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どうでしょう班悶絶カブの旅!京都-鹿児島1400km「原付西日本」DVD化

「水曜どうでしょう」(HTB)のDVD第20弾「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」が10月30日に発売される。

「原付西日本制覇」は、2000年5月24日から6月28日まで6週にわたって放送された。京都の金閣寺から鹿児島県の佐多岬まで、原動機付自転車(ホンダのスーパーカブ)で1400km走破しよう、という途方もない企画だ。今回の特集ではこの通称「原付西日本」の見どころを紹介する。

文 / 成田邦洋

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の見どころ

京都旅行のつもりだった

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

2000年4月4日。大泉洋は「春を満喫グルメと出湯 ぶら~り京都の旅」に臨むつもりだった。“若旦那”のメイクと扮装で京都の旅へ気合十分の大泉。ところが現地、金閣寺の駐車場で、真の企画「原付西日本制覇」が明らかになったのである。カブを駐車場に発見した大泉は「あぁ、びっくりしたぁ……」と“生のリアクション”を披露。かくして京都の金閣寺から鹿児島県の佐多岬まで、1400kmという途方もない道程をカブで走る旅は、その幕を開けた。ちなみにHTBでの「水曜どうでしょう」本放送の際、この企画はミスター(鈴井貴之)の映画製作によって番組が一時休止を迎える前の、最後の大型企画だった。

ミスターの荷台にそば粉が積まれる

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

初日に城下町・出石にて名物の皿そばを食べたどうでしょう班。食後、ミスターの荷台には出石そば粉が積まれることとなった。これは「見つけたものは貪欲に拾っていこうと思っている」という藤村Dの意向によるものだ。カブの装備は旅が進むにつれ、さらに重厚さを増すことに。3日目、大泉のヘルメットには出雲の郷土玩具「張子虎」、ミスターのヘルメットには安来名物のどじょうすくいを象徴する「ひょっとこのお面」がそれぞれ装着された。出雲市で出雲そばを食べた際にも、やはりミスターの荷台には出雲そばが搭載されている。

“赤ヘル”藤村Dがカブ代行乗車

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

藤村&嬉野の両ディレクター陣は、ミスターと大泉がカブを運転する背中を後方車両から追走し、撮影を続ける役割。しかし1日目の宿泊先・城崎温泉において、藤村Dは「どうしてもキツいという場合には運転を代わる」と、代行運転の可能性を2人に示唆してみせた。藤村Dが大泉の代わりにカブで走行し、その言葉を実現させたのは4日目のこと。眠気や疲労感をリアルなトーンで訴える大泉に、藤村Dが救いの手を差し伸べたのである。赤いヘルメットでカブにまたがる“赤ヘル”藤村Dは、代行運転をそつなくこなしながらも「こんなものに1日は乗ってられないよ」と、ミスターと大泉の辛さを初めて体感するのだった。

魔神降臨!「対決列島」の誕生

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

結果的にはカブを代行で運転した藤村Dだが、そもそも代行にあたって条件を提示していた。3日目、すでに疲労困憊のミスターに藤村Dは「僕と勝負をして勝ったら代わりに運転する」と提案。その勝負とは、もともと甘い物に目がない藤村Dとミスターによる「甘い物早食い対決」だという。初めての対決は3日目、山口県の道の駅でのこと。用意された甘い物は、城崎温泉で購入した「大かにもなか」だ。大泉の実況で対決は盛り上がりを見せ、ミスターは大量のもなかを口に含んで悶絶。藤村Dが余裕の勝利を収めたのである。この対決は、のちにメイン企画「対決列島」に発展。なお藤村Dの呼び名「魔神」は、この旅で大泉が生み出した。

大泉が親代わり「だるまの嫁取り」

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

3日目までの前半戦を振り返り、藤村Dが反省の弁を口にする。「積み荷が地味だ」と。これを受けて4日目からは、大泉のカブに高崎のだるま、ミスターのカブに秋田のなまはげが積まれることとなった。どちらも1999年の「原付東日本」で使用されたものだ。さらにサブストーリーとして「だるまの嫁取り」という設定が誕生。5日目、大分県竹田市の「後藤姫だるま工房」にて、高崎のだるまと現地の「姫だるま」のお見合いが実現した。だるまの親代わりを大泉、仲人をミスターが務める中、謎に包まれていた姫だるまが正体を明かすと、その美貌に一同はため息。お見合いはめでたく成立し、高崎のだるまは大泉の手によって、初めて黒目に微笑みをたたえるのだった。

波乱の後半戦「関門トンネルが通れない」

DVD「原付西日本制覇 / 今世紀最後の水曜どうでしょう」の一場面。

2日目の夜にミスターはこう断言した。「3日で1400kmをカブで走る計画は無謀。目的地を下関にして、西日本ではなく『中国横断』にしよう」。しかしこの意見はあえなく却下。3日目を終えた時点で、どうでしょう班は走行距離600km地点、山口県の萩に到達した。ここで彼らはスケジュールを一度分割し、あらためて2週間後に再スタートを切ることに。後半戦の幕開けは、下関と福岡県北九州市を結ぶ関門トンネル。ところが、カブでは関門トンネルを通行できないことが料金所で発覚する。大泉とミスターはやむなくディレクター陣と離れ、2人きりで九州を目指すのだが、さっそく道に迷ってしまう。計算し尽くされた藤村Dのプランニングと、旅の途中で発生する意外な落とし穴。「原付西日本」で4人の間に漂う焦燥感はゴールまで続くのである。