ナタリー PowerPush - 19's Sound Factory

ボーカロイドを一過性のブームにしないため、自分にできること

19's Sound Factoryの新作「キミとボク、まわるセカイ。」は、ニコニコ動画で120万回再生を越えた「Dear」の再録新ミックスや、すーぱーそに子アルバムへの書き下ろし「不安定彼女」など全15曲を含む、自身の集大成とも言えるフルボーカロイドアルバム。ナタリーではこの作品をリリースした彼に、初音ミク、そしてボカロシーンについての熱い思いを語ってもらった。

取材・文 / 田口こくまろ インタビュー撮影 / 小坂茂雄

ストーリー性を意識しだしたのは3曲目の「メランコリー」から

──えっと、19-iku-(いく)さんとお呼びしていいんですよね?

19's Sound Factory

はい。「19's Sound Factory」がプロジェクト名、作詞や作曲のクレジットには個人名として「19-iku-」を使っています。

──なるほど。では19さん、まずは音楽を始めたきっかけから伺っていきましょうか。

中学3年生のときにギターを始めたのがきっかけです。そのあと高校から22歳くらいまでは主にバンド活動をしてました。高校時代は女性ボーカルでJUDY AND MARYやGLAYのコピーバンドをやってたんですが、それ以降はずっとオリジナルですね。ライブハウスにもけっこう出てました。並行して自分の曲を作ったりもしてましたね。

──それはバンドとは別に?

はい。ギターを主旋律にしたインストですね。曲はWEBサイトで公開していました。

──ボーカロイドと出会ったのはいつですか?

2007年の10月くらいです。その頃はバンドが停滞していて、インスト曲ばかりを作っていたんですが、あるときニコニコ動画なるものを知り、そこでボーカロイドを使った楽曲に出会ったんです。ちょうどその頃は初音ミクのキャラクターだけではなく、曲としてもすごくいいものがどんどん出てきてる時期で、ボーカロイドってこんなことができるんだというのを知り、自分も作ってみようかと思ったんです。

──そして2007年12月に「Voice」でボカロPとしてデビューされ、その後立て続けに、「Birth」「メランコリー」「Tears in Blue」「Dear」「Gratitude」と、「First Sound Story」と呼ばれる一連の楽曲を発表されました。これは最初から連作として考えてたんですか?

「キミとボク、まわるセカイ。」ジャケットに登場する初音ミクの段ボールフィギュア。

いえ、最初は考えてなくて意識しだしたのは3曲目の「メランコリー」からですね。もともと「テーマを決めて作曲」という作り方はしていたので、複数の曲で話が続いていくような感じにしたら面白いんじゃないかなと思って急遽そうしたんです。なので、最初に投稿した「Voice」が2話、2番目に投稿した「Birth」が1話と投稿順がずれちゃってるんです。

──その中でも一番悲しい曲である「Dear」が今回のアルバムにも収録されています。

自分的にも思い入れのある曲ですが、もう5年も前に8トラックのMTRで作ったものなので、今回アルバムを作る際にせっかくだから今できる最高の形で残しておきたいなと思いまして。

──「Dear」に顕著なんですけど、19さんの作る曲の多くは悲しい歌詞であってもアレンジはさわやかなんですよね。で、そのさわやかさが逆に感情を揺り動かす。このアンビバレントな仕掛けはどこからきているのでしょう?

自分はもともとギターでインストを作ってたこともあり、作風的にたぶん爽快感があるフレーズや音の選び方を好む傾向があると思うんです。だから、意図的にミスマッチな感じを狙ったというわけではなく、自分の手癖で曲を作っていたら、結果そういう形の曲が多くなっちゃったんだと思いますね。

「今の自分にもうこれ以上のものはできないだろう」くらいに思っています

──では今回のアルバム「キミとボク、まわるセカイ。」について伺っていきます。ご自身のブログで「最初のお話を頂いてから今まで3年弱もの月日が経ってしまった」と書かれてますが、ここまで時間がかかった理由はなんでしょうか?

19's Sound Factory

一番初めにお話をいただいたときはリリースまであまり時間がない中、何曲も作らなければいけない状況だったんです。もちろん作ってはいたんですが、自分の中でやはり満足いくものができず、このまま出してしまうと、結局間に合わせたようなものになってしまうなあと。それを出すのはお金を出して買ってくれる人に失礼だなと思い、結局リリース直前に仕切りなおしにしました。その後いろいろ思い悩みながらも作品を作り続け、ようやく今年に入ってから本格的にレコーディングを再開したんです。

──今回は100%満足だということでしょうか。

はい、間違いなく100%です。今の自分にもうこれ以上のものはできないだろうくらいに思っています。ここまで自信を持てるものを作れたのは、わがままを言って一度延期したにも関わらず待っていてくださった方のおかげです。

──アルバムのテーマは「感謝」だそうですが。

はい。初音ミクに関わるすべての人に感謝を伝えたくて作りました。ボーカロイドを作ってくれた人、ニコニコ動画で曲を作った人、聴いてくれた人、そういったすべての人のおかげで、今ここに自分がいてアルバムを出せたと思っているので。

──既発曲も多いのに統一感のあるアルバムになっていますね。

延期したときは曲数を揃えるという意味で、毛色が違う曲も混じってしまってたんですが、それでは統一性がなくなってしまうので、今回は21、22曲あったラインナップからかなり絞り込みました。また、昔の曲は多少音色や録音などに時代を感じてしまうものもあったので、基本的に新曲にあわせて、楽器は全部録音し直していますし、ほかにも新しく音を足したりボーカルを打ち込み直したりと、全曲どこかしら作り直しています。そのことで、旧曲も出音的には今聴いても違和感のないようにしているつもりです。

──新曲では、ディストーションギターが唸るアグレッシブなロックチューン「さかさシンドローム」など新境地も多いようですが。

「キミとボク、まわるセカイ。」ジャケットに登場する初音ミクの段ボールフィギュア。

これはアルバムの曲順を考えていたときに、こういう感じの曲が欲しいなということで作った曲ですね。もともとバンドサウンドは好きなので、この辺りにジャカジャカしたものを入れたかったんですよ。ほかにも今回の書き下ろし作品はすべてアルバムの流れで必要な曲ということで作ったものです。

──タイトル曲の「キミとボク、まわるセカイ。」は、やはりこのアルバムにとって重要な曲なのでしょうか?

はい。アルバムタイトルについて悩んでいたときに、自分が5年間ボカロPとしてやってきた中、初音ミクに対しての思いをまとめる形の曲が浮かんできて、すぐに「もうこれは表題曲だよ」と思えるくらいのところまで盛り上がってできた曲なので、やはり一番思い入れありますね。作っている途中も感極まって泣きながらやってましたから。

ニューアルバム「キミとボク、まわるセカイ。」/ 2013年6月12日発売 / 2200円 / Due. RECORDS / DGSA-10069
収録曲
  1. Story
  2. Dear
  3. ミラージュ
  4. 不安定彼女
  5. Another
  6. Marble
  7. Bitter × Sweet
  8. さかさシンドローム
  9. Twinkle Days
  10. ハートフルメッセージ
  11. リマインダー
  12. Wish
  13. Dear -Remix Edition-
  14. Cross Road
  15. キミとボク、まわるセカイ。
19's Sound Factory(いくずさうんどふぁくとりー)

2007年からニコニコ動画でオリジナル曲を発表しているボカロP。少女の成長を描いた2008年発売のコンセプトミニアルバム「First Sound Story」が話題に。2013年6月現在で120万再生を突破している代表曲「Dear」は、2009年にリリースされた初音ミク発売2周年記念アルバム「初音ミク ベスト~impacts~」にも収録された。また自身のアーティスト活動と並行して作曲家としても活動。これまですーぱーそに子に「不安定彼女」、吉川友に「Twinkle Days」を提供し、アニメ「聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話」のキャラクターソングアルバムで水樹奈々が歌唱する「Illusion Garden」も制作した。