ナタリー PowerPush - RHYMESTER

混迷の現在を描いた渾身のヒップホップアルバム

落ち込むことは、次に行くためのプロセス

──Dさんが「ノーサイド」で歌った「今は前を向くな / 歩いて行くな / 立ち上がるな / 決して涙を拭くな」というラインは、かなり強烈でした。

Mummy-D

Mummy-D この歌詞を書いたとき、俺自身が凹んでたんじゃないかなあ(笑)。

──(笑)。

Mummy-D 本当にいい歳こいて凹んじゃうことがいっぱいあるんだよ。音楽についても、日々の生活についても「ああ、ダメだなあ」って。一見こんな華やかそうに見える仕事をしててもさ。そういうとき自分自身に響く曲は、いわゆる形骸化した「がんばれソング」じゃないんだよね。

──このリリックは「がんばれソング」の真逆ですね。

Mummy-D 俺さ、「がんばれソング」にずっと違和感を感じてたんだよ。俺にとって落ち込むことは、ただの自己憐憫ではなくて「次に行くためのプロセスだ」って考える部分があって。1回しっかり落ち込んで、何がいけなかったのかを見直すんだよね。そんなときに「落ち込んでたって、なんにもいいことないよ♪」とか言われると、すげー腹が立つ(笑)。だからああやって歌うことでちょっとでも救われる人がいるかなと思ったんだ。

──その「がんばれソング」への違和感は、1曲目「ダーティー」で宇多丸さんが歌っている「地獄への道は善意で舗装」というラインにも通じるものがありますね。

Mummy-D 本質的な話だけどさ、歌って「右へ行け」「前に行け」「立ち上がれ」みたいなさ、そういうものが良しとされるじゃん。

宇多丸 そう。欺瞞か命令ばっかりなんですよ。その実像はゲス野郎ばっかりなのに(笑)。そういう自分の思いを正直に出したら、こういう歌詞になったんです。

「The Choice~」のトラックで「It's A New Day」を歌う可能性もあった

──「It's A New Day」はアルバムのラストのような内容ですね。

宇多丸 そうですね。アルバムとしては「It's A New Day」がラストという設定で、「The Choice Is Yours」は映画のエンドロールのような役割なんです。

Mummy-D 実は「It's A New Day」ってタイトルだけは先にあって。前のミニアルバム「フラッシュバック、夏。」を作った直後に「次の曲のタイトルは『The Choice Is Yours』か『It's A New Day』か」って感じだったんですよ。

宇多丸 結局「The Choice Is Yours」がああいう形でシングルになったけど、実は「It's A New Day」のトラックで「The Choice Is Yours」を歌う可能性もあったんですよ。そうすると歌詞の内容自体が大きく変わっていたでしょうね(笑)。今回のアルバムは、裏でいろんな出会いと組み合わせがあったんですよ。

──「The Choice Is Yours」のトラックで「It's A New Day」の歌詞だったら超アッパーな希望に満ちた感じになるし、逆に「It's A New Day」のトラックで「The Choice Is Yours」の歌詞だったら、かなりシリアスなトーンになっちゃいますね(笑)。

Mummy-D だよね(笑)。で、「It's A New Day」の歌詞は、スタジオと家を往復するだけの生活だった俺自身のリアリティから生まれたんだよね。さっきから何度も言ってるけど、本当にただの普通の人としての感覚。地下鉄とかに乗ってるときとか、「皆さん、お疲れだなあ」とかさ。そういう感覚じゃなければ、絶対出て来ない歌詞だね。

──Dさんの最初のバースは、絶望の先にあるすごくかすかな希望というものが表現されてますよね。

Mummy-D それは「ゆめのしま」「It's A New Day」「The Choice Is Yours」というアルバム最初期に作られた楽曲にはすべて込めたんだ。だから、やっぱり、今回のアルバムで俺自身が言いたかったことなんだと思う。

──でも、「だって生きていくしかねぇんだ / まだ何も書き込まれてない未来」のようにリスナーを突き放すような視点も入っています。

宇多丸 「It's A New Day」ってポジティブな言葉のように聞こえるけど、新しい日が否応なく来てしまうっていうことは、実は結構キツいことだよなっていうさ。でも「しょうがねえなあ」っていうか。「新しい日は来ちゃったし、自殺するんじゃなきゃ、生きていくしかないよね」って。正直、俺だってどうしたらいいかわらないし。

──そのわからない気持ちを受けての「The Choice Is Yours」ということですね。

宇多丸 わからない気持ちですら、力強く言ってしまった曲だね。

DJ JIN そうですね。今回のアルバムは、アルバムを通して聴くことで1曲1曲を聴くことでは味わえないストーリーが見えてくるという妙味を感じてほしいです。

椅子があるほうがチケットが売れるんだって

──アルバムを携えて行う今回のツアー「KING OF STAGE VOL.10 ~ダーティーサイエンス Release Tour 2013~」はどのようになりそうですか?

DJ JIN

DJ JIN まだこれからですけど、今回のツアーでは面白いことをたくさんやろうと思っています。期待しててください!

──今回はホール公演が多いですね。

宇多丸 椅子があるほうがチケットが売れるんだって。俺らのファンも足腰が悪い人たちが増えてきたのかな(笑)。

DJ JIN この前クラブでファンの人に「RHYMESTERのライブって2~3時間あるじゃないですか。でも、オレたちはその前に1時間くらい立って待ってるんです!」って言われて(笑)。

宇多丸 入場から開演まで1時間あるからね。さらにグッズとかで並ぶ人はそこから1~2時間立ってるわけだから、5~6時間も立ちっぱなしってことだ(笑)。

ニューアルバム「ダーティーサイエンス」/ 2013年1月30日発売 / Ki/oon Music
初回限定盤 [CD+DVD] / 3360円 / KSCL-2194~2195
通常盤 [CD] / 3059円 / KSCL-2196
アナログ盤(完全生産限定盤) [アナログ2枚組] / 3800円 / KSJL-6163~6164
CD収録曲
  1. ダーティー
  2. ゆめのしま
  3. スクリーム
  4. ドサンピンブルース feat. キエるマキュウ
  5. ダーティーサイエンス
  6. グラキャビ
  7. ナイスミドル
  8. サバイバー
  9. Deejay Deejay
  10. ノーサイド
  11. It's A New Day
  12. The Choice Is Yours
初回限定盤DVD収録内容
  • 「ゆめのしま」Music Video
  • 「It's A New Day」Music Video
  • 「Deejay Deejay」Music Video
RHYMESTER(らいむすたー)

宇多丸、Mummy-D、DJ JINからなるヒップホップグループ。別名「キング・オブ・ステージ」。1989年にグループ結成。ライブ活動を中心に支持を集め、1993年にアルバム「俺に言わせりゃ」でインディーズデビューを果たす。1998年発表のシングル「B-BOYイズム」、翌1999年発表の3rdアルバム「リスペクト」のヒットで日本のヒップホップシーンを代表する存在に。2001年からは活動の場をメジャーへと移し、4thアルバム「ウワサの真相」リリースする。2007年、日本武道館での「KING OF STAGE Vol.7」公演を成功させるも、これを最後にグループ活動を休止。その後2009年10月にシングル「ONCE AGAIN」で本格的に活動再開。宇多丸はラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」のメインパーソナリティを務めるほか、テレビなどでも活躍している。Mummy-DとDJ JINは他アーティストのプロデュースなども行う。2010年にアルバム「マニフェスト」、2011年にアルバム「POP LIFE」とミニアルバム「フラッシュバック、夏。」をリリース。2013年1月30日には9thアルバム「ダーティーサイエンス」を発表する。