「バクちゃん」が僕らにくれたもの|著名人7名が「バクちゃん」越しに見た 自分のこと、友達のこと、この世界のこと

増村十七「バクちゃん」は、バクの星から地球にやってきた移民の少年・バクちゃんを軸に描かれる物語。ファンタジックな絵柄と、かわいらしいキャラたちの微笑ましいやり取りが目を引くばかりでなく、バクちゃんをはじめとする移民たちの置かれた状況や、彼らの複雑な心情が現実世界のそれとも通ずるところがある“すこし不思議ですこしリアル”な作品だ。「このマンガがすごい!2021」でオトコ編19位、「THE BEST MANGA 2021 このマンガを読め!」で10位にランクインしたほか、第24回文化庁メディア芸術祭では、マンガ部門の審査委員会推薦作品に選出された。

コミックナタリーでは「バクちゃん」の魅力に迫るべく、天城サリー、宇垣美里、オーサ・イェークストロム、カメントツ、澤部渡(スカート)、瀧波ユカリ、ファイルーズあいの7人に作品を読んでもらい、その感想を聞いた。七人七様な境遇を持つ彼らが、「バクちゃん」から受け取ったメッセージとは。試し読みもたっぷり用意しているので、まだ読んだことがない人も「バクちゃん」の世界に触れてみてほしい。

文 / 鈴木俊介

「バクちゃん」とは?

食べられる夢のなくなってしまったバクの星から、地球にやってきたバクちゃん。働いて、永住権を手に入れて、たくさん夢が食べられるようになりたいバクちゃんは、慣れない地球の文化に戸惑いながらも、移民に友好的な地球人や同じ境遇を持つ移民の友人たちに支えられ、たくましく生きていく。

バクちゃん
バクちゃん
バク星人の男の子。地球へは一時労働ビザで入国したが、永住権を獲得したいと考えている。
天城サリー

天城サリー

作品を読んだ感想・印象に残ったシーン

バクちゃん、ストーリー開始早々慣れない地球で1人歩き回っている姿に思わず泣きそうになりました。
1巻でバクちゃんがサリーさんに27年間地球にいて地球は好きかと問いかけた時に「選択肢ないよ(ノーチョイス)」ってサリーさんが答えていたのがとても印象的で心が苦しくなりました。他の星から来た方々が安全の為や、より良い生活のために地球に来たのに、疎外感を感じてしまったり幸せを感じることができないのは現実世界でも重なる部分があると思います。
元々バク星から来たダイフクくんが小さい頃から地球にいるからどこも故郷とかではないと言ってる場面が私的にはとても共感できました。私も生まれた頃からアメリカに住んでいて、声優になるために日本へ来たんですが、アメリカでも日本でも生活をしたことがあると言うと、『色んなところに居場所がある』って思われがちですが、本当はどこにも『故郷』というか100%自分の居場所はここだって思える場所がないのが、私含め、多くの日系アメリカ人の知り合いたちも感じていることなので、ダイフクくんの言葉がとても刺さりました。

Pick Up!

サリー

サリー

区民館にある移民センターで、掃除などの仕事をしている。地球に住んで27年。彼女の故郷の星は、戦争でなくなってしまった。

エピソード

第5話より。バクちゃんに「地球は好き?」と聞かれたサリーさんは、少し考えて……。

好きなキャラクター

バクちゃんを通していろんな場面で自分と重なる部分がいっぱいあり、勇気をもらえたので私の推しキャラはやっぱりバクちゃんです! 私の夢ならいくらでも食べさせてあげるので一緒に暮らして欲しいですね。

天城サリー(アマキサリー)
4月26日生まれ、アメリカ・ロサンゼルス出身。2016年12月より、ソニー・ミュージックとアニプレックスがタッグを組んで誕生させた“デジタル声優アイドル”22/7の一員として活動している。グループ内では藤間桜の声を担当。持ち前の英語力で番組やイベントのMCを務めたり、YouTuberとして情報発信をしたりと活躍の場を広げている。声優としては「かぐや様は告らせたい」(ベツィー役)、映画「パンドラとアクビ」(アクビ役)などに出演。
宇垣美里

宇垣美里

作品を読んだ感想

ふんわりメルヘンチックなタッチで描かれるバクちゃんたち移民の日常はかわいいのに心細くて、楽しそうなのに寂しくて、ああこれは物語の形をとってはいるけれど、きっと私とこの街ですれ違ったかもしれない人たちの物語なのだなと胸が苦しくなった。

好きなキャラクター

好きなキャラクターはやっぱりバクちゃん! 一生懸命な姿が可愛くて応援したくなる。色々な職業につくうちに、自分が地球でできることを考え抜いた末に悩み泣いてしまうシーンにはやりきれなくなった。
下宿先の小牧さんは最初会った時はバクちゃんに「犯罪なんてしないわよね?」なんて言葉をかけていたのに、共に暮らすうちに「『外国人? なにか役に立つ人?』だって失礼よね~~」と彼が悲しい言葉をかけられた時怒るようになっていて、ああ、これが外国人からひとりの人間になるということなのだなあ、と嬉しくなった。意地悪そうで実は優しい小牧さんが好き。

Pick Up!

遠縁小牧

遠縁小牧

地球人の大家さん。バクちゃんが地球で出会った少女・ハナの親戚で、彼女と一緒に下宿させてもらうことになる。

エピソード

第8話より、バクちゃんへ心ない言葉を発した伯母に対し、激昂する小牧。

印象に残ったシーン

好きなシーンは区の移民センターでそれぞれが故郷の星の話をしているシーン。どの移民の故郷も移民してくるだけあって問題はあるけれど、全部が嫌いなわけじゃなくて、思い出だってある。そして戦争で故郷の星がなくなってしまった掃除婦のサリーさんが地球のことが好きかと問われ「ノーチョイス」と答える場面は時々思い出して反芻している。好きとはこたえきれない複雑な感情を、私たちは本当の意味で知ることはできない。

宇垣美里(ウガキミサト)
1991年4月16日生まれ、兵庫県出身。2014年4月にTBSに入社。アナウンサーとして数々の番組に出演し、2019年3月に同社を退社。現在はテレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、執筆活動も行うなど幅広く活躍中。2020年にはアニメ映画「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)ぼくが選ぶ未来」でアニメ声優に初挑戦した。
オーサ・イェークストロム

オーサ・イェークストロム

作品を読んだ感想

増村先生はバクちゃんを宇宙人として描いていますが、本当は外国人のことを描いているのではないかなと思って読みました。そう思うと、外国人の私にとって、とても共感できるストーリーです。
でも私は、日本で漫画を出版している、ある意味気楽な立場の存在です。他の在日外国人ときっと違う経験をしていると思うので、他の人の経験も想像しながら読みました。
日本人にも絶対勉強になると思うので、学校でぜひ教材として使われたらいいのではないかと思いました。

印象に残ったシーン

『バクちゃん』には好きなシーンがいっぱいあるのですが、3つの場面が特に印象に残りました。
まずはホルへが永住権のために色々我慢した事です。私も本当に永住権の事をいつも考えているから、「わかるわかる」と共感しながら読みました。
そしてカスタマーセンターのアルバイトのシーンで、トニーが、日本語を話せないリノのことを守ったシーンもよかったです。
でも一番印象に残ったのは、バクちゃんの友達夫婦の赤ちゃんの話です。日本で生まれても日本人になれないし、多分、親の国の国籍も認められないし、大変です。幸せになれば関係ないのかもしれませんが、自分はどういう人間か、決められないのはとても悲しいことですね。

Pick Up!

カミロ&カミラ

カミロ&カミラ

街のATMが週2で爆破される、危険な土地の出身。彼らの星には、子供が産まれたら100人にお祝いしてもらう決まりがあるという。

エピソード

第17話より。移民の夫婦が、地球で授かった赤ちゃん。地球生まれのこの子は、将来どの星の人になるのかな?

好きなキャラクター

バクちゃんのデザインがとても可愛くてキュンときましたが、一番好きなキャラクターは、はなちゃんです。なぜなら彼女が一番最初にバクちゃんに優しく助けてあげた人だからです。

オーサ・イェークストロム
スウェーデン出身のマンガ家、イラストレーター。スウェーデン在住時代からマンガ家として活動を始め、2011年に東京へと移り住んだ。代表作にコミックエッセイの「北欧女子オーサが見つけた日本の不思議」シリーズがある。
カメントツ

カメントツ

作品を読んだ感想

かつて「人という字は、人と人とが支え合っている」という言葉があった。
現在においては、「支え合ってないじゃんwww」という冷笑…もしくは「人は、他者によって生かされている」という突きつけられとして逆説的にとらえられる言葉だ。
関わりがシステムになった時代において僕たちは、透明な何かを支えたり支えられられたりしている。システムは、それを限りなく透明にして明確にしようとしない。
腹と背中を透明なつっかえ棒に挟まれている。逃げることが許されない支え合いの中で献身がデフォルトになった。なめらかに、ゆるやかに支え合あうのだ。
透明の中に生きている。「バクちゃん」の1巻の最初のページは、惑星探査機パイオニア10号に乗せられた金属板だ。僕らは、バクちゃんが出版された時代に生きている。それでもバクちゃんの見る景色は、美しく悲しい。その空が輝き続けることができるように、僕は、礎になれるだろうか。

カメントツ
1986年、愛知県生まれ。レポートマンガとキャラクターマンガを得意とし、Webを中心に活躍。Webサイト・オモコロで連載している「カメントツのルポ漫画地獄」は、累計1000万PV以上を集める人気コンテンツだ。2017年からは自身のSNSにて「こぐまのケーキ屋さん」を発表。同作は書籍化され、累計65万部を突破するなどヒット作となっている。
澤部渡(スカート)

澤部渡(スカート)

作品を読んだ感想

「バクちゃん」を読み始めたとき、最初の数話は「かわいい〜」「SF上京ものだ〜」ぐらいにしか見ていなかったような気がします。しかし4話以降、その印象はがらっと変わりました。バクちゃんが移民として東京をどう見たのか、それをもう一度確かめたくて最初から読み返したのを覚えています。そして私は私自身が東京のはずれから東京をどうやって見ていたのかを思い出そうとしましたし、そしてこれから東京をどう見ていくのか、見るならばバクちゃんの目線で東京を見てみたい、と思わせてくれました。バクちゃんのいる東京と私のいる東京は少し違うけど、あらゆることに(実際の私は優しくないだろうから、きれいごとであっても)できる限り優しいフリでもいいから優しくしていきたい、と思うのでした。

好きなキャラクター、印象に残ったシーン

好きなキャラクターはたくさんいるのですがジャスミン先生が特に好きです。5話は区の移民センターに集まった人たちのそれぞれの立場、どういう背景があって地球に来たのか、というのがうかがえる少し重い回なのですが、その中で赤子によじ登られているジャスミン先生が好きです。それと9話のコンビニでのパーティにひっそりと大好きなあるベーシストが紛れ込んでいるのですが、たしかに宇宙人かもしれない、と笑っていました。

Pick Up!

ジャスミン先生

ジャスミン先生

区民館にある移民センターの職員として、バクちゃんたち移民の生活をサポートしている。キャット語を扱う星出身の母親を持つ。

エピソード

第5話より。バクちゃんたちに履歴書の書き方を指導するジャスミン先生だが、託児スペースの赤ちゃんが頭によじ登ってしまう。

スカート
1987年生まれのシンガーソングライター・澤部渡によるソロプロジェクト。昭和音楽大学卒業時よりスカート名義での音楽活動を始め、2010年12月に自主制作による1stアルバム「エス・オー・エス」をリリースした。以降もセルフプロデュースにて精力的に作品発表を続け、2014年にカクバリズムに移籍。2016年4月に発表したアルバム「CALL」が全国的に話題を呼び、2017年10月にはアルバム「20/20」でポニーキャニオンからメジャーデビューを果たす。2020年12月には“10周年記念”アルバム「アナザー・ストーリー」をリリースした。カルチャー誌・フリースタイルの「このマンガを読め!」企画で選者を務めるなど、マンガ好きとしても知られ、ミュージシャンでありながら創作マンガの即売会・コミティアに出展した経験も。さらに真造圭伍、宮崎夏次系、谷口菜津子らが寄稿する自主制作マンガ誌「ユースカ」に参加。スカートの作品でも見富拓哉、久野遥子、町田洋、西村ツチカ、鶴谷香央理といったマンガ家がジャケットイラストを手がけている。
瀧波ユカリ

瀧波ユカリ

作品を読んだ感想

いないことにされてしまいがちな人たちの姿を
そうっと手のひらにのせてやわらかい光に当てるような、
そんなふうに漫画を描ける増村さんの感性が
紙の上で光っているように感じました。

もう連絡が取れなくなってしまったけど、
私にも移民の友だちがいます。
自由の少ない暮らしの中で、
彼女らしく明るく働いていた姿が何度も思い起こされました。

あの頃は「関わっていいのか?」って悩んでいたけど、
『バクちゃん』の中には移民の人たちとのいろんな関わり方が描かれていて、
関わり方も多様でいいんだって思えました。

関わる・関わらないの二択ではなく、どう関わるのかを私たちは選べる。
助けるとか支えるとか隣にいるとか、一声だけでもかけてみるとか。
みんなが「関わらない」の選択をしなくなって
バクちゃんのような人たちが無理をせずにいられる世の中になりますように。

好きなキャラクター

ホルヘが好き…というか、心配すぎて仕方がないです。
脚立からの落ち方が完全に大ケガするやつに見えたので後遺症があるんじゃないかって…。
最後に出てきた時は元気そうだったけど、実は無理しているんじゃないかって…。
ホルヘ〜!!!

Pick Up!

ホルヘ

ホルヘ

地球人のおじいさんに「日本は芸術と自然が美しい」と聞かされ、憧れて日本にやってきた。永住権を得るため日夜がんばりつつ、日本の美しいものを愛でている。

エピソード

第10話より。夜道で車に足を轢かれてしまったホルヘ。地球でのトラブルを避けたい彼は、なんでもないように振る舞ってその場を後にするが、このケガがのちに思わぬ不幸をもたらしてしまう。

印象に残ったシーン

最終回のダイフクの台詞。
「血縁でも土地でも勝手に“本物”かどうかなんて判断してくる人間がいて」
「どーせどっちからも“本物”とは扱われない訳」「俺たちの場合」

“本物”かどうかを勝手に判断してやろうとする人たちに
苦しめられている人がたくさんいることへの腹立たしさと、
自分も過去に判断する側に立ってしまっていたかもしれない、
これからもそうしてしまうかもしれないという心苦しさを同時に感じて、
しばらくこのページをじっと見つめていました。
『バクちゃん』にはこのシーン含め、
自分にできることについて考えずにはいられなくなるシーンが
いくつもありました。
だからたくさんの人に読んでほしいと心から思います。

瀧波ユカリ(タキナミユカリ)
漫画家。1980年、札幌市に生まれる。日本大学芸術学部写真学科卒業。2004年、「臨死!!江古田ちゃん」で月刊アフタヌーン(講談社)冬の四季賞の大賞を受賞し、デビュー。同作は2011年にドラマ化・アニメ化、2019年には2度目のアニメ化を果たすなど、代表作となった。2017年からはKiss(講談社)にて「モトカレマニア」を連載。2021年3月に完結を迎えた。こちらも2019年にドラマ化されている。
ファイルーズあい

ファイルーズあい

作品を読んだ感想

「バクちゃん」を初めて拝読させていただいた時、とても可愛らしい絵柄と心温まるキャラクターたちの人間関係に癒されたと同時に、現代に深く根付いている自覚なき差別や偏見等の社会問題をコミカルな表現で的確に描いており、そのギャップにとても驚いたと同時に魅了されました。
私はエジプトと日本のハーフで、一年半ほどエジプトに留学していたことがあったので、移民二世であるダイフクの「言葉も子供の喋り方しかできない」や「どこも故郷じゃない」というセリフには共感する部分がありました。日本にいてもエジプトにいても外国人扱いをされ、「ありのままの自分でいられるのはどこだろう」と深く悩んでいた時期もありました。しかし、私は幸運にも素晴らしい友人達に恵まれ、そしてダイフクのように天職に就くことができ、そこで出会った素敵な方々やファンの皆様のおかげで、自分の居場所を見つけられました。「日本とエジプトのどっちが大切なの?」と聞かれればまだ答えは出ませんが、どこの国の出身でも、どんな文化的・宗教的背景を持っていても同じ『人間』なのだということを、この作品を通じて改めて実感しました。
ぜひ、たくさんの方に読んでいただきたいです。

Pick Up!

ダイフク

ダイフク

3歳のときに地球へやってきた、地球育ちのバク星人2世。大学の学費を自分で稼ぐため、友人とゲーム作りに精を出している。

エピソード

第7話より。バク星人でありながら、夢を吸うことができず、バク星の字も読めないダイフク。クールに見える彼も、自分のルーツやアイデンティティについて思い悩んでいる。

好きなキャラクター

ダイフク。共感できる部分が多い点と、バクちゃんに対してなんだかんだ面倒が良いところが好きです。

第13話より。出張花屋の仕事を手伝うことになったバクちゃん。草の夢を根っこまで吸い尽くせば、「雑草だけを枯らしたい」という客の要望に応えられるが…… 。

印象に残ったシーン

バクちゃんが自分の特技を活かせる仕事を見つけたのに、それが草木を枯らしてしまうことだと気付いたシーンです。バクちゃんのように純粋で優しい心を持っていると、ただの雑草刈りがまた違って見えるのかもしれません。

ファイルーズあい
1993年、東京都生まれ。2019年にアニメ「ダンベル何キロ持てる?」(紗倉ひびき役)で初の主演を務め、一躍人気声優に。その後も「推しが武道館いってくれたら死ぬ」(えりぴよ役)、アニメ「トロピカル~ジュ!プリキュア」(夏海まなつ/キュアサマー役)など人気作品に多数出演している。エジプト人の父と日本人の母を持つハーフで、小学校5年生の2学期から小学校卒業までの1年半、エジプトに留学していた経験を持つ。

増村十七コメント

今回、天城サリーさん、宇垣美里さん、オーサ・イェークストロムさん、カメントツさん、澤部渡さん、瀧波ユカリさん、ファイルーズあいさんの、7名もの各界の著名人の方々に、『バクちゃん』を読んでのご感想をいただき、大変ありがたく思っています!

皆さんの、とても細かいところまで読んだ上での、熱のこもったコメントによって、さまざまな角度からの解釈が描き足され、『バクちゃん』という作品に、新しい魅力が加わったように感じました。

本当にありがとうございます!