音楽ナタリーの連載特集「初音ミクの10年~彼女が見せた新しい景色~」。その第1弾企画は、イベント「初音ミク『マジカルミライ 2017』」のテーマソングとして4年ぶりの新曲「砂の惑星」を公開したハチ(米津玄師)と、supercellでの活動やEGOISTのプロデュースなどで知られるryoによる初めての対談だ。
共に初音ミクを用いてニコニコ動画に発表した楽曲がきっかけになって世に知られ、現在は幅広いフィールドに活躍を繰り広げる両者。初音ミク10周年を機に、シーンの過去と未来についてたっぷりと語り合ってもらった。
取材・文 / 柴那典
- V.A.「初音ミク『マジカルミライ 2017』OFFICIAL ALBUM」
- 2017年8月2日発売 / クリプトン・フューチャー・メディア
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[CD+DVD]
2500円 / HMCD-8
- CD収録曲
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- 砂の惑星 / ハチ feat. 初音ミク
- Singularity / keisei feat. 初音ミク <楽曲コンテスト グランプリ楽曲>
- エイリアンエイリアン / ナユタン星人 feat. 初音ミク
- 孤独の果て / 光収容 feat. 鏡音リン
- ツギハギスタッカート / とあ feat. 初音ミク
- ダブルラリアット / アゴアニキ feat. 巡音ルカ
- 脱法ロック / Neru feat. 鏡音レン
- Birthday / ryuryu feat. 初音ミク
- DECORATOR / livetune feat. 初音ミク
- マジカルミライ SPECIAL MEGAMIX (「ネクストネスト」「Hand in Hand」「39みゅーじっく!」) / 八王子P feat. 初音ミク
- DVD収録内容
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- 砂の惑星 / ハチ feat. 初音ミク
覚えていないくらい一瞬の出来事だった気がする
──お二人は今回が初対面だそうで。
ryo 初めてです。
ハチ 一度も会ったことなかったです。自分からするとryoさんって、1つ前の世代の人なんですよ。その頃の人たちって、伝説とか歴史上の人物みたいな感じがあって。「どんな人なんだろうな」って興味があったし、やっぱりすごく影響を受けたので、話してみたら面白いんじゃないかとは以前から思ってました。ryoさんのような人たちの活躍があったからこそ、自分がボカロで曲を作り始める土壌が培われたので。
──お互いの第一印象はいかがでしょうか。
ハチ 自分のグッズの「LOSER」Tシャツを着てきてくれていて。「サービス精神がすげえな」って(笑)。めちゃくちゃいい人なんじゃないかって思いました。
ryo もしこのTシャツを着ているのをガン無視されたら「こいつはすげえイヤな奴だな」って判断する、そういう1つの基準にしようと思ってたんです(笑)。わりと俺はMなので、その可能性があってもいいかもって思ってたんですけど。
──はははは(笑)。ryoさんからのハチさんの印象は?
ryo やっぱり当時から、自分も、周りにいたボカロPも、みんなハチさんのことを好きだったんですよ。それに、みんなそれぞれ好きな曲が違っていて。今もレコーディングスタジオで話してると米津さんの話になるんです。そういうところで話を聞いてイメージした通りの雰囲気ですね。
──先ほども少し触れてましたが、ryoさんとハチさんがボカロを始めた世代の差というのを、改めて教えてもらえますか?
ハチ 俺がボカロで曲を作ってニコニコ動画に上げ始めたのが2009年なんですよ。で、ryoさんが……。
ryo 自分が2007年ですね。
ハチ 2年くらい違いがあって。その当時のボカロシーンの2年ってめちゃくちゃ長いと言うか、全然違う世界になっちゃってるくらいの期間なんです。ryoさんの「メルト」が爆発的にヒットして、俺は最初はそれを傍で見てて。「こんな面白いものがあるんだ」って、初音ミクのことを知って。1万5000円を出して買えば自分もそこに入っていけるんだっていう。ryoさんがいたからボカロシーンが始まったというのは間違いなくありますね。
ryo でも自分はボカロPとしてそんなに長いこと活動してないんですよ。2007年に初めて投稿して、そのままイラストレーターの人に「2週間後にコミックマーケットがあるからCDを作ろうよ」って誘われて。結局、活動期間と言っても、5曲くらいしか上げてないし、曲は作ってましたけど、いろんなことがありすぎて、自分でも何をやってたのかよく分からないという感じですね。まとまった事象として「Vocaloidを使ってきた」と言うよりは「気が付いたら今ここにいる」みたいな。10年経って「あ、歳取ってる」と言うのと一緒の感覚です。だから、いまだに自分がなんなのかよくわからないんですよね。
ハチ ryoさんがアップしたのは確かに5曲くらいしかないんですよね。でも、そのどれもが大ヒットしていて、気が付いたらいなくなってるみたいな感じだったし、本当にいるのかいないのかわからない、霞がかってるような存在だったんですよ。確かに自分も、当時のことはあんまり覚えてないですね。それくらい一瞬の出来事だったという気がする。ryoさんがおっしゃってるように、「気が付いたらこうなってた」というニュアンスに近いのかもしれない。
売れたボカロPにはグランドラインへの橋がかかる
──ryoさんはボカロPとして「メルト」「恋は戦争」「ワールドイズマイン」「ブラック★ロックシューター」をニコニコ動画に発表したあとに、メジャーレーベルに活動の場を移しました。これはどういう理由があったんでしょうか?
ryo 単純にもっと音楽がやりたかったんですよ。スタジオワークも曲作りも知りたかった。そのためには人が多くいるところに行かないといけないと思って。狭いところで一番を取ってもしょうがないから。そういう感じですね。
ハチ それは当時のボカロPはみんな思ってましたね。“売れた”という言葉が合っているのかわからないですけど、そういう人はみんな「ONE PIECE」で言うグランドラインに出て行きたがるんですよ。売れた人にはそこに行くための橋がかかるというか。今でこそボカロが原体験の子がいるけど、自分たちの世代は子供の頃からボカロがあったわけではないし、自分の原体験として別の音楽があったので、そこに挑んでみたくなるんだと思う。俺は邦楽ロックに憧れを持ってやってきて、その後18歳でボカロに出会った人間だったので、もちろんボカロは面白いし、シーンが魅力的な空間であることは間違いないんですけど、グランドラインにかかる橋が見えた瞬間、やっぱりそっちに行きたくなりますよね。でもボカロPの中には、グランドラインから戻ってくる人もいる。
ryo ハチさんもたまに戻ってきますよね。いい曲を作って、ニコニコ動画でみんながわーっと盛り上がったら、また自分の場所に帰っていくみたいな。「ドーナツホール」もそうですよね。
ハチ 故郷みたいなところなんで。別に「ボカロを休止します」って言ったわけでもないですしね。「やめちゃったんですね」みたいによく言われるんですけど、そうじゃなくて。「やりたくなったときにやれる場所として残しておいてる」という感じです。
ryo “故郷みたいなところ”という感覚はわかりますね。そもそも、自分は自分の声で歌う人、自分の言葉で発信する人が一番好きなんですよ。そういう意味では、自分にとってのVocaloidって自らがそうなれる装置なんです。自分が歌っても絶対誰も聴いてくれないんですけど、自分の言葉とメロディラインで、ボカロに自分のクセとか歌い方を全部反映させて歌ってもらうと、みんな聴いてくれて歌ってくれる。今作ってる曲も、歌う人に渡すときに全部仮歌を自分で入れてるんです。クソかわいい曲でも全部自分の声で歌ってるから「これは世に出たらマズいな」って思いながら(笑)。自分の仮歌は誰もいいって言ってくれないですけど、ボカロが歌うと、「かわいい」とか「いいね」とか言ってくれるので。それを見たら、もう自分は影武者でいいのかなっていう(笑)。
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ボカロの仕込みだけで1カ月かかり腱鞘炎に
2017年8月23日更新