「BLUE GIANT EXPLORER」かが屋・加賀翔、あの頃の自分を奮い立たせてくれた宮本大に感謝と期待の言葉を贈る (2/3)

バイト中にネタを書きすぎて同僚にキレられる

──先ほど「めちゃくちゃコントを書いていた」とおっしゃいましたが、具体的にどのぐらい書いていたんですか?

月に100本書きました。大は毎日練習しているので、僕も毎日書こうと。枕元にメモ帳とペンを置いておいて、まず朝起きたら必ずペンを持つと決めて、とにかく見た夢でもなんでも頭に浮かんだことを忘れないようにバーっと書き留めて。このとき、僕は新宿の喫茶店で働いていて、朝7時には店を開けなきゃいけなかったんです。自宅が東村山だったのでだいたい5時起きでシャワーを浴びて、6時には電車に乗っていたんですけど、40分ぐらいの乗車時間もメモ帳を開いてネタを書き、喫茶店に着いたら高速で開店準備を済ませて開店時間ギリギリまでネタを書き、休憩時間もネタを書き、バイトが終わったらライブに行くという毎日で。我ながらキモかったです。

──キモかった(笑)。

なんなら勤務中も書いていましたからね。僕はバイトの中で一番仕事が早くて、店長にも信頼されていたので、けっこう自由にできたんです。ただ、それが気に入らない同僚もいて、僕が厨房でずっとメモを取っていたら「ちょっとあなた、バイト中ですよ?」と。その人は僕より年上だったんですけど、僕が嫌われすぎて敬語を使われるという。

──ありますね、そういう距離感の関係性。

それも無視してメモし続けていたら、けっこうな勢いでキレられまして。さすがにこれはよくないなと反省したんですけど、その状況もメモっていましたね。「怒られている最中にネタを書いてはいけない」と。でも、それぐらい焦っていたんでしょうね。この1年で結果を出さなきゃいけないというのがあったので。あの頃はお金もなくて本当にしんどかったんですけど、今思い返すと楽しかったですね。

加賀翔

加賀翔

ジャズには格闘技のような、手に汗握る感覚がある

──最初のほうでジャズピアニストの上原ひろみさんのお名前を挙げていましたが、「BLUE GIANT」を読む以前からジャズには触れていたんですね。

上原ひろみさんは「Hiromi - Live in Jazz in Marciac 2010」というソロライブの映像が大好きで。素人目にもその演奏が一線を越えているのがわかりますし、しかも上原さんはノってくると「うぅん、ああっ!」と唸り声をあげたり、立ち上がってピアノを弾いたりするんですよね。僕はそれがめちゃくちゃカッコいいと思うんですけど、ご本人はちょっと恥ずかしがっているらしくて。

「BLUE GIANT EXPLORER」4巻より。独特で明るい演奏をするピアニスト・アントニオ。

「BLUE GIANT EXPLORER」4巻より。独特で明るい演奏をするピアニスト・アントニオ。

──そうなんですか?

ミュージックビデオを撮影していたときにその「ああっ!」が出てしまって、恥ずかしいから撮り直したというエピソードを聞いたんですよ。

──あんなに楽しそうに弾いているのに。

我を忘れているというか、いうなれば音楽とつながっている時間ですよね。その姿をあとから自分で見ると恥ずかしいって、なんてチャーミングな方なんだろうと思ってますます好きになりました。その上原ひろみさんがオスカー・ピーターソンを好きなので僕も聴いてみたりしていて。「BLUE GIANT」を読んでからは、まずソニー・ロリンズにハマりましたね。

「BLUE GIANT」6巻より。3人は初ライブでソニー・ロリンズの「Newk's Fadeaway」を演奏する。

「BLUE GIANT」6巻より。3人は初ライブでソニー・ロリンズの「Newk's Fadeaway」を演奏する。

──ロリンズはどのアルバムがお好きですか?

ロリンズじゃなくてディジー・ガレスピーのリーダーアルバムなんですけど、「Sonny Side Up」を一番よく聴いているかもしれないです。ソニー・スティットも参加しているんですけど、特に4曲目の「I Know That You Know」のロリンズのソロが凄まじくて。「BLUE GIANT」で大が息継ぎなしで延々と吹き続けるシーンが印象に残っているので、「こんな感じなのかな?」みたいな。「まだ吹くの? まだ吹くの? まだ……」とどんどん引き込まれていって、どんどん緊張が高まっていって、最後に「バーン!」とテーマに戻ってくる。あの快感はジャズにしかないのかなって。

──醍醐味の1つですね。

ソロとか即興演奏のことは正直よくわかっていないんですけど、とにかくめちゃくちゃやってほしい。「EXPLORER」で、ロサンゼルスのライブハウスの店長が大のサックスソロを「ボクシングのメガファイト」に喩えていたみたいに、本当に格闘技のような、手に汗握る感覚がありますね。

加賀翔

加賀翔

新しい人の新しいアルバムも聴くようにしたい

──上原ひろみさん以外に、例えばロバート・グラスパーやカマシ・ワシントンといった現行のジャズも聴きます?

聴こうとしている状態ですね。最近、Apple Musicでセシル・マクロリン・サルヴァントの「Ghost Song」というアルバムから、「Thunderclouds」という曲だけ聴けるようになっていて。僕はセシルさんのことは何も知らなくて、たまたまニューリリースのお知らせみたいなのが出ていたんですけど、これがめちゃめちゃよかったんですよ。

──ジャズボーカルですよね。

はい。僕はジャズボーカルは普段ほとんど聴かないんですけど、「これはいいぞ」と思ってもう1回聴こうとしたら、「お住まいの国・地域ではまだ聴くことができません」という表示が出て聴けなくなっていたんですよ。その数日後には普通に聴けるようになっていて、「なんであのときは1回だけ再生できたんだろう?」「僕だけ聴けたのかな?」みたいな衝撃を勝手に受けて(笑)。

──そんなことあるんですね。

CDを買って聴くのも好きなんですけど、サブスクのランダム性というか、そういう出会い方にうれしくなっちゃって。セシルさんのほかのアルバムも聴いたりご本人について調べたりしたら、グラミー賞の「最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム」を3度も受賞していて、そりゃそうだよなと。あと、コンガ奏者のウィーディー・ブライマという人も最近のお気に入りで。どうやら僕はパーカッションも好きみたいです。

加賀翔

加賀翔

──ジャズって、1950年代あたりの、いわゆるモダンジャズの名盤から聴かなきゃいけないみたいな感じがありますが、新しいほうから聴いていくのも楽しいと思います。

そうですよね。もちろんさっき言ったロリンズやディジー・ガレスピー、あとロン・カーターとかマッコイ・タイナーも好きなんですけど、新しい人の新しいアルバムも聴くようにしたいなと。そうしないと「すぐ聴かないでごめんなさい」みたいに思ってしまうというか。お笑いの世界でも、例えば初めてコントを見た後輩の若手芸人と話していて「芸歴○年目です」とか言われたとき、その間、こんな面白いことをやっている人たちがいるのを知らずにのうのうと過ごしてきたのかと、申し訳ない気持ちになってしまうんですよ。