音楽ナタリー Power Push - kainatsu

マイペースに歩んで10年 ポジティブなメッセージ伝える「いい予感がするよ」

2006年11月にシングル「下北沢南口」でメジャーデビューしてから10周年を迎えるkainatsu。すっかり大人の女性へと成長し、結婚と出産を経験した彼女が11月2日に配信シングル「いい予感がするよ」をリリースした。

ナタリーでは今回、kainatsuにメジャーデビューからの10年を振り返ってもらうと共に、結婚と出産がもたらした変化についてインタビュー。個性的なリリックが耳に残る新曲の制作秘話とあわせて楽しんでもらいたい。

取材・文 / 川倉由起子 撮影 / 塚原孝顕

嘘のない自分の言葉でシンプルに音楽を届けたい

──この11月でメジャーデビュー10周年を迎えられますね。ひと言では語れないと思うのですが、振り返ってみていかがですか?

kainatsu

10年選手だっていう意識は申し訳ないくらいなくて。毎年アルバムを出すわけではなく、私は制作にすごく時間がかかるタイプなので、ただただマイペースにやってきた……という感じなんです。ライブに関してはもともとストリートから始めて、いろんな場所で歌わせてもらうようになって、昨年11月以降は10周年に向けたカウントダウンライブを毎月やっていたんですが、改めてまた「歌が面白い、ライブっていいな」って思えるようになっていて。10年やってきたからこその自信と、まだまだこれから掘り下げていきたいっていう気持ちがあります。

──10年間の音楽への向き合い方はどうでしたか? 上り坂や下り坂、きっといろんな時期があったと思いますが。

そうですね。私が曲作りを始めたのは大学2年生で、当時はとにかく自分に自信がなくて。恋人や近しい友達に対しても「みんな自分のことは好きじゃないのに一緒にいてくれてる」って勝手に被害妄想を膨らませるような人間だったんです。でも音楽をやりたいと思って、そういう自分への荒療治じゃないですけど、変わりたくてストリートライブを始めて。だから最初は誰かに曲を届けたいという外に向けた気持ちでは全然なかったんです。

──それはちょっと意外ですね。デビュー当時のkainatsuさんはハツラツとした元気で明るい女の子のイメージがありましたから。

あはははは(笑)。たぶんそれも自分を守るためで、「明るいなっちゃん」でいるのが一番ラクだからそうしてたんです。でも本当の自分は違うっていう超面倒くさい感じ。メジャーデビューしてからも自分を表現することは相変わらず苦手で、ずっと自信もないまま詞と曲を書くことで自分を解放していました。繰り返しになりますが、音楽はまず自分のため。必死でライブをやって、そうこうしてるうちにあっという間に5年が過ぎていました。デビュー5周年の2011年に東日本大震災が起きたときは事務所も離れてフリーの状態で、そこで1年くらいじっくり自分を見つめ直しました。「このまま音楽をやってていいのかな?」とか。でもそこで「自分にもいつ何が起きるかわからないな」って強く感じたことで、初心に戻るというか、より自然体に音楽がやれるようになった気がします。人の目ばかり気にせず、嘘のない自分の言葉でシンプルに音楽を届けたいという気持ちになりました。

震災を経て音楽を生業にしていく覚悟が固まった

──いろんなアーティストのお話を聞いていると、震災以降、音楽の無力さを痛感したと言っていた人がけっこういたんですよ。「音楽では人を救えない」とか、「そんな状況下ではそもそも人の耳に届かない」って。kainatsuさんはどうでしたか?

kainatsu

私はずっとラジオのお仕事をやっていて、震災の3、4日後もレギュラー番組の生放送があって。そのときは今でも忘れられないくらい緊張したし、何を話そうか本当に迷いました。結論から言うと、震災の2日後くらいに作った曲を生で弾き語りして、それがすごくリスナーに届いた手応えがあって。それで私は活動を止めることなく続けられたっていうのがありますね。

──震災の2日後にもう音楽と向き合えたんですね。

ライブの予定もなくなったし、アコースティックギターなら電力を使わないだろうってことで、無我夢中で「あいをつくろう」という曲を作ったんです。ラジオという場が私にはあったので、そこで披露してメッセージを届けられたら……という気持ちが曲作りに向かわせたんでしょうね。ラジオは歌の感情がストレートに伝わっちゃうから本当に緊張しましたけど。

──それは貴重な経験でしたね。

はい。リスナーの方からいろいろ反響をいただいて、振り返るとああいう状況だからこそダイレクトに届いたのかなって思います。あと今までずっと続けてきた弾き語りがちょっと嫌になって一旦やめてた時期もあったんですけど、「あいをつくろう」ができたことでその気持ちを見直すことができて。弾き語りがやっぱり一番シンプルに心の温もりを伝えられる形なんじゃないかなって、そのよさを改めて実感できたんです。そこから少しずつ弾き語りを再開させましたね。

──「最初は音楽は自分のためだった」というお話でしたが、そうやって外に向けてメッセージを送れるようになったのはいつ頃ですか?

何かきっかけがあったわけではなく、本当に徐々に徐々に……です。ラジオでのリスナーとの交流や、自分の曲を聴いてくれる人が増えていくのを実感する中で自然と変わっていったのかなと思います。たださっきも言ったように、震災が与えた影響はやはり大きかったですね。聴いてくれる人に安心を与えられるような、ポケットに手を入れたらあるくらいの距離に自分の曲を置いておいてもらえたらって。音楽を生業にしていく覚悟も震災で改めて固まった気がします。

出産を経て「これを乗り越えられたら何が来ても平気だな」

──この10年間はプライベートでの変化もありましたよね。結婚と出産を経て何か変わりましたか?

ほとんど変化がないんですよ。出産前と後と比べて、周りの人にも「あまり変わらないね」って言われるくらい。

──そうなんですね。

kainatsu

はい。ただ震災のときに決意した「みんなのポケットにあるような距離感の曲を作っていきたい」という気持ちは、子供が生まれてより強くなった気がします。「娘にとって常に安心できる存在でありたい、そのためならなんでもしよう」というのも彼女が生まれたときから思っていて、そういうポジティブなモードは書く曲にも自然と表れてるのかなって思いますね。子供のことを直接テーマにして書くことはないけど、ネガティブな自分が顔を出さなくなったという意味では音楽的変化はあるのかもしれないです。

──なるほど。

音楽以外のことで言うと、とにかく出産が大変すぎて。「これを乗り越えられたら何が来ても平気だな」って。ライブで緊張して怖いなーと思っても、あれほど大変ことはないって思えるんです(笑)。

──そして現在は子育ての真っ最中だと思いますが、子供と接する中で自分の考え方や行動に変化はありましたか?

一番の大きな変化は、「ネガティブにならずに明るく生活しよう」というのが人生のテーマになったことですかね。ママが暗いと子供にも伝わるし、大変なこともなるべくユーモアに転換して、おおらかに楽しく生活していきたいと思ってます。それまでは人の顔色をすぐ伺う根暗な性格で「自分はなんでこんなに面倒くさいんだろう?」といつも悩んでいたんですよ。当時はそれを追い出そうという気すらなかったんですが、出産後は変わりましたね。

──時間があると、どうしても考えなくていい悩みまでズルズル引っ張っちゃいますからね。でも、子供ができると忙しくてそんな暇もない、みたいな。

そうそう(笑)。ネガティブな自分と付き合ってるほど暇じゃないし、「すべてはきっといい方向に向かうはず!」って思うようになりました。これまでも1日くたくたになるまで自分のために動いたりしてたけど、今のほうが1日の力を使い果たしてる感じがしますね。特にこの1年はマンスリーライブもやっていたので毎日があっという間でした。

配信シングル「いい予感がするよ」2016年11月2日発売 / 250円 / Delicious Deli Records
「いい予感がするよ」
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収録曲
  1. いい予感がするよ
kainatsu 10th anniversary
「きょうの私でうたう歌」

2016年11月19日(土)東京都 クラブeX

OPEN17:00 / START 17:30
料金:4000円(ドリンク代別)

kainatsu(カイナツ)
kainatsu

1983年東京生まれのシンガーソングライター。父はロックシンガーの甲斐よしひろ。大学時代から本格的な音楽活動をスタートさせ、同年代の女性が強く共感する歌詞と、さわやかで親しみやすいポップなメロディが話題を呼ぶ。2005年5月にミニアルバム「夕暮れワルツ」をインディーズからリリースし、同時に下北沢などでストリートライブを開始。翌年11月にシングル「下北沢南口」でメジャーデビューを果たす。2012年4月、アーティスト名表記を甲斐名都からkainatsuに変更した。メジャーデビュー10周年となる2016年11月に配信限定シングル「いい予感がするよ」を発表。同月にアニバーサリーライブ「きょうの私でうたう歌」を東京・クラブeXで開催する。