」と怒られた、と。そういうこともあって気を使っていたんだと思っています。

水口 そのケースは商標法の誤解があったのかもしれませんね。簡単に言うと、商標権ってその名称の持つブランド力を使うときだけに働くものなんですね。例えば、iPhoneがマンガに描いてあったとして、iPhoneが描いてあるからそのマンガを買うという人がいるような状況だとすれば問題になりますけど、そんなことはまずないわけです。物語の中の生活描写として何かの名称が出てきたからといって商標法違反になるってことは普通は考えにくいんです。

水口瑛介

水口瑛介

トレスはどこまでOKか。すべてが悪ではない

 そういうものの一番大きなものは東京ドームですかね。描くなと言われていて、実際一時期ほとんど描かれていなかったと思います。

──それは名称ですか? それとも外観?

 外観ですね。

水口 建造物の外観をマンガに描くことが問題になることはあまり考えられません。これについては著作権法にも規定があります。

 ああいうの、すごく気持ち悪いんですよね。名称だともじったりするでしょう? 「LINE」なら「レイン」とかそういうふうに。

水口 法的根拠がない場合も少なくないです。ただ、仮に最終的に裁判になって勝ったとしても、ものすごく労力がかかるじゃないですか。コストに見合わないし、面倒なわけです。だから自主的に規制しているんでしょうけど、その根底にはやっぱりみんな著作権のことがあまりわかってないということがあるんじゃないかと思います。

 そうですね。だから、迷うことはいっぱいあります。例えば、チェーン店のロゴとかを描いていいのかとか。

水口 文字列だけのロゴは、そもそも著作権がないと考えられることもあります。イラストがついていたりして著作権があるとしても、背景の一部として描かれているような場合であれば、問題が生じる可能性は大きくないと思います。あるとしたら名誉毀損とかですよね。例えば、特定のお店の名前やロゴを出してひどい話を描いたりすることで、それが本当っぽく捉えられてしまうのはあり得る話です。

 あと、昔の絵画とか悩みますね。例えば、100年とか200年前の絵画を模写しますというとき、僕らは写真を見て模写するわけです。自分で撮ったものならいいんですけど、やっぱり多くは写真家さんなどが撮ったものを参考にすることになりやすい。それってOKなのかって。

水口 その写真は正面から撮ったもの?

 はい。

水口 写実的、記録的に撮っているものですよね。そうすると、写真自体の個性は、もうマンガには残ってないんじゃないですか。絵画の著作権は切れているとして、写真の著作権ですよね。著作権侵害になるためには、その特徴の本質的な部分が残ってなきゃいけないんです。じゃあ、撮った写真から絵の本質的特徴を抜いたら何が残っているかという話になる。考えていくと、構図とか、光のあたり方とか、たぶんシャッタースピードとか撮影のいろんな設定があるでしょう。でも、それが畑先生が模写した絵の中に現れているかどうかと考えると、たぶん現れてないですよね。だから、そのケースで写真の著作権が問題になることは考え難いのではないかなと個人的には思います。

左から畑健二郎、水口瑛介。

左から畑健二郎、水口瑛介。

 なるほど。でも本当、そのへんって模写・トレスという手法含めてすごく気になるところなんです。新人作家さんなんかは特に、ネットで拾った画像をもとに絵を描いたり、参考にしたりがどのくらい著作権違反になるのかとか、iPhoneみたいなプロダクトデザインを描いていいのかといったところを聞きたいだろうなって思います。

水口 トレスに関しても、トレスという手法が全部ダメみたいな話では全然ないんですよね。でも、ネットだとトレスの時点でダメとなりがち。

 実際どうなんですか? 例えばスポーツマンガで雑誌に載っていた競技の写真を模写なりトレスなりするとかって。

水口 ケースバイケースではあるんです。多くの場合は顔はマンガのキャラクターになっているでしょうし、服装も違いますよね。そうすると、もとの写真の特徴ってポーズや構図だけですよね。だから、その写真の本質的な部分がポーズや構図なのかを考える必要があるんですが、それは写真ごとに違うと思います。単純に正面向いてるだけだったらおそらくポーズはそんなに重要じゃないでしょうけど、変わったシュートを打ってるシーンとかだったらポーズが重要だと思いますし。ダメなものもあるだろうし、OKなものもあると思います。ポーズの模写だから大丈夫とか、一概に線引きできないのが難しいところですね。

 なるほど。でも、僕らは実際写真を参考にすることはよくある。

水口 元の写真の一番印象に残る特徴はどこか、みたいなことを考えるといいかもしれないですね。極めて特徴的なポーズの場合、それをそのままトレスするとグレーが濃くなっていくように思います。

著作権法は新しい文化を作っていくためのもの

 服なんかはどうですか? 雑誌やネットで見つけたスナップを参考に描いていいのか。

水口 市販の服ですよね? 写真の権利問題は別にありますけど、市販の服自体に著作権が認められるかっていうと、その可能性は低いです。大きくキャラクターのイラストが入っていたりしたら別ですが、大量生産される市販品の服については、服自体の著作権は認められないと考えることが一般的です。

 こういう著作権関係のことって、自分の作品じゃなくても緊張することがあるんですよね。昔のドラマで、がっつりミッキーのイラストが入った服を着た人が殺人をするものがあって、見ていてものすごくハラハラしたんです(笑)。

水口 それも、衣装として着ているだけで、別にそのミッキーの描かれた服が出てくるから観るってわけではないですよね。そこにことさらに意味を持たせたら別なんですけど。

 でも、意味が出ちゃってる感じはしますね(笑)。

水口 結果として意味が生まれてしまっている場合は難しいところですね(笑)。

 そういう著作権の謎の緊張感はけっこうありますね。

水口 多くの緊張感は誤解とか無知から生まれているところはあると思います。たぶん今って著作権というものが、得体の知れない怖いものとして認識されていて、侵害してしまうととんでもないことが起きるという漠然とした怖さを感じている人が多いんだと思います。本当かどうかわからないけど、すごい金額を請求されたみたいな話も流れてきますしね。日本の義務教育では著作権に限らず、法律について学ぶ機会がほとんどないじゃないですか。なので、根本的な話ですが、まずちょっと法律について学ぶ機会があったらいいなというふうに思います。

 今日うかがったような話も勉強しないとわからないですからね。

水口 多くの場合、線引きが難しくて「イエスかノーか」で答えられないことが多いですしね。究極的には裁判をやってみないとわからないことも多いです。日本の場合、著作権関係の裁判は判例が少ないので。

 そうなんですか?

水口 苦労して勝っても認められる損害額が小さくなりがちなんです。コストに見合わないからみんななかなか裁判まではやらない。

──白黒が明確なものではないんですね。

水口 ええ。ただ、僕はマンガや音楽、ファッションとか著作権法にまつわる仕事が多いし、自分自身も好きなんです。なぜかというと、あまり知られていないかもしれませんが、著作権法って権利を守ることを最終的な目的とした法律じゃないんです。権利を守って新しい文化を作っていきましょうねということを目的とした法律なんです。条文にそう書いてある。

──新しい文化を作っていく。

水口 マンガはもちろんすべてのアートがそうですが、先人の作ったものがたくさんありますよね。新しい作品というのは、そういう先人の作品の上に成り立っているわけです。そういう過去の作品をうまく使って、新しいものを作っていきましょうよ、と。著作権法ってそういう観点が含まれている法律だと僕は思っているんです。だから、何をどこまで利用してよいのかというのを、文化を発展させていくという観点から考える必要があるのかなと思っています。トレスとかまさにそうだと思うんです。カッコいい写真があって、そこから権利を侵害せずによいアートが生まれたら、それは社会にとってはよりよいことなわけです。そういう視点を心の片隅、頭の片隅に置いて考えていけば、過剰にならずに済むんじゃないかと。

 本当にそうですね。描き手だけでなく読み手もそういうことを知っておいてもらえると助かるなと思います。

畑健二郎

畑健二郎

プロフィール

畑健二郎(ハタケンジロウ)

10月19日生まれ。久米田康治のアシスタントを経て、2002年に少年サンデー特別増刊R(小学館)にて「神様にRocket Punch!!」が掲載されデビュー。2004年より週刊少年サンデー(小学館)にて「ハヤテのごとく!」を連載。同作はTVアニメ化・劇場アニメ化されるなど人気を博した。2018年からは週刊少年サンデーにて「トニカクカワイイ」を連載中。

水口瑛介(ミズグチエイスケ)

音楽、スポーツ、ファッション、インターネットなどエンタテインメント・クリエイティブ分野を中心としたリーガルサービスを提供するアーティファクト法律事務所の代表弁護士。音楽家のために無料法律相談サービスを提供する団体「Law and Theory」の運営を行う。