ナタリー PowerPush - 鈴木祥子

5年ぶりのシングルCD「my Sweet Surrender」でポジティブに「愛の復権」を歌う

落ちて這い上がるプロセスこそ生きること

──音楽を辞めようとまで思って、不思議なタイミングでセルフ撮りの映画があり、今また音楽活動をしている。以前の自分と今の自分は何か違うなという手応えは感じますか?

インタビュー写真

よもや自分が音楽をやりたくなくなる日がくるなんて、考えたこともなかったんです。音楽は命の友達だし、音楽に救われてきたし、音楽をやることが自分だと思っていた。それを辞めたいと思うようになった自分がまずショックだった。情熱というのはなくなるんだ、それは加齢なのかモチベーションのなさなのか、時代性なのかわからないですけれど、あんなに確かだと思っていたものが、そこまで意味がなくなってしまうという、その変貌に落ち込んだんです。それでも人はまた情熱を取り戻して、また歩いていこうとするものなんだって。そこまで落ちて這い上がるプロセスを体験できたことは貴重だったと思います。そのプロセスこそが生きる、ということなんじゃないかな。手放してもまた取り戻すであろうという幻想、そこにつかまって生きていくのが人間だし、それを肯定しないと生きていけないから。恋愛でもなんでも、幻想でも何でも、とにかく”生きている自分”を肯定しようというポジティブなバイアスをかけることが大切で、それは日本の社会に欠けていることのような気がするんですよね。自分のなかの根本的な生命力をもっと信頼してあげる。それはこの映画「無言歌~romances sans paroles~」を撮る機会をいただいて学んだことだと思います。

──今の祥子さんの言葉は言ってみれば「他人を信頼をする強さや勇気を得る」ということですね。こんなことをしたら嫌われてしまうじゃなくて、とりあえず行動してみること。それは相手への信頼が必要ですよね。

相手への信頼だし、自分への深い信頼がないとできない。歌を書くことって自分にだけにしか興味がなくなりがちなことだと思うんです。もっと人とつながったり、人のことを考えていくこと、そしてやっぱり歌い続けて、作品を作り続けて、ライブをやり続けることしかないんじゃないかな。

人を思う気持ちが今一番の原動力

──映画の中でお父様の存在が祥子さんにとっての大きな衝動の一部であったことが語られています。それがなくなってしまって、祥子さんのなかで起爆剤になるものなり、エネルギー源になるものは何かありますか?

以前は恋愛からエネルギーをもらおうとしていたんです。20代までは自分を理解してほしいとか愛してほしいとか、それは父親の影が常にあったから。父親に受け入れてもらえない、その欠乏感を恋愛で埋めようとする不安定さがずっとあったんです。その父親が死んでしまったから、そんなもの求めてもしょうがない。悲しい時期を通り越して、だんだん自分はどうしたいのかとか、根本の自分への信頼を育てる期間が必要だなと思うようになって。その人は今何を考えて、どういうことを言われたりされたりしたらうれしいかなということを考えるようになった。以前とは違う“人を思う気持ち”、それが一番の自分の原動力です。

──それは恋から愛への移行?

きっとそういうことなんですよね。まだ全然途中なんですけれど。

──一番面白くてスリルがあるのは、できあがったものより、その過程。だから鈴木祥子さんという完成形がどこにあるのか私はわからないですけれど、今その途上にあるというのがすごくわくわくするし、この先どうなるのかなって……観てるほうは無責任なんですけれどね(笑)。最後に今、私たちに必要なものは何だと思いますか?

愛、というものについて、自分も含めて今一度考えてみたらどうでしょう、ということ。愛の復権です(笑)。女にとって愛、とか愛するってすごく大事な命題なんで。今の時代、存在の根本から溢れてくる愛する気持ち、っていうものの価値がすごくゆがめられている気がするんです。女の人を“愛”じゃなく“打算”とか“フリーセックス”みたいな方向に先導するような言説が多いのには、日々思うところがあります。自分だけは違う! とか思ってても、社会がそうである限りは引きずられてしまうから、ここでポジティブなバイアスが必要になってくると思うんです。女は人を愛していないと生きていけない。人に愛されないと生きられない。それは女の「弱さ」として片付けられがちですけれど、それを女の「強さ」として捉えたいんです。女の人自身が自分の中の愛と向き合ってみることしかないと思う。自分についても言えることですが、愛は女の美点であって、生命力の輝きそのものって気がします。婚活より何より愛する能力を育てること、それしかないんじゃないかと思います。

アーティスト写真©ハービー・山口

ニューシングル「my Sweet Surrender」 / 2010年4月8日発売 / 1500円(税込) / UPLINK RECORDS / ULR-021

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CD収録曲
  1. my Sweet Surrender
  2. 名前を呼んで~When you call my name
  3. 恋人たちの月
  4. 黒い夜 [Live ver.]
  5. あたらしい愛の詩 [Live ver.]
  6. my Sweet Surrender [karaoke]
  7. 名前を呼んで~When you call my name [karaoke]

DVD「無言歌」 / 2010年4月8日発売 / 5040円(税込) / UPLINK / ULD-532

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Disc1

『無言歌~romances sans paroles~』本編

Disc2

『名前を呼んで~When you call my name』

  1. 5years,/AND THEN...
  2. シュガーダディーベイビー
  3. BLONDE
  4. 恋人たちの月
  5. Father Figure
  6. 名前を呼んで~When you call my name
鈴木祥子(すずきしょうこ)

鈴木祥子

1988年、エピックソニーよりシングル「夏はどこへ行った」でデビュー以来、14枚のオリジナルアルバムを発表。日本を代表するシンガーソングライターとして活動を続ける。中学の頃からピアノを習い始め、高校時代になり一風堂の藤井章司に師事しドラムを学ぶ。卒業後、原田真二やビートニクス(高橋幸宏・鈴木慶一)、小泉今日子のバッキングメンバーを経て、デビュー後は国内では数少ない女性のマルチプレイヤーとしても地位を確立する。またソングライターやサウンドプロデューサーとして小泉今日子、松田聖子、PUFFY、金子マリ、渡辺満里奈、坂本真綾、川村カオリなど、数多くのアーティストを手がけ、高い評価を得ている。2008年、デビュー20周年を記念して渋谷C.C.Lomonホールでライブを開催。2009年には出演・撮影・主題歌を手がけたドキュメンタリー映画「無言歌」が公開された。そして2010年、約5年ぶりとなるニューシングル「my Sweet Surrender」をUPLINK RECORDSより4月8日にリリース。