音楽ナタリー Power Push - 冨田ラボ

本人解説で迫る新世代と作った極上ポップス集

荒川小景
feat.坂本真綾

坂本真綾

ここまでくると曲もそろって全体像がだんだん見えてきて。「Bite My Nails」に加えてもう1曲、曲構造としてスタンダードなもの、コード進行ときれいなメロディで成り立つものが絶対必要だと思って書いた曲です。真綾さんはそういう表現をするのに打ってつけの歌手ですからね。これまで冨田ラボのアルバムにはすべて堀込高樹(KIRINJI)くんの歌詞が入ってるんですけど、今回もまた素晴らしい歌詞を書いてきてくれました。

──真綾さんはボーカリストとして、やはりぜひお願いしたいと。

「Ship」3部作(「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」)くらいまでは自分の中でゲストのバランスを考えていたんです。1stの「Shipbuilding」だとユーミンさん、2ndの「Shiplaunching」だと高橋幸宏さん、大貫妙子さんといったベテランの方がいて、あとはいろんな世代の人っていう感じで。今回は新世代中心というのは考えていたんですけど、自分の書きたい曲調ではどういう人に歌ってもらうか考えた場合、真綾さんは打ち合わせの最初のほうから候補に入っていました。

──冨田さんにとって、坂本真綾さんのボーカルの魅力とは?

真綾さんはキャリアが長い方ですけど、表現にフレッシュさを感じるんです。そこが重要で、彼女は声優でもあるから演じることもできるとは思うんだけど、恣意的ではないフレッシュさを必ず伴った歌声をいつも提供してくれる。ストイックな姿勢が長いキャリアでも失われることがない感じがします。真綾さんの声で高樹くんの詞を歌ってもらうっていうのは大変幸せです。

ふたりは空気の底に
feat.髙城晶平

髙城晶平

髙城さんとは、僕、初対面だったので、家に来てもらって顔合わせしたあとに作り始めたんです。アルバムでは最後の歌モノですから、テンポ感を気にしながらどういう曲がいいか考えて。ミディアムだけど、バラードに寄らない方向でリズムもグルーヴもちゃんとあるもの、みたいなことをたぶん最初に決めたのかな。ラップ的音型の作曲で、ポップス寄りのものでいこうという気持ちでした。

──ceroの3rdアルバム「Obscure Ride」(2015年5月リリース)には、どういう印象を持たれましたか?

2014年末に出たディアンジェロの「Black Messiah」には、ミュージシャンみんな衝撃を受けたと思うんです。その影響を取り入れたサウンドを、あのタイミングで出したスピード感、フットワークの軽さに感心したというか。「先にやられた!」ぐらいのジェラシーも少しありつつ。言葉の選び方にもシンパシーを感じていたので、作詞も髙城さんにお願いしたんです。ブラックミュージックに関心があることはわかっていたので、この曲で僕がやろうとしたラップ的な音階も、きっとうまくやってくれるだろうという読みもあって。キーも普段と比べて低いと思うんですけど、キー決めのときに髙城さんから「これは元キーがいいかも」と言ってくださって。実際、髙城さんの言うように僕がデモトラックで作った元のキーが一番よかった。ceroという総体の中にある髙城さんというより、この曲はボーカリスト・髙城さんみたいな感じの聞こえ方がすると思うので新鮮じゃないかなと思うし、ああいう髙城さんも僕は好きです。

SUPERFINE OPENING(instrumental)
/ SUPERFINE ENDING(instrumental)

──アルバムの冒頭と最終曲をインストにするのは、最初から構想としてあったんですか?

冨田恵一

うん、決めてました。インストは毎回後回しになっちゃうんです。歌モノはまず参加を打診したり、作詞者を考えたり、1曲作るのに段取りが大変なんです。だけどインストは極端なことを言えばマスタリングの前日までに僕が家で作ればいいわけで。制作中に浮かんだことをメモしておけば、それが全部生かされた曲になるし。今回だったらサンプルの断片を配置するのは面白いな、とか。あとはクラウス・オガーマン(アントニオ・カルロス・ジョビン、ビル・エヴァンスなどのストリングスアレンジを担当した作編曲家)の訃報を知って、じゃあ、弦を入れようとか。

──クラウス・オガーマン、今年3月に亡くなりましたね。

今年は訃報が本当に多すぎましたよね。先日もレオン・ラッセルの翌々日にモーズ・アリソンも亡くなったでしょ? モーリス・ホワイトも、ルディ・ヴァン・ゲルダーも今年だし。音楽界でこれだけ多くの人が亡くなったのが2016年というのも非常に象徴的な気がするし、それと同時に自分もそれだけ歳を取ってるんだなというのは思います。

──そういう中で、アルバムタイトルを「SUPERFINE」と名付けた理由は?

そこに至る思いは完全生産限定盤のブックレットに書いたんですけど、僕は突出した人の芸術作品に感銘すると、その人のライフスタイルがどうであろうが尊敬の念を抱くんです。でも、最近は社会的、経済的状況もあるのか、枠組みからはみ出るものはすべて認めない風潮をなんとなく感じていて。だからあえて"SUPER"という言葉は使いたかったんです。それと、作っているときに"今回すげえいいな"と何回も思ったし。それにSUPERFINEには"繊細"という意味もある。それは僕の作業形態にも結び付くところでもあるので。

──いいものができたから早く聴かせたいという思いもあって、今年9月から配信とアナログ7inchで順次リリースされて。

10曲中6曲、先に出してますから(笑)。昔多かった、先に1枚シングルを出してアルバムリリースという形態が今果たして有効なのかどうかっていうのもわからない。リリース形態に関しても、いろいろ試しているところです。

──天野タケルさんが描いたジャケットの絵も、うまくマッチしてますね。

まずシングルを3枚出して、そのあとアルバムというのが決まっていたので、何かの要素が小出しになって最後に全体像が見えてくるものがいいんじゃないかって。

──動物たちは各楽曲のボーカリストをイメージしたものですか?

そうです。誰がどの動物なのかは天野さんにお任せしたので、僕は限定盤のDVDの映像チェックで始めて知りました。先日コムアイさんのラジオ番組に出て「じゃあ、真ん中にいる裸婦は冨田さんってこと?」って言われて(笑)。それも僕が指定したわけではないんだけど。

──このアルバムの再現ライブ、ぜひ観てみたいです。

ライブは来年の2月に予定しています。今ゲストのスケジュールを調整しているところなので、楽しみにしていてください。

冨田恵一
ニューアルバム「SUPERFINE」2016年11月30日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
完全生産限定盤 [CD+DVD+BOOK] 4536円 / VIZL-1040
通常盤 [CD] 3240円 / VICL-64627
CD収録曲
  1. SUPERFINE OPENING(instrumental)
    [作曲・編曲:冨田恵一]
  2. Radio体操ガール feat.YONCE
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:かせきさいだぁ / ボーカル:YONCE(Suchmos)]
  3. 冨田魚店 feat.コムアイ
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ) / ボーカル:コムアイ(水曜日のカンパネラ)]
  4. 荒川小景 feat.坂本真綾
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:堀込高樹(KIRINJI) / ボーカル:坂本真綾]
  5. ふたりは空気の底に feat.髙城晶平
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞・ボーカル:髙城晶平(cero)]
  6. Bite My Nails feat.藤原さくら
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:鴨田潤(イルリメ、(((さらうんど)))) / ボーカル:藤原さくら]
  7. 鼓動 feat.城戸あき子
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:若林とも(CICADA) / ボーカル:城戸あき子(CICADA)]
  8. 雪の街 feat.安部勇磨
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞・ボーカル:安部勇磨(never young beach)]
  9. 笑ってリグレット feat.AKIO
    [作曲・編曲:冨田恵一 / 作詞:Avec Avec(Sugar's Campaign) / ボーカル:AKIO]
  10. SUPERFINE ENDING(instrumental)
    [作曲・編曲:冨田恵一]
完全生産限定盤DVD収録内容

TOMITA LAB STUDIOやRed Bull Studios Tokyoで撮影された、本アルバム制作の全容が分かるレコーディングドキュメント映像を収録。

isai Beat presents 冨田ラボ LIVE 2017

2017年2月21日(火)東京都 LIQUIDROOM

冨田ラボ / 冨田恵一(とみたらぼ / とみたけいいち)
冨田ラボ

1962年生まれ、北海道旭川市出身。大学在学中にギタリストとしてミュージシャン活動を開始し、1988年にはユニット「KEDGE」でアルバム「COMPLETE SAMPLES」を発表。1990年代後半にはプロデューサーとしてのキャリアをスタートさせ、最初に手がけたキリンジが圧倒的な支持を得る。2000年にはMISIA「Everything」がダブルミリオンセラーを記録。2003年からはソロプロジェクト・冨田ラボの活動も並行して行い、「Shipbuilding」「Shiplaunching」「Shipahead」という3枚のアルバムを発表した。2011年3月にはプロデューサーとしてのキャリアをまとめた初のベストアルバム「冨田恵一 WORKS BEST ~beautiful songs to remember~」を、2013年10月には原由子、横山剣、椎名林檎、さかいゆうをボーカルとして迎えた4thアルバム「Joyous」を発表した。2014年に初の音楽書「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」を刊行し好評を博す。2016年11月に若手ボーカリストを起用した5thアルバム「SUPERFINE」をリリースした。