コミックナタリー Power Push - 石井あゆみ『信長協奏曲』

担当編集者が惚れ込み世に問う、カテゴライズ不能な痛快戦国デイズ

「天才だ!」と確信して、もうたまらない気持ち

市原武法氏

戦国っぽい背景とか、こういうの異常に上手いんですよね。何の修行もしたことないはずなんだけど、女の子独特というのかな、よくも一生懸命描くよなと思うんですけど。

──アシスタントを入れずに、ひとりで描いてらっしゃるんですよね。

そうです。背景とか着てるものとかは、もう初めて見たときから異様に描き方が上手くて。まだ全然拙かったんですけど、何か異様な力があったんで。

──その初めて見たとき、というのは持ち込みですか?

いや、サンデーの新人コミック大賞に応募してきた。17歳のときですね。「悩める単細胞」っていう女の子がダイエットするマンガだったんですけど、2次選考っていうかなり下のほうで落ちちゃって。

──あれれ。

でも僕的には「天才だ!」と確信して、もうたまらない気持ちになっていて。(「結界師」の)田辺イエロウ以来のとんでもないのが来たな! と思ってひとりだけ高い点付けてたんですけど、周りの評価は「絵が古い」とか「昭和だ」とか「少年誌じゃない」とか。「いつか絶対に小学館漫画賞取ってこいつら見返してやらぁ」と思いましたね。

──市原さんだけが気付いていたんですね。

それで17歳の彼女に電話して、「2次選考で落ちちゃったんだけど、君の才能に興味がある」って編集部に来てもらいました。もう初めて見たときからクリエイターでしたね、明らかに。ほとんどしゃべらないんだけど、明らかに山のようにいろんなことを観察して考えてる、すごい聡明そうな人間だなってのがよくわかったんです。

──ほとんどしゃべらないんだ(笑)。

すごい人見知りですからね。それでずっと手塩にかけて育ててたんですけど、やっぱり週刊には向いてなかったんです。野球好きで西武ライオンズのファンなんで、18ページで野球マンガを描いてもらったことがあるんですけど、でも違うんですよ。ピントがよく合わないんですよね。

個性が強烈な本物の才能ほど、ピントが合わない

斎藤道三の娘で信長の正室、帰蝶。萌えとも乙女系とも断絶した独特な絵柄。

──ピントが合わない、というのはどういう意味ですか?

よく僕が使う言葉なんですけど、企画と才能がうまく噛み合ってるのが、ピントが合った状態。でも面白いもんで、個性が強烈で本物の才能を持ってる人ほど、ピントが合わないんですよ。企画とその人の向き不向きがなかなか合致してくれない。言い方は悪いですけど、強力な個性がない人ほど簡単にイメージが湧くんですよ。この人ならバトルものが向いてて、最終的にはこんな作品を描く作家さんになるんじゃないかな、って。

──じゃあ石井さんもいろいろなジャンルを。

もう本当に、妖怪ものから忍者ものから座敷童子の話から、山のようなネタを描いてもらったんですけど全くピントが合わないんですよね。これを読者に提示しても面白いと思ってもらえる確信がない、っていう状態がずっと続いてて。また次の読み切りで新しいジャンルに挑戦してみようとか、新しいキャラクターを作り出してみようとか。

──そんな苦しみの中、どこで信長が出てきたんでしょう。

ゲッサンの創刊企画が立ち上がった頃ですから、1年半ぐらい前ですかね。もともと石井さんは月刊連載に向いていると確信していたので、真っ先に「月刊誌でやろうよ、週刊に向いてないし。君ゆっくり描いたほうがいいよ」って話をしたんです。その前から、彼女の趣味が野球と歴史だって言うんで歴史小説をいろいろ貸して読ませてたんですよ。そしたら信長と、あと高杉晋作が良かったとかって雑談になって、そのときようやく「歴史もの描かせたら面白いんじゃないか?」と。

──ようやく(笑)。

それで「(歴史もの)描いてみる?」って聞いたら「面白そう」って。で、僕ずっと思ってたんですけど、歴史ってホントのところは誰もわかんないですよね。最近だって斎藤道三は1人じゃなくて親と子の2人いたんじゃないかって研究が進んでる。幕末ですら、土方サイゾウなのかトシゾウなのかいまだにわからない。そんな与太話のひとつで、信長ってすごく現代人っぽいよねって話を2人でしてて。

──ああ。地球儀を見て一瞬で理解したとか。

通行税を廃止して人とモノの交流を促進させるなんて規制緩和じゃないですか。すごい現代人っぽい。じゃあ信長はタイムスリップした現代人だったんじゃないかって話ですよ。んで、タイムスリップした人がただ信長になりましたって話だとあまりにウソっぽいので、もともとちゃんと信長はいて、でも信長をやめたがっていて、後を託されるって話が出てきたわけです。

石井あゆみ『信長協奏曲』 / 2009年11月12日発売 / 460円(税込) / 小学館 ゲッサン少年サンデーコミックス / ISBN: 978-4-09-122100-1

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石井あゆみ『信長協奏曲』(1)

あらすじ

勉強嫌いで日本の歴史になんの興味もない高校1年生・サブローは、ある日突然、戦国時代にタイムスリップしてしまう。そこで出会った本物の織田信長は病弱で、顔はサブローにそっくりだった!

その信長に「体の弱い自分に代わって織田信長として生きてくれ」と頼まれてしまい……!?

織田信長を衝撃の新解釈で描く、時をかける風雲児サブローの戦国青春記、待望の第1巻!!!

石井あゆみ(いしいあゆみ)

1985年9月24日生まれの24歳。神奈川県出身。2003年に17歳で初投稿。2004年「佐助君の憂鬱」でサンデーまんがカレッジ入選。2009年5月のゲッサン創刊号から、弱冠23歳にして「信長協奏曲」で人生初連載をスタート。