コミックナタリー Power Push - 森薫「乙嫁語り」
レッツ乙嫁クッキング! 森薫と作るかんたんおいしい中央アジア料理
シビアな話が多かったので、能天気なのが1話くらいないと
──おつかれさまです! 正直ここまでうまく行くとは予想してなかったんですが、しかもほんとにおいしいという。森さんこれマジでウマいです。
私も驚いています(笑)。けっこうできるもんですねー。
──どうですか、その、資料で見ていたレシピを実際に食べてみると。
思った以上に味がありましたね。もっと素材の、羊肉と油の味ばっかりかと思っていたんですけど、香辛料が効いてるとずいぶんおいしい。
──とにかくズランの香りが支配的でした。どの料理も。
トルコ料理とか食べるとみんなあの味ですもんね。まあ羊料理ばかりなんで、そういうものなんでしょうけど。向こうは羊をひたすら詰め込む食事だから。
──羊と羊がダブってしまいましたね。しかしまたどうして、ここまで食べものばかり出てくる回を描いたんですか。
第15話で話がまとまって、第17話ではそれがひっくり返るんですが、それだけで描いてしまうと展開が速すぎるので、少し時間を持たせたかったという。あと今回割とシビアな話が多かったので、こういう能天気なのが1話ぐらいないと、単行本になったときに疲れてしまうので。
──クッションだったんですね。
前にも刺繍の話(第10話)とか、関係あるようでないような、それ1話で独立した話が1巻にひとつくらいないと。気ぃ抜けるような。
──息抜きにはなりますけど、読んでてお腹が減りましたよ。
描くほうも、資料見るたびにお腹空くのはわかってたんで、描く前にお腹いっぱいにしておいて。もう食べられない、もう入らないってぐらいに食べといてから描きました。お腹空いてるときに資料見ながら描いてると気が散ってしょうがないんですよ。
カケアミが上手くなると料理が上手くなる?
──そんな第3巻の見所など教えていただければ。
見所、なんでしょう。裏表紙の羊(本ページのヘッダ部でも使用)は死ぬ思いでした。1頭1頭全部を塗ってぼかして、影つけて、ハイライト塗って。本当はブチとか黒い羊も入れたかったんですけど、そこまでの余力はなかった。
──森さんて隙を見てこういうモブ芸やりますよね。エマのときの水晶宮とか。ちょっとどうかしてるなあこの人、っていう。あと表紙といえばタラスさんの婚礼衣装。
あれはカラカルパクのなんですけど、資料があったんで描きやすかったですよ。むしろ塗りが難しくて、絵の具で刺繍っぽさをどう出すかっていうのがいちばん時間かかったかな。チューブから出した絵の具をそのまま筆にたっぷりつけて、ほんとに刺繍するみたいにちくちく乗せていくと下地が透けなくてそれっぽくなるんです。
──すごい。なのに背景はこのあっさりっぷりという。
カラカルパクは砂漠地帯だから、描くものがなくて困りました(笑)。あと見所……なんだろう、最近は口の中を描くようにしましたね。今まで口の中は基本白かったんですけど、アップになって情報量増えたとき口の中がまっ白いと、ちょっとおかしいんですよね。
──ほんとだ! 言われてみると3巻になって、口の中のベタの量が増えています。
あとカケアミをいっぱい描いたので、カケアミが上手くなりました。そしたらカケアミが上手くなる→トーン削りが上手くなる→キュウリ刻むのが上手くなる、という連鎖反応を体験しました(笑)。リズムがわかってくるっていうか。
──ちなみに削りに使うカッターはどこの、とかあるんですか。
ありますよ。貝印の職専SP-130、刃も職専の黒刃。クロス貼りとかをする壁紙職人さん用ですね。金属のホルダー部が長いのが好みなんです。
──さすが、業務用がお好きなのは一貫してますね。
筋肉と骨を覚えちゃったほうが、好きなように動かせる
──そういや前回の特集記事で掲載した森さんの動画、とうとうフランスのマンガ博覧会から、会場で流したいってオファーが来ました。
あれね、自分としてはもう2年も前のことなので恥ずかしいというか。人前で描いたのもあってキャラの表情が固いですし、身体のバランスもそこまできっちりは追い込んでなくて、いいや描いちゃえって急いで描いたものですから。いまはもうちょっとは上手くなってますので、できればいまの絵を見てほしいです。
──もうちょっと、って。まだ上手くなるおつもりですか。
うーん、目鼻のバランスとか。あと最近ようやく頭蓋骨がわかってきたので、下から煽ったり上から俯瞰したりしたときの顔は、前よりは描けてる気がする。
──森さん構造派ですからね。馬を描き始めるときにまず解剖図をめくりはじめたときは驚かされました。
筋肉と骨を覚えちゃったほうが、好きなように動かせるんですよ。写真だけ見て描いてると、写真にない角度は描けなくなっちゃうんで。こういう絵を描きたいと思ったらその写真を探さなくちゃいけなくってたいへんだし、だったら覚えちゃったほうがいい。馬も後ろ脚とかだいぶ謎だったんですけど、大体なんとなく構造がわかってきた。でもやっぱり……馬は難しいですね。
──ちなみに馬はどこから描き始めるんですか。
コマの中に入れるときは、まず大きさを見当つけて、バランスから描きますね。
──バランス?
いわゆる黄金律ってのがあって、頭と首と胴体は何:何だ、肩から肘は何:何だ、みたいな。その比率さえ守ってれば馬に見えるんです。でもこんなこと言っておきながら、タラスさんが駆けつけたときの馬、ちょっとデブになっちゃった。ので、精進します。
──じゃあ今回はお料理やったんで、4巻が出るときには森さん、馬乗りに行きませんか。実物触るのも作画の参考になるでしょう。
行きたいですねー! 1回ぐらい乗っとかないとなって思って、体験乗馬みたいの、調べてたところです。
美しい20歳の娘・アミルが嫁いだ相手は、弱冠12歳の少年・カルルク。遊牧民と定住民、8歳の年の差を越えて、ふたりは愛を育む事が出来るのか……(第1部)。エイホン家の居候英国人・スミス。旅を続ける彼が出会ったのは、5人の夫と結婚して、5人とも先立たれた美しく幸薄き"乙嫁"・タラス……(第2部)。悠久の大地・中央アジアの生活文化を圧倒的な筆致で描き上げる、人気絶好調シリーズ。連載は現在"アラル海編"の第3部へ!
森薫(もりかおる)
1978年生まれ。2002年に月刊コミックビーム(エンターブレイン)より「エマ」でデビュー。“メイド好き”として知られており、「エマ」ではメイド喫茶やコスプレなどで見られるアイコンとしてのメイドではなく、1800年代、ビクトリア朝時代のイギリスにおけるメイドを歴史考証に忠実に描いた。好評を博した同作は、2005年にアニメ化。2006年には番外編も展開され、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞するに至った。2008年10月よりFellows!(エンターブレイン)にて待望の新作「乙嫁語り」を連載中。