音楽ナタリー Power Push - 鬼束ちひろ

孤高の歌姫、原点回帰

3カ月で30曲を書き下ろし

──アルバムの収録曲はいつ頃書いたものですか?

「悲しみの気球」だけ2000年頃の曲で、あとは全部最近書いたやつです。

──鬼束さんが過去に作った曲を歌うのは珍しいですよね。

鬼束ちひろ

そうですね。普段いらない曲はどんどん捨てちゃうんですよ。何百曲捨ててきたかわかんない。でも「悲しみの気球」はその当時唯一捨てられなかった曲だから。で、こうやって今歌いたい曲の中に入れて浮かないっていうことは、たぶん私の感性はずっと変わってないんだなって思いました。

──そのほかの収録曲は、アルバム制作が決まってから書いたんですか?

うん、ディレクターの木谷さんが、すごく優しく「じゃあ今から3カ月で30曲書いて」って。

──えっ、それは相当大変なのでは?

しんどかったけど書きました(笑)。計算したら3日で1曲とか。で、その中から8曲をチョイスしてもらいました。

──今回のアルバムで特に印象的な楽曲はありますか?

ひいきするのもアレなんですけど、ディレクターさんの推し曲も、自分が一番好きな曲も「弦葬曲」っていう曲ですね。表現力っていうものにめちゃくちゃこだわって歌いました。このアレンジがすごく好きで、もともとこの曲は「シンドローム」っていうタイトルだったんですけど、アレンジができてタイトルを変えたんです。

──演奏を聴いて「弦葬曲」というタイトルにした?

そう。「月光」のときもそうだった。アレンジが決まって「月の光が射してるみたいだな」と思って「月光」って付けたんです。「弦葬曲」は弦がすごく目立ってて、私の中では荒れた砂漠を四つん這いでずっと進んでくみたいなイメージ。寂しくて忍耐力がいる感じ。

──今回は全曲、鈴木正人さん(LITTLE CREATURES)のアレンジですよね。

最初に一緒にやったのが「good bye my love」だったんですよ。で、「私の曲をこういうふうに受け止める人がいるんだ」と思って。

──大げさに盛り上げすぎない、あくまで歌を主役に置いたアレンジですよね。

そうですね。曲をすごく聴き込んで、大事にしてくれてるなって思いました。

乗り移ってる自分に忠実

──アルバムの初回限定盤には最新のライブ音源が収録されていますが、こちらもかなりの熱演ですね。

今はライブで歌っているときは、詞曲を作ってるときともまた違う何か、なんか自分の中に確固たる基準みたいなものがあるんですよね。「ここまでいかないと許せない」っていう。だから歌い終わると一気に老けるんです。足とかめっちゃつる。

──ライブを観ていると、全身全霊を込めて歌ってるのがわかります。

鬼束ちひろ

やっぱりチケット代を払ってわざわざ来てくれた人に何かを感じ取ってもらいたいので。人の前に立つ以上、それに応えるパフォーマンスをしなきゃっていう感情がある。

──その感情は以前よりも強くなっていますか?

うん、さらに強くなってます。変な言い方だけど、今は乗り移り方がハンパないんです。それが自分でわかる。ライブのときはもう立てないってくらいの緊張が毎回くるんですけど、どっかでそれを乗り越えてスイッチが入る。女優みたいな自分が出てくる。若いときはどっかで「いいのかな、こんな自分を見せて」っていう気持ちがあったんですよ。でも今はもっと乗り移ってる自分に忠実っていうか。

──ところで今さらこんな質問もどうかと思うんですが、鬼束さんはステージではいつも裸足ですよね。どうして靴を履かないんですか?

うーん、そろそろ履いてもいいだろうとは思うんですけど、やっぱり無理なんです。自分の中での微妙な何かが、なんて言うかな、ダメなんですよね。

──何かが違う?

うん、たぶんすごく感覚的な話なんですけど。履いてたら完璧に乗り移れないっていうか。自分の中で何かがあるんだと思う。あと靴は単に邪魔ですよね。家の中でもずっと裸足だし。

猫みたいな人生がいい

──最後に今後の展望について教えてください。

猫を飼い始めて2年になるんですけど、猫みたいな人生が送れたらいいなって思うんです。好きなときに寝れて、かわいがられて。そうなりたいんだと思います。

──今は好きなときに寝てないんですか?

鬼束ちひろ

寝てる。

──好きなときに食べてますよね?

食べてる。

──たぶん普通の社会人に比べたらだいぶ自由なほうだと思いますけど。

うん(笑)。でも、なんて言えばいいんだろう。20代の後半みたいに無理したくないんですよね。自分なりに手探りとか好奇心とかでいろいろやってたんだけど、やってみてわかった。好奇心で暴走してもすぐに疲れちゃう。そういうのより猫みたいな生活のほうがいいなって思って。

──好奇心に突き動かされて嵐のような日々を送っていた鬼束さんが、落ち着いた環境を得て、新たな気持ちで創作に向き合えるようになったんだとしたら、それはすごく喜ばしいことだと思います。

うん。

──新しい曲もどんどんできてるんですか?

いや、今は全然書いてない(笑)。

──じゃあまたそのうちディレクターの先生から宿題が降ってくるんですね。

そうですね。「書け」って言われて書くほうが得意だから。

──褒められて伸びるタイプですもんね。

そう、結局褒められると犬みたいにがんばっちゃうんです(笑)。

鬼束ちひろ
ニューアルバム「シンドローム」2017年2月1日発売 / Victor Entertainment
初回限定盤 [CD2枚組]3996円 / VIZL-1087
通常盤 [CD] 3024円 / VICL-64691
CD収録曲
DISC 1
  1. good bye my love
  2. 碧の方舟
  3. 弦葬曲
  4. Sweet Hi-Five
  5. ULTIMATE FICTION
  6. 悲しみの気球
  7. シャンデリア
  8. 火の鳥
  9. good bye my love(acoustic version)
DISC 2(初回限定盤のみ)

LIVE 2016 BEST SELECTION ~TIGERLILY

  1. 月光 ※
  2. 眩暈 ※
  3. 流星群 ※
  4. 私とワルツを *
  5. MAGICAL WORLD ※
  6. everyhome *
  7. 蛍 ※
  8. 帰り路をなくして ※
  9. 惑星の森 *
  10. 夏の罪 ※

*Live at 大阪サンケイホールブリーゼ on July 22, 2016
※Live at 東京中野サンプラザホール on November 4, 2016

ライブ情報
鬼束ちひろ コンサートツアー[シンドローム]
  • 2017年4月13日(木)神奈川県 CLUB CITTA'
  • 2017年5月1日(月)愛知県 Zepp Nagoya
  • 2017年5月16日(火)大阪府 Zepp Namba
  • 2017年5月28日(日)宮城県 電力ホール
  • 2017年6月9日(金)福岡県 福岡国際会議場メインホール
  • 2017年6月23日(金)沖縄県 ミュージックタウン音市場
  • 2017年7月7日(金)北海道 Zepp Sapporo
  • 2017年7月12日(水)東京都 中野サンプラザホール
鬼束ちひろ(オニツカチヒロ)
鬼束ちひろ

1980年生まれ、宮崎県出身のシンガーソングライター。2000年2月にデビューし、2ndシングル「月光」がテレビドラマ「TRICK」の主題歌に採用され大ヒットを記録。翌2001年リリースの1stアルバム「インソムニア」がミリオンセラーとなり、一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。2011年4月に自伝的エッセイ「月の破片」、6thアルバム「剣と楓」を発表し、2012年5月には洋楽カバーを中心としたアルバム「FAMOUS MICROPHONE」をリリースした。2014年9月には自身が率いるバンド「鬼束ちひろ & BILLYS SANDWITCHES」名義で、アルバム「TRICKY SISTERS MAGIC BURGER」をリリース。2015年に花岡なつみに書き下ろし曲「夏の罪」を提供した。2016年11月にビクターエンタテインメント移籍シングル「good bye my love」を発表。2017年2月に6年ぶりとなるオリジナルアルバム「シンドローム」をリリースする。