ナタリー PowerPush - 曽我部恵一
全23曲67分「まぶしい」の秘密
曽我部恵一がニューアルバム「まぶしい」をリリースした。前作「超越的漫画」からわずか4カ月というスパンで届いたこのアルバムは、なんと全23曲67分という大ボリュームの意欲作。なぜこうした作品ができたのか。大きな転換期を迎える曽我部本人にじっくりと話を聞いた。
取材・文 / 大山卓也 撮影 / 佐藤類
歌いたいと思った心の動きがそのまま曲になる
──またしてもかなりの問題作が完成しました。なぜこんな、23曲67分という大作になったんでしょうか?
まず「汚染水」っていう曲ができた。「超越的漫画」の完成直後だったんだけど。
──「汚染水」のことは前回のインタビュー(参照:曽我部恵一「超越的漫画」インタビュー)でも話してましたよね。
このアルバムはそこから始まってると思う。そのあと「ちりぬるを」っていう曲ができて。一連の曲が何を意味してるのか、何ができようとしているのかっていうのが自分でもわからないまま、曲がどんどんできていった。
──それにしても「汚染水」からまだ4、5カ月ですよね。その短い期間でこんなにたくさんの曲ができるものなんですか。
うん、どんどんできた。
──「超越的漫画」を作る際に、たわいない日常の出来事やちょっとした感情も全部歌にすることにしたと言ってましたよね。いわゆる歌っぽいテーマじゃなくても歌になるんだって。
そう、前のアルバムのときはそんなふうに思った。自分が夜中にカレーライスを作っている情景だけでも歌になるんじゃないかというような。そういう認識が今回のアルバム制作の入り口にはなってる。
──「超越的漫画」とこの「まぶしい」の違いはどこにあると感じます?
姉妹編みたいに思えるんだけど、手触りは全然違うね。「超越的漫画」はとにかく昔のものに感じていて、もう10年も前の作品みたいな気がしてる。
──なぜそんなにどんどん曲ができたんでしょう。作り方は以前と変わりました?
アルバムの最後の「まぶしい」っていう曲で言ってるんだけど、「こういうことを歌いたいな」って思った心の動きが、もう歌なんだなあって思った。
──どういうことですか?
何かを歌にしたいと思うとき、何かに心を動かされるってことがもうすでに自分にとっては歌なんだよ。それを土台にして曲を組み立てていくという行為がなくても、その心をすっと外に出したらもう歌になってる。今回はそういうふうにしたかった。
ちゃんとした棚に並ばなくていい
──今回はいわゆる歌の体裁を保った曲もあれば、日記ですらない断片みたいなものもありますね。サビもないままAメロだけで終わってみたり。
実生活の中でさ、サビまでいかないことっていっぱいあるじゃない。瞬間的な感覚で終わっちゃうことっていうのが。
──そうですね。
それはそのままにしておきたい。ずっとなかなか形にならないような思いを曲にするときはじっくり大サビまで作るかもしれない。でも瞬間的な「これうめえ!」みたいな感動もあるわけで。そういうものも含めて、自分の宇宙、自分の日々のあらゆるものを歌にしてみたい。
──何かの気持ちを歌にしようと思ったときに、普通だったらAメロでこういうことを歌ってBメロでこれを歌ってサビで爆発させよう、といった具合に1つのパッケージにまとめるわけですよね。今の曽我部さんはそれを放棄してるということ?
うん、放棄してるかもね(笑)。だって例えばAメロで歌ってることが一番大事なんだったら、Bメロとかサビとかいらないじゃん。もしこれが洋服だったら「袖とかちょっとないんですけど」っていうわけにはいかないよ。商品にならない。でも音楽はなんだっていいんだよ。1行だけでもいい。っていうのを最近すごく思うよ。
──ポップソングのフォーマットは必要ない?
だって形を整えなきゃならないっていうのはあれでしょ? 商業的な意味合いで、そうしないと棚に並ばないからっていうだけの話でしょ? 俺は別にちゃんとした棚には並ばなくていいじゃんって思ってるから。
──例えばこのアルバムに入ってる「あぁ!マリア」という曲の歌詞は「あぁ!マリア」だけだし、「とんかつ定食たべたい」という曲もタイトルそのままの非常にシンプルな内容です。これらの曲がラジオで流れたり、単体で商品になるかというと……。
だから難しい話だよね。「商品じゃないんだよ」って言ってるけど、商品にしてるわけだから。
──と同時に、たくさんの言葉とメロディと展開がないと伝えられないことも依然としてあるわけですよね。
うん。「碧落 -へきらく-」って曲は、“歌”っていうフォーマットの中でやったもの。始まりから終わりまでの1曲で聴き手を揺さぶれたらいいなって思ってる。
──既存の歌のフォーマットを壊そうとしているわけではなく、それもアリだし、そうじゃないものもアリになった?
日常ってそういうものでしょ。一生懸命やるものもあれば途中で投げ出すものもあるじゃない? それを全部入れたい。全部大事なものだって思うんだよ。
収録曲
- 東京はひとりで歩く
- 汚染水
- ちりぬるを
- 純情
- ママの住む町
- 碧落 -へきらく-
- とんかつ定食たべたい
- だいじょうぶ、じゅんくん
- それはぼくぢゃないよ
- 工場街のシュウちゃん
- ホームバウンド、ホームバウンド
- あぁ!マリア
- ボサノバ
- 悲しい歌
- ハッピー
- 心の穴
- 夕暮れダンスミュージック
- 一年間
- 夢の列車(第二部)
- 高まってる
- パレード
- 坂道
- まぶしい
初回限定盤は3Dジャケット&3Dメガネ付き。
曽我部恵一(そかべけいいち)
1971年生まれ、香川県出身のシンガーソングライター。1990年代からサニーデイ・サービスの中心人物として活躍し、バンド解散後の2001年からソロアーティストとしての活動を開始する。精力的なライブ活動と作品リリースを続け、客演やプロデュースワークなども多数。現在は曽我部恵一BAND、および再結成したサニーデイ・サービスのメンバーとしても活動しており、フォーキーでポップなサウンドとパワフルなロックナンバーが多くの音楽ファンから愛され続けている。2004年からは自主レーベル「ROSE RECORDS」を設立し、自身の作品を含むさまざまなアイテムをリリースしている。3児の父。