コミックナタリー Power Push - THE INCAL「アンカル」

「血界戦線」の内藤泰弘と紐解く “ドローイングゴッド”メビウスの描き出す絵の魅力

映画監督としても知られるアレハンドロ・ホドロフスキーと、ジャン・ジロー名義でも活躍したメビウスのタッグが生み出したバンドデシネのマスターピース「アンカル」。大友克洋や寺田克也ら、名だたるマンガ家たちにも影響を与えた同作の新装版が、パイ インターナショナルより発売された。

コミックナタリーでは発売を記念し、メビウスを“ドローイングゴッド”と崇拝する「血界戦線」の内藤泰弘にインタビューを実施。メビウスが描き出す絵の魅力を紐解くとともに、「アンカル」の見どころ、自作への影響までを存分に語ってもらった。

取材・文 / 斎藤宣彦 撮影 / 宮津友徳

「アンカル」とは

「アンカル」のカラーカット。

「エル・トポ」など映画監督としても知られるアレハンドロ・ホドロフスキーが原作を、ジャン・ジローの名義でも知られるバンドデシネ作家のメビウスが作画を手がけたスペースオペラ。しがない私立探偵の主人公ジョン・ディフールが、ひょんなことから手にした、宇宙全体の命運が懸かっているとされる謎の物体“アンカル”をめぐる冒険が描かれる。

1981年から1988年にかけてフランスにて単行本が刊行され、20を超える地域で翻訳された。またホドロフスキーとメビウスは同作でハーべイ賞の最優秀海外作品賞を受賞している。

新装版にはコラム「アンカルの謎」を併録。

新装版には……

パイ インターナショナルより刊行された「アンカル」には、本編に加えその制作過程を解説するコラム「アンカルの謎」を収録。なお前日譚としてジョンの青春時代を描く「ビフォア・アンカル」、後日譚として「アンカル」のその後を綴った「ファイナル・アンカル」も、パイ インターナショナルより刊行されている。

作:アレハンドロ・ホドロフスキー / 画:ゾラン・ジャニエトフ「ビフォア・アンカル」

「ビフォア・アンカル」

貴族、平民、ミュータントが入り乱れ、猥雑な様相を呈した地下都市で育った少年ジョン・ディフール。彼はある事件をきっかけに発明家の父と娼婦の母を失ってしまう。その後探偵になることを決意した彼は、自身が住む惑星のタブーを捜査することに。やがて彼の捜査は惑星全体を巻き込む大騒動に発展していく。

作:アレハンドロ・ホドロフスキー / 画:ホセ・ラドロン、メビウス「ファイナル・アンカル」

「ファイナル・アンカル」

メカミュータントと肉食ウイルスによって消滅の危機に瀕した世界。記憶喪失に陥ってしまったジョン・ディフールは、ミュータントたちに襲われる最中でルス・デ・ガラという女性の名前を思い出す。自分とルスが結ばれれば世界は救われると知ったジョンは、彼女を探す旅に出る。

内藤泰弘インタビュー

メビウスはドローイングゴッド

──これが今回刊行される新装版「アンカル」の見本です。

内藤泰弘

おお。僕、多分「アンカル」は4回は買い直してますよ。フランスで刊行されたバンドデシネ版を英語に翻訳したやつだったり、フランスに行ったときに時間がなくて「『アンカル』だったら持ってないやつかもしれない!」って手当たり次第に買ったのとか(笑)。オリジナルは全6巻ですが、日本でも1980年代に最初の1巻だけ出ていますよね。2010年に出たShoPro版でようやく日本語で通読できて、初めて内容がわかったという感じです。おっと、こういう話って、もうしちゃっていいんですかね。

──はい、でも少し時間を巻き戻して、メビウスとの出会いからお聞きしたいのですが。

そうですね、小さいころは本を読んで、絵ばっかり描いてました。スヌーピーや赤塚不二夫の「天才バカボン」からマンガに入って、自分でも描き始めたんです。小学生のときに「宇宙戦艦ヤマト」と「銀河鉄道999」のマンガやアニメを経験して、少年サンデー(小学館)の高橋留美子先生や細野不二彦先生を通って、そのあと大友克洋先生に行き着く。“大友ショック”が多分、中学2年でしたね。「さよならにっぽん」っていう大友先生の短編集を初めて読んで、その頃からたぶん、メビウスの影をじわじわと大友先生を通して感じていました。

──以前コミックナタリーで大友克洋さんにインタビューを実施した際には(参照:大友克洋「武器よさらば」復刊記念1万字インタビュー)、70年代後半にメビウスから大きな影響を受けたと語っていました。

なるほど。80年前後にSF誌のスターログ(ツルモトルーム)で、メビウスの絵を毎月1枚ずつ載せたり小特集をしてたと思うんですが、そのあたりで「あ、マンガの世界には、こういう方がいらっしゃる」ということがわかってきた。そのあとメビウスに辿り着いてからは、僕の中ではホントに「メビウスの絵が一番いい絵」なんですよ。ベストですね。

──となると内藤さんにとって作家・メビウスは……。

「血界戦線」10巻

純粋に「ゴッド」です! ドローイングゴッド。僕は作風的には全然違う道を進んで、「トライガン」とか「血界戦線」っていう、自分がいいと思うものをやってるんですけれど。できるならメビウスになって、メビウスの絵をずーっと描きたいですね。

──メビウスになりたい。

そうすると、目の前にどんどんメビウスの絵ができあがっていくわけだから(笑)。絵を見ているだけで、えも言われぬ快楽ですね。実はお話はそんなにグイグイと追っかけてなくて、ホントにひたすらうっとり眺めるというのが一番多い。どのコマを取ってもTシャツにできますよね。すごいなと思いながら見てますけれども。

作:アレハンドロ・ホドロフスキー/画:メビウス「アンカル」2015年12月18日発売 / 3888円/パイ インターナショナル
「アンカル」

アレハンドロ・ホドロフスキーとメビウスによる、世界的ベストセラー「アンカル」。クローン手術を繰り返す大統領、ミュータント、異星人、殺し屋、階級間の争い、陰謀……主人公ジョンの行く先にはさまざまな試練が待っている。宇宙と人類の運命を懸けた大冒険の先に見たものとは? アンカルとは何なのか? 人はどこから来てどこへ行くのか? これぞスペース・オペラ。追加要素として「アンカル」に隠されたさまざまな謎を解き明かした「アンカルの謎」を収録したマンガファン必読の1冊!

内藤泰弘(ナイトウヤスヒロ)

1967年4月8日神奈川県横浜市生まれ。1994年、スーパージャンプ(集英社)にて「CALL XXXX」でデビュー。代表作にアニメ化、映画化された「トライガン」「トライガン・マキシマム」。またジャンプスクエア、ジャンプSQ.19(ともに集英社)にて連載された「血界戦線」も、2015年にアニメ化を果たした。現在はジャンプSQ.CROWN(集英社)にて、同作の新シリーズ「血界戦線 Back 2 Back」を連載しており、単行本1巻が2016年1月4日に発売される。アメリカンコミックおよびフィギュアのフリークとしても知られ、自身もフィギュア製作ブランドを主宰している。

ユマノイド

1974年12月、フランスのパリでメビウスや、フィリップ・ドリュイエといったバンドデシネ作家が創設した出版社。1975年に、日本の作家にも多大な影響を与えたコミック誌メタル・ユルランを創刊。アメリカにおいてはヘビー・メタルの誌名で翻訳出版された。2014年には日本支社を設立し、パイ インターナショナルを発売元としてバンドデシネ作品の刊行をスタートさせた。

PIE COMIC ART
PIE COMIC ART

パイ インターナショナルのコミックレーベル。大友克洋「POSTERS」や、寺田克也「ココ10年」「絵を描いて生きていく方法?」など、国内のベテラン作家による作品集を中心に、コミック表現の中でも“イラスト”の力にこだわった、ハイクオリティな作品を出版している。またコミックの魅力をボーダレスに発信することを理念に、国内作品を海外に届けるとともに、海外の良質な作品を翻訳して国内に紹介するなど、国際的な出版活動を行う。