高橋しん「雪にツバサ」「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」
青年誌・女性誌・少年誌…… 雑誌ジャンルをまたぎ活躍する使命感
高橋しんが青年誌・ヤングマガジン(講談社)にて連載している「雪にツバサ」の新刊8巻と、女性誌・メロディ(白泉社)で連載していた「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」の単行本が、2冊同時に発売された。
コミックナタリーではこれを記念し、高橋へのインタビューを敢行。青年誌、女性誌、そして「スピカ」や「きみのカケラ」を連載していた少年誌・週刊少年サンデー(小学館)と、ジャンルをまたいで活躍する高橋に制作の裏側を聞いた。
取材・文/岸野恵加 撮影/坂本恵
「雪にツバサ」は春を待つ話
──「雪にツバサ」8巻と「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」、毛色の違う2作品が同時発売ということで、まずはそれぞれの作品がどういった経緯で生まれたかを伺えればと思います。
「雪にツバサ」は「超能力の話をやりたいですね」とヤンマガの担当さんとお話していたところからスタートしました。もう7、8年前に遡るんですけど。
──だいぶ前ですね。
はい。その間に担当さんが何人も変わっていき(笑)。マンガは編集さんと一緒に作ることが大事だと思ってるので、担当さんが変わるたびに、イチからお話を絞り直してきたんですよね。だから最初の想定とは全然違う話になってると思います。
──雪と翼、というメインキャラクターはどのようにできていったんですか?
まず初代の編集さんと、たとえば今市子先生の「百鬼夜行抄」の律くんのような、人とは違う能力を持っているのにダメな感じの主人公にしようと話してました。律くんはビジュアル的にもカッコいいのに、たいがいカッコよくない振る舞いをしていて、ちょっとヘタレてるのがかわいいですよね。だから翼くんがヘタレなのは翼くんのせいではなく、律くんがヘタレだからなんです(笑)。
──そんな(笑)。
それで男女のペアで、1人じゃできないけど2人でなら何かを変えていける、という姿を描いてみたかったので、雪を絡ませました。何もできるはずがないと思い込んでいるヘタレな超能力者と、声を失った吹奏楽部の少女。出会わなければそこで終わっていた2人です。彼らの、超能力で事件を解決していこうという振る舞いは傷つくことと表裏一体なのですが、それでも前に進ませたい、という気持ちで。
──雪は口がきけない少女ですが、高橋先生の作品には「体の一部が不自由な人」がしばしば登場しますね。
私の母は耳が聴こえないのですが、人工内耳の手術を受けるとき、「いつも歌が聴こえている」のだと言っていました。本当は耳鳴りなのではないかと思うのですが、それを好きな歌だと感じるようにする脳の力が人にはあるのではないかと。そう思ったことが、翼と雪が生まれたきっかけのひとつにはなっています。「きみのカケラ」でも笑うことができない子と泣くことができない子を主人公にしましたが、「雪にツバサ」は、体のどこかという意味ではなくても「何かが欠けた人たちだけ」で物語を構成してみたんです。どのキャラクターも人として未完成で、舞台も田舎、雪に埋もれ寂れていいところなし。でもダメだから、欠けているからこそ生み出せる、温かいものがあればと思います。
──“雪”という名前やタイトルにもかかっている通り、舞台は雪国ですね。作中の季節も、今のところずっと冬のままです。
もともと春を待つ話にしようって最初に考えていたんです。雪ちゃんが卒業するまでを描こう、と。
──高橋先生は「きみのカケラ」や「最終兵器彼女」などでも雪国を描いてますが、何か理由があるんでしょうか?
自分が北海道出身なので、自分の中に持ってるものが反映されやすいというか……無理なく自信を持って描けるからでしょうか。嘘なく心の内側を描けるということが、マンガを描く上で自分の中では大事で、だから雪国を描くことが多いんだと思うんです。……でもなぜか、短編集は夏のお話を3冊(「SEASONS~なつのひかりの~」「トムソーヤ」「スピカ The twin STARS of ”きみのカケラ”」)出してるので、決して冬ばかり描いてるわけじゃないんですよ(笑)。
──(笑)。短編で夏を描くことで、気分をリフレッシュしてるんでしょうか。
なんででしょうね、無意識なんですけど。長く描くとなるとやっぱり冬が落ち着くんですかね(笑)。
「胸キュンが足りない」とダメ出しされた
──それではメロディ(白泉社)で発表された「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」は……。あ、ちなみにこのタイトル、略称とかありますか?
はは、長いですよね(笑)。事務所内では「本屋」もしくは「本屋の奥さん」と呼んでます。
──では「本屋の奥さん」でいきましょう(笑)。先ほど「自分の中にあるものは嘘なく描ける」とお伺いしましたが、この作品は対照的にファンタジックです。
そうですね、この作品ではおとぎ話を描きたいなと思っていました。書店がどんどん閉店していく状況とか、マンガにおける表現規制などの問題が出てきたときに、マンガ家側もいろいろと考えなくてはいけない空気がありましたよね。その状況下でリアルタイムではなくひと昔前の本屋さんをファンタジックに描くことで、本屋さんがどうあるべきか、というところに却って考えが及びやすくなるんじゃないかと思ったんです。
──主人公の奥さんは、とてもかわいらしいキャラクターですね。
自分を投影しない分、逆に描きやすいところはあります。同性だとどうしても作者に似たキャラクターなのか、とかセリフに直接的なメッセージが込められてるのか、とか読者さんのほうが考えると思うんですけど。女性が主人公だと、却って自由に動かせるような気がします。ただ少女マンガを描くのは「トムソーヤ」以来6年ぶりだったし、ここ最近はヤンマガさんでずっとやっていたので勘が鈍っていて、編集さんからいろいろとダメ出しされました。
──例えばどのあたりですか?
胸キュンが足りない、と。担当編集さんも編集長も女性なので、「とにかくハチさんをもっと動かして」と何度も言われました。
──なるほど、少女マンガには欠かせない部分ですね。
奥さんは一応未亡人なので、私なんかは旦那さんのことをずっと思っていてほしいというところに縛られてしまうんですけど……。「それはそれとして、未来の恋を大事にしてください!」とピシャリと言われまして(笑)。
──あはは(笑)。 “男は名前を付けて保存、女は上書き保存”ですから。
そうみたいですね(笑)。そのあたりを含めて、単行本では50ページほど描き足させていただきました。
不良なのにイジメられっ子、でも実は超能力者のツバサ。声を失ってしまった女子高生・雪先輩の心の「うた」が、彼にだけは聴こえてくる。北国の寂れた温泉街で出会った彼らは、やがて超能力探偵団なるものを結成することに……。
それぞれに切ない痛みを抱えたまま、2人の物語が静かに重なり始める──。
ここにある本を全部読んだら、あなたのことがわかるかしら──。
時は昭和中期。亡くなった旦那様の本屋を継いだ、小さな奥さん。これは、商店街の人々をまきこみながら独自の書店商売を繰り広げる奥さんの「恋物語」です。
高橋しん(たかはししん)
1967年9月8日北海道生まれ。1990年「好きになるひと」で第11回スピリッツ賞激励賞を受賞、週刊ビッグコミックスピリッツ増刊号(小学館)に「コーチの馬的指導学」が掲載されデビューとなった。1993年、週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「いいひと。」の連載を開始。お人好しの主人公が人々の幸せを願い努力する様子を描いた同作はヒットを記録した。2000年より同誌で連載を始めた「最終兵器彼女」では、世界の崩壊を背負った男女の壮大なラブストーリーを展開し、セカイ系の先駆けとして新たなファンを獲得。現在、同誌にて「花と奥たん」、ヤングマガジン(講談社)にて「雪にツバサ」を連載中。 また、メロディ(白泉社)から少女マンガ「トムソーヤ」「あの商店街の、本屋の、小さな奥さんのお話。」が刊行されるなど、幅広いジャンルで活躍している。