初音ミク10周年特集|ハチ(米津玄師)×ryo(supercell)|2人の目に映るボカロシーンの過去と未来

初音ミクの10年 ~彼女が見せた新しい景色~

ボカロの仕込みだけで1カ月かかり腱鞘炎に

──ryoさんはVocaloidで曲を作ることを「やめた」とか「休止した」という感覚はありましたか? それともハチさんのように「やりたくなったときにやれる場所」として残している感じでしょうか。

ryo 自分の場合は単純に、すべての項目で100点を取らないと気が済まないので、やるときにはやりきるんですよ。ボカロの曲を作るんだったら、1回仮歌を歌ってもらって、それをデータ変換して、子音だけを取り除いて、もう一度取り込んでピッチをエディットして、それをきれいにつないで、ダメだったらもう一度ゼロからやり直して、みたいな作業を何度も何度もやる。今の時点で自分の持てる能力の限界値を突っ込もうとすると、それこそボカロの仕込みだけでまるまる1カ月かかるんです。それはなかなか心が折れることで。あと、腱鞘炎になるんですよ。だから俺、マウスの持ち方がすごく特殊なんです。何時間作業を続けても腱鞘炎にならないためにはどうしたらいいかを考えて。アームレストの高さを調整して、右手を伸ばしきった状態に固定して作業してるんです。そうすると苦行に耐えられる(笑)。

──すごい。アスリートみたいですね。

ryo くだらない話に思えるけど、ここがすごい大事で。だって、歯が痛かったら「音楽を作ろう」って気持ちにならないじゃないですか。毎日何時間もやってると、実際に体のあちこちが痛くなってくるんです。そうすると「誰のために、なんのために作ってるんだろう……?」みたいな自問自答が始まって。そういう苦行に耐えきって作るから、作り終わったあとには「もうボカロはいいや」って思うんです。でも、1年くらい経つと「いや、あれは面白かったな」みたいな(笑)。

ハチ それはめっちゃわかります。俺は、ボカロ曲じゃないんですけど「アイネクライネ」の動画はアニメーションを全部自分で描いたんですね。それをやってると本当に腱鞘炎になっちゃって。最後のほうは悪寒もするようになって「もう二度とやらない」って思ってたのに、1、2年経ったら「楽しかったんじゃないかな」って思っちゃって。

──なんでしょうね。お二人に共通する、つらかったことを忘れて「もう一度やろう」と思ってしまう感じというのは。

ryo やっぱり曲を作るのって、精神的な面でも孤独な作業なんですよ。例えば働く時間が決まってて、働いたぶんのお金をもらうっていうのが普通の仕事ですよね。でも、我々のように曲を作ってる人間は生き方を売っているから、そこで妥協できないんですよ。「腱鞘炎で腕が痛いからやめる」みたいな人がいてもいいんですけど、それはグランドラインにたどり着いても死ぬパターンなので。そこで生き延びるためには、ダサくてもカッコ悪くてもちゃんと帆を組んで、どんな風が来ても、凪で止まったとしても、そこから進める忍耐力を養う必要がある。そういう感じですね。そうやって作品ができあがったら、完成した直後はつらいですけど、数年経って「ああ、面白かった」というものになるはずです。

ハチ なんか、業にとらわれているような感じですよね。最初は「やってみようかな」みたいな軽い気持ちで始めるんですけど。

ryo 確かに。「なんであのとき『やれますよ』って言ったんだろう」みたいな(笑)。でも「すいませんでした、できません」なんて言えるわけがない。

ハチ やっていくうちに、最初に「全然やれますよ」みたいに言ってた自分がめっちゃ腹立たしくなるんですよね(笑)。

ボカロ界隈はクズたちの受け皿として機能していた

──お二人は、Vocaloidと出会ったこと、また、それを選んだことによって、ミュージシャンとしての自分の人生がどう変わったと思いますか?

ハチ 俺は中学生の頃にバンドを組んでいたんですけど、それが全然うまくいかなくて。何人かで1つのものを作るのがものすごく苦手だったんです。中学、高校とやって、その後もバンドをやっていきたいという夢はあったんですけど、全然ダメで。そう思っているところにryoさんとかが現れて。だから、「そりゃボカロに出会うよな」って思います。当時のボカロ界隈って、そういう人がめちゃくちゃ多かったんですよね、バンド崩れと言うか、バンドをやりたかったけどダメだったみたいな奴が、さらにオルタナティブな選択肢としてボカロをやる。クズたちの受け皿みたいな感じで機能していて、俺もその一員だった。そこでうまい具合に自分のやれることを見つけ出せたというか、自分にピッタリ合致するものを見つけた。それがVocaloidだったという感じかな。本当にたまたまですね。だからすごく感謝してるし、Vocaloidというものがあったから今の自分があるなと思う。そういう感じですね。

ryo 自分もバンドをやっていたんですよ。ドラムだったんですけど。十代のときはライブハウスに出てたし、当時あった「TEENS' MUSIC FESTIVAL」というコンテストに出て、わりといいところまで行ったりもしていて。でも、やっぱり歌の人とうまくやるのが難しいんですよ。で、大学を出て電気関係の営業の仕事を派遣で6年くらいやってたんです。それでも音楽はずっと好きで。まずは自分で働いて、曲を作る道具を買おうと思って。その後「いい加減この仕事やめたいな」と思ったときに初音ミクに出会ったんです。ちょうどニコニコ動画が流行り始めていて、自分も「面白そうだな」「こんなにキラキラした場所に参加できたらいいな」って思いながらそれを観ていて。「1万5000円出したら参加できるんだ」みたいな感じでしたね。ちょうどその頃、効果音を作る会社がエンジニアを募集していて、そこに応募するためにオリジナル曲を作ったんですよ。それが今につながっているという。

ハチ ボカロPって、大体そうですよね。前の時代だったらこんなことになってない人間の集まりと言うか。曲を作る才能は確かにあったのかもしれないけれども、Vocaloidがなかったら埋もれたままで、誰からも発見されることなく死んでいったような人たちがすごくたくさんいる。話してると、みんなそんな人なんですよね。だから、俺らは運がいいというか。

ryo 運がいいです。これはこの対談の見出しにしてもいいと思います(笑)。

──ryoさんはハチさんをいつ頃から知っていたんでしょうか?

ryo 2009年あたりです。ハチさんは、自分で歌ってる昔の音源をアップしてた時期があったじゃないですか。たぶん高校生の頃に作ってたような。6曲くらいあって、そのタイミングで聴いてたんですよ。

ハチ そうですね。最初は全部で2、30曲あったんですけど、それは消しちゃって、6曲くらいだけ残しておいたんです。あとでその6曲も消しちゃったけど。

ryo 自分はそれを聴いて「あ、この人は歌う人なんだ」って思ってた。

感情が反応しないものを作ってしまうのが一番の悪

──ハチさんの曲の中でryoさんが好きな曲は?

ryo 動画も含めて「WORLD'S END UMBRELLA」ですね。cosMo@暴走Pとかゆうゆくんとか、周りにいたボカロPがみんな「俺もこういう曲を作りたいんだよね」って言ってて。それで聴いてみたら「確かにいい」と思って。すごく変わってるんですけど、いい曲なんですよ。カオスだけど泣けるし、とにかくグッとくる。前のバージョンの「THE WORLD END UMBRELLA」と、全然違うアレンジなんです。それまではモノクロだったものが、急にカラーになったみたいな。「なんでここからこうなったんだろう?」って思ってたんだけど、あれ、どういうことなんですか?

ハチ 覚えてないです(笑)。でも、作り直したっていうことはたぶん納得いってなかったんでしょうね。あの頃は本当に何も考えずに作ってたので。音楽理論とかも全然わからないし、シーケンスソフトのピアノロールを上から下までポチポチ動かしていって、「あ、ここ気持ちいいな」みたいなところにハメていったらああなった、みたいな感じです。それまでに培ったものでもう一度作ってみようと思ったんじゃないかな。

ryo でも、「THE WORLD END UMBRELLA」が2009年6月公開で、「WORLD'S END UMBRELLA」が2010年2月だから、その期間って半年くらいなんですよ。全然短いんです。その間に何を培ったのかっていう話ですよ(笑)。

ハチ あの空間ってめちゃくちゃ刺激的だったんですよ。ボカロがなければ絶対に出会えなかったような人にも出会える環境があって。「なんだ、この音楽!?」みたいな曲がいっぱいあって。「こんなのもある、こんなのもある」っていう発見の坩堝に飛び込んでしまったような気分で、刺激的すぎてキリがない感じだった。その影響を受けた結果なんでしょうね。

──では、ハチさんが好きなryoさんの曲は?

ハチ 「メルト」を最初に聴いたんですけど、メロもいいし言葉もいいし、ドラムもスネアの「スタタン!」ってフレーズがめっちゃ気持ちよかったし、すごくちゃんとしたポップソングなんですよ。でもそれだけじゃない、計り知れないものがあるんです。言語化が難しいんですけど、たとえばミスチルとかサザンって、「偉大なるスタンダードだ」って言われるじゃないですか。けど、Mr.Childrenやサザンオールスターズの音楽を紐解いていくとめちゃくちゃ複雑なことをやってるし、“ただ普通にいい曲”じゃないんですよ。ryoさんの曲もおそらく同じような構造で成り立ってるんだろうなっていうのを最初に聴いたときに思って。だから純粋に音楽に強度がある。すごく影響を受けました。

ryo 強度は重要ですよね。感情が反応しないものを作ってしまうのが一番の悪で。ほとんどの人は基本的に「Fuck my life(私の人生は最悪だ)」って思って生きてるわけじゃないですか。聴いてくれる人の人生を救えるくらいの強度にしないと、作る意味がないから。人の時間を奪えるくらいの強度は大事だなと思っていて。自分にとってはそれを成すのは情報力だと思っていたので、イギリスから生ドラム系の音源を輸入したんですよ。単純にそれを聴かせたいっていう。

──初音ミクというVocaloidソフトの特殊性、特別さについてはどう思いますか? いろんなVocaloidのソフトウェアがありますけれども。

ハチ 俺は最初に手に取ったのも初音ミクだし……なんだろうな、かわいいじゃないですか。

ryo そう、かわいいって言ってましたよね。何かの記事で「かわいい女の子にかわいい曲を歌ってほしいから作った」って。

ハチ 初音ミクに感じる魅力は人それぞれだと思うんですけど、18歳の俺がパッと見たときに、そこにかわいい女の子がいて、1万5000円出せばその子を好きなように歌わせることができる。その手軽な感じって言ったらいいのかな。

ryo 周りに絵を描く人がいっぱいいますけど、みんな「ミクは描きやすい」ってよく言いますね。スケッチブックとかにさっと描いて渡してあげると、小学生くらいの子も「あ、ミクちゃんだ」って喜んでくれるって。

ハチ 確かにそうかもしれないですね。青い髪のツインテールを描けばそうなりますからね。

ryo 自分の周りにいるイラストレーターの中にも、ハチさんが大好きな人がすごく多いんですよ。今の米津さんのこともずっと追いかけていて、CDが出たら買って曲を聴き込んで、その感想を俺に言ってくるんです。「いや、俺、ハチさんじゃないから」みたいな(笑)。絵から入って、そこからボカロや音楽が好きになっていく。そういう逆輸入みたいな流れがあるのも大きいですね。

V.A.「初音ミク『マジカルミライ 2017』OFFICIAL ALBUM」
2017年8月2日発売 / クリプトン・フューチャー・メディア
V.A. 「初音ミク『マジカルミライ 2017』OFFICIAL ALBUM」

[CD+DVD]
2500円 / HMCD-8

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CD収録曲
  1. 砂の惑星 / ハチ feat. 初音ミク
  2. Singularity / keisei feat. 初音ミク <楽曲コンテスト グランプリ楽曲>
  3. エイリアンエイリアン / ナユタン星人 feat. 初音ミク
  4. 孤独の果て / 光収容 feat. 鏡音リン
  5. ツギハギスタッカート / とあ feat. 初音ミク
  6. ダブルラリアット / アゴアニキ feat. 巡音ルカ
  7. 脱法ロック / Neru feat. 鏡音レン
  8. Birthday / ryuryu feat. 初音ミク
  9. DECORATOR / livetune feat. 初音ミク
  10. マジカルミライ SPECIAL MEGAMIX (「ネクストネスト」「Hand in Hand」「39みゅーじっく!」) / 八王子P feat. 初音ミク
DVD収録内容
  • 砂の惑星 / ハチ feat. 初音ミク