コミックナタリー Power Push - やまさき拓味「犬と歩く」
犬はなんでも覚えてるんです──。信念に根ざした感動の人間×犬マンガ
いま静かに感動を呼んでいる動物マンガがある。作者は「優駿の門」で競馬界を舞台にサラブレッドたちの熱い戦いを描き出した、やまさき拓味。その生き物に感情移入する視線と圧倒的な画力を、今度は犬に注ぎ込んだのが、「犬と歩く」(実業之日本社)だ。
コミックナタリーではこのベテランが挑む動物マンガの新地平に注目、世田谷区の住宅街にやまさきを訪ねた。「犬が泣く」という現実にはありえないシーンを表紙で大胆にやってのけた着想と手法について、たっぷりと語ってもらう。
取材・文・撮影/唐木 元
「しゃべらない犬」でいかに気持ちを伝えるか
──はじめまして。さっそくですがやまさきさん、この表紙には驚かされました。しばらく気づかなかったんですよ、ありえない絵だってことに。
ははは。まあこれが「マンガにしかできないこと」なんじゃないかと思ってます。泣いてる犬ってのは写真じゃ撮れないですからね。それも、かわいいキャラクタータッチの犬が泣いてるんじゃなくて、けっこう写実的な。
──比較的リアルタッチで、泣いてる、という。これはやはり「優駿の門」で培われた何かではないかと。
そうです。競馬マンガを長くやってて、とにかくギリギリまでデフォルメして、でもマンガタッチにはならないように、あくまで仕草とか表情を極力写実的に追いながら、馬との心のふれあいを見せるっていう。
──本当に写実と、デフォルメとの端境で。
その中間点で描くんです。例えば、あの、しゃべらせたら簡単でしょう?(笑) それをしゃべらせずに、仕草だとか目だとかで気持ちを表現していこうと。犬マンガはいっぱいあるけど、そのセンならほかの人たちとの差別化ができるんじゃないかと、最初に。
──そもそもこのマンガの着想はどういったところから?
この前に、プレイコミック(秋田書店)で犬マンガの原作をやっていたんです。早川恵子さんという、うちのスタッフでもある人が作画で。だから週刊漫画サンデー(実業之日本社)さんからお話をいただいたときに、犬マンガを今度は自分で描いてみようかな、と。ちなみに早川さんはパピヨンを飼っていて、紋次郎と言うんだけど、職場のアイドルというか、ボスですよ(笑)。
──あ、やっぱりご自身でも犬を飼われているんですね。
ええ、あと家のほうには柴の雑種が。もう16歳だから、いろいろ(身体が)悪くなってきちゃってるんだけど。
──「犬と歩く」にパピヨン出てきますけど、あれはひょっとして。
そう、あのモデルです。といってもあれは見かけだけで、エピソードはまた別の犬の話がモデルになっていて、そうやっていろいろ組み合わせてできていることが多いです。
夜明けの散歩で「ちょっと写真撮らせてください」
──そのあたり、創作の実際のところについてお伺いしたいんですけれども。いまお伺いした感じだと、モデルになった犬がいるということですか。
全部じゃないですよ。あ、これはマンガになるなって思ったところをうまく組み合わせて。
──取材はどのようなところへ行かれるんでしょう。
散歩をしてると見つけたりとか。
──あ、街角でハントしてるわけですか! それはたいへんそう。
そりゃもう、このご時世やりにくいんですよ。まずオヤジは無愛想なのが多いでしょ、しゃべんないから取材にならない。若い人に声かけると、ヤバい人だと思われる。だからやっぱり、おばさんですよ。おばさんの中にも声をかけやすい人とかけにくい人といるから、それを見極めていくわけですよ。通報されたらおしまいだから。
──(笑)。
だって僕が散歩行くのって朝も朝、夜明けなんですよ。夜明けに知らない人から声をかけられる時点で、もう。
──怪しいです。完全に。
それで「ちょっと写真撮らせてください!」って(笑)。昼間だと昼間で、なんかのセールスだと思われたりするんだ。だから名刺渡してね。何ならマンガ本見せて「これ私なんです、ほら表紙に名前あるでしょ」か何か言って。
──やまさき先生が。泣けますなあ。近所じゃ「犬の取材の人」って有名になってたりするんじゃないですか。
それが「この犬は面白いぞ、描けそうだぞ」って思って声をかけてるから、顔を覚えてないんですよ、人間の。お名前も伺ってなかったりして、でもどのマンションに住んでらっしゃるかは知ってたりするので、単行本ができてどう渡したもんかと、そのマンションの郵便受けの前行ったり来たりしてね。また不審人物っていう(笑)。
──ここで何点か、やまさき先生が実際に取材で撮影された写真をお借りしたので、紹介したいと思います。作品中に登場した絵と比べて、写実とデフォルメのぎりぎりの線というのを感じてもらえれば。
作品紹介
ダックスフンド、ワイヤーフォックステリア、キャバリア、パピヨン、ゴールデンレトリバー、チワワ、シーズー、7種類7匹の犬と7組の飼い主。動物マンガの第一人者・やまさき拓味が、実際に出逢った犬と飼い主をモデルに描き出す深い絆のストーリー。
やまさき拓味(やまさきひろみ)
1949年和歌山県生まれ。1972年に小池一夫原作「鬼輪番」でデビュー。多数の競馬マンガを執筆しており、代表作は「優駿の門」シリーズ。感動的な話作りに定評があり「涙の巨匠」の異名を持つ。