昼の顔は喫茶店オーナー、夜の顔は華麗に美術品を盗み出す怪盗キャッツアイ。2つの顔を持つ三姉妹のラブサスペンス「キャッツ♥アイ」は、「シティーハンター」と並ぶ北条司の代表作だ。およそ40年にわたりアニメにドラマ、実写映画に舞台とあらゆるメディアミックスを果たしてきた「キャッツ♥アイ」だが、令和の今年、ディズニープラス「スター」で新たにシリーズアニメ化。9月26日に独占配信がスタートした。
新作アニメ「キャッツ♥アイ」では、来生瞳役を小松未可子、来生泪役を小清水亜美、来生愛役を花守ゆみりが務め、アニメーション制作はLIDEN FILMSが担当。さらにオープニング、エンディングテーマはAdoが歌うなど新たな息吹が吹き込まれつつ、ストーリーはより原作に忠実な形で展開される。
本記事では新作アニメの配信を機に、「キャッツ♥アイ」という作品の誕生からこれまでの歩みを解説。そして“今”の視点から、世界中で愛される三姉妹の魅力を、新作のレビューを交え改めて紐解いていく。
文 / 小林聖
40年を経ても世界で知られる美人怪盗姉妹
「キャッツ♥アイ」は不思議な作品だ。改めて振り返ってみると週刊少年ジャンプ(集英社)という雑誌に北条司作品が載っていたことは、神様のいたずらみたいにも思える。
1981年から1984年にかけてジャンプに掲載された「キャッツ♥アイ」は、北条の連載デビュー作にして出世作だ。連載終了からすでに40年以上経つが、原作やアニメに触れたことがない人でも、レオタード姿の怪盗3姉妹というアイコンと、杏里の歌うアニメ主題歌「CAT’S EYE」は知っているという人も多いはず。アニメも含めて作り上げられた、スタイリッシュでセクシーな美人怪盗アクションというイメージは、強烈なアイコンになった。
実際原作終了後もドラマや映画、舞台など定期的にメディアミックスが行われている。また、2000年代初頭の宮藤官九郎脚本のドラマ「木更津キャッツアイ」や、10年代の森三中がレオタード姿でキャッツアイに扮した「BIG」のCMなど、時代を経てもオマージュやパロディにも登場。今も日本を代表する怪盗キャラクターの1つと言っていい。
また、人気は国内にとどまらない。アニメが放送されたアジアや欧米でも人気、仏紙・ル・モンドは「キャッツ♥アイ」と、同じく北条作品である「シティーハンター」のアニメがフランス人に東京のイメージを植え付けたと書いている。現在でも根強いファンがおり、フランスで行われている日本文化の総合博覧会・ジャパンエキスポにも北条がたびたびゲストとして招かれたほか、同国では2024年に制作費40億円をかけた「キャッツ♥アイ」の新たなドラマも作られている。
そして、日本でも間もなく新作アニメが公開される。連載終了から40年以上経った今も、「キャッツ♥アイ」は多くのファンの心をつかんでいるのだ。
フランス映画の香りがする、異端のジャンプ作品
冒頭でも触れたが、「キャッツ♥アイ」は不思議なジャンプ作品という印象がある。
この作品のメインキャラクターは、来生瞳、泪、愛の3姉妹。彼女たちの昼の顔は喫茶店を営む美人姉妹だが、夜の顔は美術品を専門にする怪盗・キャッツアイである。中でも主役となるのは次女の瞳。彼女には高校時代からの付き合いである内海俊夫という恋人がいるのだが、彼はキャッツを追う警察官でもある。恋人に決して打ち明けられない秘密を抱えた瞳と、キャッツ逮捕に情熱を燃やす俊夫の、恋人でありライバルでもあるという複雑な関係が、怪盗サスペンスという要素と併せて、物語の大きな軸になっている。
連載当時のジャンプにも女性が主人公の作品はあったが、そうはいっても少年マンガの王道主人公は男性、それも少年くらいの年齢だ。20代の女性である瞳を主人公にした「キャッツ♥アイ」は、今から見てもなかなか珍しい少年誌作品といえる。
さらに、作風も大人っぽい。ドタバタコメディという側面も強いが、瞳と俊夫の恋愛にフォーカスしたエピソードには都会的で繊細なものも多い。ジャンプの4代目編集長を務めた後藤広喜は著書「『少年ジャンプ』黄金のキセキ」の中で北条作品を「フランス映画の香りがする漫画」と表現しているほどだ。
また、連載スタート時は高校生だった三女・愛が中心になったエピソードでは、のちの北条作品にも通底する子供や家族への視線が色濃い。これも年齢を重ねるほど、大人から子供への視線に共感して響くものがある。予備知識や先入観なしで作品だけ読んだら、ジャンプ作品、少年誌作品だと思わないかもしれない。
そういう大人になってから読んでも魅力的な作品だからこそ、連載終了後も多くの人に愛され続けたのかもしれない。
怪盗アクションの土台にある大人の人間ドラマ
そして、そんなドラマを支えているのはやはり瞳たちのキャラクターだ。
「キャッツ♥アイ」といえばセクシーな美人3姉妹というイメージは強い。原作第1話のサブタイトルからして「セクシーダイナマイトギャルズの巻」だし、アニメのオープニング・エンディングなどのイメージ含め、セクシーさはキャッツの重要な魅力だ。
だが、それはキャッツの片面でしかない。瞳たちは完全無欠の美人怪盗という顔を持つと同時に、ごく普通の女の子たちでもある。北条はインタビューで「優しい言葉をかけて励ましてくれて、たまにお色気シーンがあって」という添え物的な女性キャラクターに疑問があり、「キャラクターとして成り立つ女の子にしたい」という思いがあったと語っている。
その言葉通り、「キャッツ♥アイ」には俊夫の態度や行動に不安や嫉妬を感じたり、ときにはふざけて俊夫をからかったりする、当たり前の女の子としての瞳がたくさん描かれている。原作では盗みが絡まないエピソードも多いくらいだ。喫茶店のお姉さんとしての瞳たちが恋人や父、家族のことで悩み、戸惑い、笑う。ただのサスペンスアクションでなく、普遍的な人間ドラマが真ん中にあるからこそ、時代を経ても支持され、何度もリメイクされるのだ。
さらに、瞳たちは現代的なカッコよさを持った女性でもある。40年以上前の作品だが、瞳たちの価値観には今のほうが共感できる部分も多い。
例えば、原作のエピソードに泪が周囲に結婚を心配される場面がある。連載当時の時代を考えれば、泪は適齢期。作中でも読者からも泪の結婚についていろいろな声があったと触れられている。それに対して、泪は「私が結婚しようがしまいが 私の問題でしょ?」と微笑む。彼女は世の中の価値観でなく、自分たちの美学や意思に従って生きているのだ。
瞳にしても、関係性に葛藤しながらも、俊夫のために怪盗をやめるということは考えない。彼女は恋人のために自分自身の目的や望みを犠牲にするのではなく、両方を必ず手に入れるという強い意志を持っている。そういう彼女たちのカッコよさは今も古びることがない。
令和のキャッツアイに出会い直せる新作アニメ
新作アニメとなった「キャッツ♥アイ」は、そんなカッコいい彼女たちに改めて出会い直せる作品だ。
80年代のアニメはオリジナルエピソードも多く、独自色も強かったが、今作はより原作に近い形でのリメイク。事前情報でも明かされているとおり、旧アニメでは登場しなかったフリーライターの神谷真人が登場することも話題になっている。ちなみに神谷真人は、のちに「シティーハンター」の主人公・冴羽獠の原型にもなったキャラクターだ。新作では彼だけでなく、原作ではおなじみの名脇役たちもしっかり登場している。
こうした要素はもともと原作ファンだった人にとってうれしいだけでなく、初めて「キャッツ♥アイ」に触れる人にとってもよい入り口になっている。
というのも、原作はよくも悪くも週刊連載のライブ感が色濃い作品である。読み切りから連載化するにあたって後付けされていった設定もあるし、キャラクターも連載の中で増えていき、作品世界を広げながら進んでいった。エピソードも痛快な怪盗サスペンスが中心のものもあれば、ラブコメ中心のものや、盗みが出てこないコメディ回など、回によって多彩。おもちゃ箱のような作品になっている。それはそれで本作の魅力なのだが、初見のファンはじっくり読まないとキャッツの世界を把握しづらいだろう。
新作アニメは、少しずつできあがっていった原作の世界を、ラストから俯瞰した状態でまとめて整理し直している。途中で登場した名物キャラクターが自然に最初からいたり、おそらく徐々に固まっていった来生3姉妹のキャラクターもわかりやすくまとめられ、完成形の「これぞキャッツ」という世界にスッと入れるように仕上げられているのだ。
また、現代的にアップデートされた怪盗サスペンスの部分も見どころだ。新作の舞台は現代。インターネットもスマホもない時代に描かれた原作とは、使える技術も異なる。今では通用しなそうな原作キャッツの手法やトリックにも手が加えられ、新たなキャッツの活躍に出会える。原作をベースにしつつ、新作としての面白さも詰まっている。
原作ファンには懐かしくも新しい、初めて触れる人には「キャッツ♥アイ」の魅力が凝縮されている新作アニメは、令和のキャッツたちに出会い直せる作品だ。