ナタリー PowerPush - THE YELLOW MONKEY

徹底座談会で明かされる新事実とそれぞれの“1曲”

吉井の歌詞は経験、年齢に伴って深まっている

──実質的なラストライブになった2001年1月の大阪ドーム公演、東京ドーム公演については?

結城 私、東京ドームのライブの頃は「Listen Japan」にいて、ライブのネット中継をやらせてもらったんですよ。

有賀 2001年にネット中継って、早いよね。

結城 たぶん日本で初めてくらいだったと思うんですけど。そういうこともあって「いいライブにしましょう」みたいなことも話してたんだけど、やっぱり今までとは全然違う雰囲気のライブでしたね。モヤっとした切なさがあるというか。解散とは言ってないけど、活動休止ということでフェードアウトしちゃうわけじゃないですか。

宗清 俺も行ったよ、東京ドーム。「真珠色の革命時代(Pearl Light Of Revolution)」をやったんだよね。「JAM」もやったし。

結城 そう、みんなが聴きたい曲が満載だったんですよ。ライブ自体はすごかったんです。

──最後の最後で最高のTHE YELLOW MONKEYを見せつけたのかもしれないですね。今も若いファンを生み続けてるのも、THE YELLOW MONKEYのすごさだと思うしし。

結城 アラサーくらいの男の子って、カラオケで「SPARK」を歌ったりしますよね。吉井さんのソロから入ってTHE YELLOW MONKEYを知る人たちも多いだろうし。

有賀幹夫

有賀 うん、それが大きいよね。ほかのメンバーもみんな現役だし。すごいよね、THE YELLOW MONKEYの生命力は。何度も変化を繰り返しながら、ものすごいスピードで駆け抜けていったバンドだから、あとから振り返ってみても面白いし、深いんだよ。

宗清 ソロになってからの吉井くんのライブにもときどき行くけど、ファン層が広いですからね。

結城 そうなんですよね。ここ3、4年の吉井さんの開け方もすごいし、40半ばになってさらに色気が炸裂していて。

宗清 あとはやっぱり歌詞だよね。移籍が決まったあと、最後に吉井くんと高円寺で飲んだとき、こういうことを話したんですよ。「音楽的なことで君にアドバイスできることはないと思う。メロディは天才的だし、ヒットソングを書く能力もある。ただこれから先、バンドとして上を目指すのであれば、詞だけはもっとがんばれよ」って。「追憶のマーメイド」や「太陽は燃えている」には深い思想はないでしょ? でも「JAM」以降の歌詞には、何年経っても記憶に残る、楔になるような言葉がいくつもあるからね。

──そうですね。

宗清 あとね、売れた人間だからこそ書ける歌詞があると思うんですよ。「俺の歌詞を聴いてくれる人が世の中にこんなにいるんだ」と実感できないと書けない歌詞というか。

有賀 売れてからも「こんなもんでいいんでしょ?」って過信しなかったのはどうしてなんでしょうね?

宗清 それが吉井くんの純粋なところじゃないですか? 1つひとつの言葉が人に影響を与えることがわかって、思想的にさらに深いところに行くっていう。経験、年齢に伴って歌詞も深まっていったしね。ソロでリリースした「TALI」(2003年10月発売のソロデビューシングル)もすごいと思いましたよ。あれをTHE YELLOW MONKEYでやってほしかった(笑)。

再結成は「口で言うほど簡単じゃない」

──皆さんはTHE YELLOW MONKEYに再結成してほしいと思いますか?

宗清 何度も言ってるんですけどね、「これがラストチャンスだから、やれよ」って。酔っ払ったフリして言うんだけど、いろいろ理由を付けてごまかされるっていう。

結城雅美

結城 いくつかタイミングはあったと思うんだけど、やっぱり難しいですよね。もちろん見たいですけどね。昔の曲をどういうアレンジでやるんだろう?っていう興味もあるし。

宗清 ただ、もし再結成するとしたら、新曲をやるってことが前提になるからね。そのエネルギーを考えたら、口で言うほど簡単じゃないよ。

結城 メンバーも日々揺れてるんじゃないですか? もう1回やってみたいと思ったり、やっぱり違うなって思ったり。

有賀 今もすごく人気があるから、再結成となると規模がどうしても大きくなると思うんですよ。いきなりそうなる前に、もっとフラットにやりたいんじゃないかな、メンバーは。

高橋 うん、気軽にやりたいっていうのはあると思いますね。

4人が選ぶTHE YELLOW MONKEYの「この1曲」

──7月31日にはファンの選曲によるベストアルバムがリリースされます。最後に皆さんにとっての「この1曲」を教えてもらえますか?

高橋 1曲に絞るのは難しいですけど、やっぱり「天国旅行」かな。自分の体験の中でしか語れないというか、ロンドンのスタジオで爆音で聴いたときのインパクトがすごく残ってるので。西宮スタジアムのライブ(1997年)で聴いた「天国旅行」もすごかった。ねぶた祭りみたいな幟が出てきたり、あのときも「メジャーのど真ん中でこんなことやっていいんだ?」と思いましたね。あとね、あの曲には世代的に「わかる!」っていう雰囲気がいっぱい詰まってる気がする。フラッシュバックするんです、記憶がいろいろと。

結城 私はずっと「Chelsea Girl」(1stアルバム「THE NIGHT SNAILS AND PLASTIC BOOGIE / 夜行性のかたつむり達とプラスチックのブギー」収録曲)が好きって言ってるんですけど、そろそろメンバーにも嫌がられてるし(笑)、それは心の1曲として取っておくとして。今回は「花吹雪」(6thアルバム「SICKS」収録曲)を挙げたいですね。あの曲の和洋折衷のやり方っていうのは、THE YELLOW MONKEYにしかできないと思うんです。日本の美というものが強く感じられて、日本語がすごい響き方をしてるんだけど、演奏は70年代のクラシックなロックに通じて。ライブで演奏したときの開け方も印象に残ってますね。

宗清 俺は「太陽が燃えている」ですね。自分にとってのベストアルバムは「FOUR SEASONS」だし、中でも「太陽が燃えている」は大事な曲なので。例えば新人のアーティストと曲作りの話をしてるときに、あの曲を例に出すことがあるんですよ。自分が関わった曲の話をして、「あれが売れたのは、こういう秘密があるんだよ」って言うと、説得力があるじゃないですか。

有賀 僕は「カナリヤ」(8thアルバム「8」収録曲)かな。おこがましいけど、吉井さんとはソロになってからもずっと関わらせてもらっていて。(バンドからソロへの)ブリッジになってる曲だと思うんですよ、「カナリヤ」は。最後の最後に僕が好きなラインのTHE YELLOW MONKEYらしい、しなやかな演奏を聴けたというか。苦しみの時期を終えて、軽やかというかさわやかというか、「これだよな」と思える感じになったのはよかったなって。悲しいんだけど、希望もあるっていう歌詞も好きですね。

座談会の様子。

座談会出席者 プロフィール

宗清裕之(むねきよひろゆき)
日本コロムビア在籍時、THE YELLOW MONKEYの1992年のメジャーデビューから1996年のシングル「SPARK」まで、すべての作品にディレクターとして携わる。THE YELLOW MONKEY以前には、RED WARRIORS、LOUDNESSなども手がけ、ブレイクに導く。その後日本コロムビアを離れ、ワーナーミュージック在籍を経て、現在は日本クラウンのシニアプロデューサーとして活躍中。
有賀幹夫(ありがみきお)
世界を股にかけるフォトグラファー。代表的な作品にTHE YELLOW MONKEY、忌野清志郎、吉井和哉、THE ROLLING STONESなど。THE YELLOW MONKEYでは1995年の初武道館公演から撮影を開始。アートワークは1996年のシングル「SPARK」から担当し、2000年の「SPRING TOUR」ではドキュメント映像企画を立案する。THE YELLOW MONKEY解散後も吉井和哉とは切っても切れない深い関係を続けている。
高橋栄樹(たかはしえいき)
ミュージックビデオディレクター、映画監督。THE YELLOW MONKEYで手がけたビデオは「SPARK」「楽園」「LOVE LOVE SHOW」「BURN」「球根」「離れるな」「SUGAR FIX」「MY WINDING ROAD」「SO YOUNG」「バラ色の日々」「聖なる海とサンシャイン」「SHOCK HEARTS」「BRILLIANT WORLD」の13作品。また1997年のコンサートをまとめた「RED TAPE」、メンバー初映画出演の「trancemission」では監督を務め、吉井和哉から「第5のメンバー」とまで言われたこともある。そのほかにもMr.Children、ゆず、AKB48 など数々のビデオ作品を手がけている。
結城雅美(ゆうきまさみ)
リクルートの海外旅行情報誌「AB-ROAD」の編集を経て、雑誌「音楽と人」編集長、音楽サイト「Listen Japan」の編集長に就任。現在はフリーランスの編集者、音楽ライター、構成作家として活躍している。吉井和哉、HEESEYとは学生の頃からの知り合いで、「音楽と人」時代(1995~1999年)には毎月のようにTHE YELLOW MONKEYの取材を行った。また「Listen Japan」在籍時の2001年1月には東京ドーム公演「メカラウロコ・8」のインターネット中継に携わった。
ベストアルバム「タイトル未定」 / 2013年7月31日発売 / 日本コロムビア
初回限定盤 [CD+DVD] / 3675円 / COZP-786~7
初回限定盤 [CD+DVD] / 3675円 / COZP-786~7
通常盤 [CD] / 1890円 / COCP-38162
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THE YELLOW MONKEYの全122曲から自分の好きな楽曲を選んで、メッセージとともに投票(1回1曲、計3曲まで投票可能)。集計結果の上位楽曲がベストアルバムに収録される。

応募締切:2013年6月20日(木)23:59

THE YELLOW MONKEY(いえろーもんきー)

1989年12月に吉井和哉(Vo)、菊地英昭(G)、広瀬洋一(B)、菊地英二(Dr)の4人で本格始動。グラマラスなビジュアル&サウンドと歌謡曲にも通じるキャッチーなメロディを武器に、渋谷La.mamaを拠点に精力的なライブ活動を行う。1991年にはインディーズから初のアルバム「Bunched Birth」をリリース。翌1992年5月にはシングル「Romantist Taste」でメジャーデビューを果たす。その後も着実に知名度を高め、1995年4月には日本武道館で初のワンマンライブを実現。「太陽が燃えている」「JAM」「SPARK」といったヒットシングルを連発し、5thアルバム「FOUR SEASONS」は初のオリコン週間ランキング1位を獲得する。その後レーベル移籍を挟み、6thアルバム「SICKS」、ヒットシングル「楽園」「LOVE LOVE SHOW」「BURN」のリリース、「FUJI ROCK FESTIVAL '97」への出演や海外公演、野外スタジアムツアーなどを実施。1998年から1999年には、アルバム「PUNCH DRUNKARD」リリースにまつわる計113本、延べ50万人以上を動員した史上最大のロングツアーを1年間にわたり敢行。トップバンドの名を欲しいままにする。2000年には8枚目のアルバム「8」をリリース。新進気鋭のプロデューサー陣を立て、新機軸を打ち出す。しかし、同年11月に活動休止を突如発表。翌2001年1月の大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)&東京ドームでのライブをもって、長期間の充電に突入する。多くのファンから復活を熱望されていたが、2004年7月に正式に解散を発表。現在もなお、伝説のバンドとして多くのロックファン、アーティストからリスペクトされている。