ナタリー PowerPush - 七尾旅人 vs やけのはら
話題の2人が互いに質問! 相互インタビューで2枚の名盤を解析
一番厄介だったのは1枚きりで我慢したこと
やけのはら アルバム発売おめでとうございます。良かったです。
旅人 緊張してきた!(笑) ありがとうございます、はい。
やけのはら 今まで2枚組とか3枚組とかが多かったじゃないですか。今回1枚のCDにまとめたのはどうしてですか?
旅人 昔は物語を語っていくように、歌が連なっていくことにすごいこだわってたんだけど、でもそういうのは「911FANTASIA」でやりきった感があったから。今回はいかにして普通っぽいアルバムにするかに注意を払ったんだけど、すごい苦戦した。最初はどうつないでもCD2枚分になっちゃって、何曲も削りましたね。すぐ次を作り始めたいくらい。でも今回こういうものがやっと作れたっていうのは、自分にとっては大きいことだと思う。あとはライブ感みたいのを重視しましたね。
やけのはら ライブ感ってどういうことですか?
旅人 今までは、ライブでやってることをCDでやろうとは思ってなくて、ライブでやってない曲だけで3枚組アルバム作ったりしてたの。ライブとレコードで考え方を完全に分けてたんですよ。でもやっぱ異常に大変で。普通に考えたら一致してるほうがいいじゃん。ほとんどのロックバンドみたいに、ツアーとかやって曲を練っていって、時期が熟したら録音する、ってのが効率的じゃない。
やけのはら 確かにそうやって考えてるのかな、という感じはしてた。
旅人 効率化したらおしまいだと思ってたから。ミュージシャンやってく上で。
やけのはら でも効率化なんて言うと聞こえが悪いけどさ、曲が練られてから録って、お客さんも曲を知っててくれてっていうのは別に……。
旅人 悪いことじゃないけど、でもそれだとできないこともあると思ってて。だから2枚組、3枚組を作ってた頃までは、ライブとは全然違うことを、レコードでしか創造し得ないことを目指してたね。だけど今回は逆にライブでやっててお客や仲間に評判が良いやつを、1枚のCDに入る範囲でコンパイルしたと。だから、自分にとって初めてのタイプのアルバムだから戸惑ってる部分はある。
やけのはら ずっと旅人くんはファンタジー感をひとつのモチーフにしていたと思う。「911FANTASIA」っていうアルバムタイトルもそうだし。今回もそういうベクトルの曲はあるんだけど、でも全体の印象で言うとなんかファンタジー感みたいのが少し薄れたっていうか、もうちょっと身の丈にあったアルバムになったというか。今の話を聞いても思ったけど、いろんな考えや意志を持ってがんばって作った3枚組と違って、無理をしてない地に足の着いたアルバムだって感じはしたな。
旅人 うんうん。確かに。ありえないものを作ってやろうとか、そういうことでもないんだよね。単にライブでやってることをCDでもやってみたっていうだけで。そういう意味じゃ、すごく野心の乏しい作品。
やけのはら そんな言い方しなくていいじゃん!(笑)
旅人 いやいや、でもそうなんです。
やけのはら まあ、確かに今まではね。野心って言葉がどうなのかわかんないけど、例えば3枚組にしたって、みんなのやってない形に落とし込もうっていう意思は感じたけどね。
旅人 目の前の状況にすごく焦りがあったので、同業者とか批評家とかの嫌がりそうなことを全部やろうと思ってた。で、まさにやけくんが言ってるとおりで、これはやらなきゃ! 何年かけてでも実行しなきゃ! みたいなミッション完遂への意志でみなぎってたの。楽しむために作っていたわけではなかった。でも今回は楽しかったな。ただ、1枚きりで我慢するっていうのが一番厄介だった。
やけのはら (笑)。
旅人 大事な曲が他にもいっぱいあったんだけど、とにかくそれをどこまでザクザク捨てるかっていうことを考えて。世の中にどんなアルバムが多いかっていうと、1年くらいかけて曲を書いて、で、その中から良い順に上位10曲をCDに詰めるんだよ。それが俺どうしても耐えられなくて。なんかすごい怠惰な感じがして。でも30歳になった記念で少し近いことをやってみたの。まだね、アルバム2枚作れるくらい曲はあるから、それ早くやりたいな。すごい気に入ってる曲なんですよ。ライブではやってるんだけど、全然これには入りきらなかった。
ずっと封印してたものが出てきた
旅人 30歳になったことで変わった部分もあると思う。「1979、東京」で家族のことを歌ったり、30歳になるまでこんな歌詞は書けなかった。別に曲で何か特別なことを言おうとするんじゃなくて、ちょっと軽く弱音吐いてみたりとか、そういうことができるようになった。
やけのはら なるほどね。そういう感じかもね。
旅人 身の丈感。
やけのはら リラックスしてる感じっていうか。
旅人 やっぱりなんか、恵まれてるからだと思うんだよね。今は家族とか仲間とかがいるし。それまでは独力でどこまでやれるかみたいな、挑戦みたいなとこもあったけど。
やけのはら 風通しがすごいいい感じはするなぁ。
旅人 僕は毎回真逆のことをやりたがるから、「911FANTASIA」は独力で、物語で、っていうのを大事に考えてたけど、今回は周りにある恵みをちゃんと生かそうと思ったの。だからやけくんの声とか、友だちや仲間の音も結構入ってるし、とにかく真逆なことをやってみたと。で、大事な曲を全部はずしまくってさ。
やけのはら いやいや、そんなこと言わなくていいじゃん(笑)。
旅人 だって実際そうだもん。
やけのはら まあね、良い曲も外したけど、でも大事な曲も大事な曲でちゃんと入ってんじゃん。
旅人 そうだね。ありがとう。なんかまだ今ひとつ実感ないけど、ほんと自分にとって重要な作品な気がする。
やけのはら 風通しの良さはジャケットの雰囲気にも感じるよね。対比させるわけじゃないけど「911FANTASIA」とかは黒っぽいジャケだったじゃん。どっちかっていうと「911FANTASIA」は、内へ内へとこもったイメージが脳内でバーって広がる感覚だったけど、今回は空気感が真逆で、より開かれた感じっていうか、一気に風通しが良くなって肯定的な雰囲気になった。
旅人 そうだね。そういう意味じゃ真逆なのかもしれないね。
やけのはら それはどうしてだと思う?
旅人 やっぱり、あのやり方はやりきった、っていうのがあるんじゃないかな。
やけのはら まあ、そういうやり方を続けてたら危ないよね。内にこもり続けながら3枚組、4枚組とかを作ってたら、次のアルバムが完成するの10年後になりそう(笑)。
旅人 たしかにそうだし、死んじゃうんじゃない?(笑) リリースされてないけど「911FANTASIA」の前に「さいはて」っていう、宗教とかイラク戦争をテーマにした2枚組作ってたのよ。だから「911FANTASIA」でいきなりああなったんじゃなくて、20代はずっとそういうことやってたの。それは自分にとって戦いだった。でもそういう時期を抜けて30歳になった瞬間、それまで絶対に人の言うことを聞かずに音楽を作ってたのに、他人の意見なんかも採用できる気持ちの余裕ができた。
やけのはら なるほど。
旅人 とは言え、ポップスとか大好きで、昔から常に作ってはいたのよ。出さないままいっぱいお蔵入りになってんだけど(笑)。晩飯のときとか笑いを取るために即興で歌謡曲作って歌うと、家族にドーッとウケるのね(笑)。ピンク・レディー風とか、平井堅風とかでパッと曲作ると、食卓がドカーンと沸くのよ。そういう曲はすぐ忘れるんだけど(笑)、ギャグで作った曲の中にもすごく良いのもあって。「どんどん季節は流れて」も、「911FANTASIA」のマスタリングが終わった翌々日ぐらいに「よし! 3年間めちゃくちゃがんばったから息抜きにポップス作ろう!」って感じで作った曲なの。なかなかそういうの出すタイミングがなかったんだけど、今回はずっと封印してたものが出てきてる感じもあるよね。
CD収録曲
- MIDNIGHT TUBE
- I Wanna Be A Rock Star
- one voice(もしもわたしが声を出せたら)
- 検索少年
- シャッター商店街のマイルスデイビス
- BAD BAD SWING!
- なんだかいい予感がするよ
- あたりは真っ暗闇
- beyond the seasons
- どんどん季節は流れて
- Rollin' Rollin'
- 1979、東京
- おめでとう
- 私の赤ちゃん
CD収録曲
- Summer Never Ends
- ロックとロール
- SUPA RECYCLE
- 自己嫌悪
- ECHO FROM PARTY
- NIGHT&NIGHT&YOU
- DING DONG DANG
- DAY DREAMING
- ECHO FROM RECORD
- Rollin' Rollin' (アーバンソウル)
- I REMEMBER SUMMER DAYS
- BYE BYE BYE
- ECHO FROM SUMMER
- GOOD MORNING BABY
七尾旅人(ななおたびと)
1979年生まれのシンガーソングライター。1998年のデビュー以来、ファンタジックでメッセージ性の強い歌詞とオリジナリティあふれるメロディで幅広い音楽ファンを魅了している。2007年9月11日には3枚組のミュージカルアルバム「911FANTASIA」をリリース。ライブ活動も精力的に行っており、ライフワークと銘打った弾き語り独演会「歌の事故」や、全共演者との即興対決を行う「百人組手」といった自主企画を不定期に開催。各地のフェスやイベント、Ustream中継などで伝説的なステージを生み出し続ける。2010年からはダウンロード販売システムDIY STARSを提案し、自らの新曲を直販。2010年7月「billion voices」をリリースした。
やけのはら
DJ、ラッパー、トラックメイカーなど多岐にわたる活動で、アンダーグラウンドシーンを席巻。DJとしては年間100本以上の多種多様なパーティでフロアを沸かせ、多数のミックスCDを発表している。またラッパーとしては、アルファベッツのメンバーとして2003年にアルバム「なれのはてな」を発表したのをはじめ、STRUGGLE FOR PRIDEやBUSHMINDなどの作品に参加し、曽我部恵一主宰レーベルROSE RECORDSのコンピレーションにも個人名義のラップ曲を提供。マンガ「ピューと吹く!ジャガー」ドラマCDの音楽制作、テレビ番組の楽曲制作、イルリメ、環ROY、Aira Mitsukiなどのリミックス、多数のダンスミュージックコンピへの曲提供など、トラックメイカーとしての活動も活発に行なっている。ハードコアパンクとディスコを合体させたバンドyounGSoundsではサンプラー&ボーカル担当。2009年には七尾旅人×やけのはら名義でリリースした「Rollin' Rollin'」が音楽通の間で大きな話題になり、2010年に初のラップアルバム「THIS NIGHT IS STILL YOUNG」をリリースする。