yutori「スピード」インタビュー|「強い人間ではないけど、誰かに寄り添いたい」 (2/2)

「救いたい」という気持ちを書いたのは初めてだった

──では、メジャーデビューシングル「スピード」について聞かせてください。「僕のヒーローアカデミア」のスピンオフ作品を原作とした、テレビアニメ「ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-」のエンディングテーマですね。

佐藤 私にとって「ヒロアカ」は、学生時代を彩ってくれた作品なんですよ。映画は全作劇場に観に行ったし、友達と一緒にトレカで遊んだり、コラボカフェや展示に行ったりしました。そんな作品にまさか携われるとは思ってもみなかったです。

豊田 それに「ヴィジランテ」は俺らにぴったりな作品だと思いました。みんなもそう思わなかった?

内田 確かに、主人公の航一とyutoriには通ずるものがあるよね。強い人間ではないけど、「こんな自分でも人を救いたい」という気持ちを持っているところとか。

浦山 そうだね。最初は「どうやってアニメに寄り添えばいいのか?」と悩んでいたんですよ。だけど原作を読んでいるうちに「考えすぎなくてもいいかも」「yutoriが伝えたいことを書けば、ちゃんと寄り添えるはず」と考えられるようになったのは、その部分がマッチしていると感じたからです。だから歌詞は難航することはなく……でも、面白かったですね。歌詞に自分を見透かされた感じがして。「僕は弱い」ということは今までの曲でもけっこう書いてきたけど、「救いたい」という気持ちを書いたのは今回が初めてだったんですよ。「ヴィジランテ」という作品や歌詞を書くという行為を通じて、改めて自分を客観視したら、自分でも知らなかった気持ちに気付けました。「あっ、俺って寄り添いたいんだ」「お客さんを救いたいという気持ちが芽生えているんだ」というふうに。

浦山蓮(Dr)

浦山蓮(Dr)

内田 でもさ、「寄り添いたい」という気持ちは「Luv」の頃からあったんじゃない? あのとき生まれた感情が今回言語化されたのかなと、俺は歌詞を見て思ったんだけど。

浦山 うん、そうだと思う。Dメロの「弱気な奴の守るだなんて 響かないよな」という歌詞が出てきたときが一番気持ちよかったです。自分で書いた言葉だけど、「そうなんですよ!」という気持ちになって(笑)。

豊田 俺はその前の「僕はどうだい?」も好きだな。ここで初めて自問自答してるんだよね。

浦山 そう。どの職業の人もそうだと思うけど、バンドをやっていると周りの人につい気を使ってしまうんですよ。メンバーともスタッフさんともうまくやりたい。だけど寄り添いすぎると、自分の心情がわからなくなってしまう。そんなことを感じていたときに、こういう歌詞が出てきたということは……。

佐藤 一度立ち止まって、自分に疑問を投げかけるターンが欲しかったんだろうね。

浦山 ね。だから「人を救いたい」と言いつつ、自分のことも救ってくれる歌詞だなと思います。

──先ほど、歌詞を書くのが「面白かった」と言っていましたよね。その感覚について、もう少し詳しく聞かせていただけますか?

浦山 なんというか、「人の心情ってここまで変わるんだ」って。

豊田 僕らから見ても、蓮さんは本当に変わったと思います。

佐藤 前までは、他者を攻撃したり、自分をめちゃくちゃ蔑んだりする歌詞が多かったんですよ。

浦山 卑屈なやつだったからね。

内田 今まではそんな自分を嫌っているような感じだったけど、最近の歌詞を見ていると、弱い部分も含めて、自分を容認しているんだろうなと感じます。だから性格は変わってないけど、物事の捉え方が変わったんだろうなと。

浦山 そうね。前は自分の嫌な部分を見て、ため息をつくような感じで歌詞を書いていたんです。だけど「弱いとダメなのかな?」と考えたときに、「いや、ダメってことはないな」と気付いて。今は、自分の弱いところも武器にできるんじゃないかと思えています。「スピード」の歌詞がきっかけでその変化がたまたま表に出てきたけど、そもそも自分が変わることができたのは……たぶん、5年間真剣にバンドをやってきたからだと思う。1曲限りのはずだったバンドを5年続けた先でこんな変化があるなんて、人間って面白いですよね。そういう意味で「面白い」と言ったんだと思います。

豊田 「弱くてもダメではない」と思えたからこそ、自分と同じように悩んでいる人を救いたいという気持ちが芽生えたんだろうね。

浦山 うん。救いたいし、「そのままでいいんだよ」って伝えたい。しかも俺1人じゃなくて、4人でそう歌えるからいいんだよなって。

佐藤 「今のあなたを守りたい」という気持ちは、蓮だけじゃなくて4人とも持っているからね。

豊田 だから今のyutoriのコンセプトになっている。そう考えると、全部つながってるんだね。

──バンドによって個人が変わり、個人の変化によってバンドのメッセージが新たに生まれていると。メジャーデビューシングルにふさわしい歌詞だなと改めて思います。

浦山 メジャー1発目のシングルでこの歌詞を書けたのは財産になるなと、自分でも思っています。これから先「僕たち変わっちゃったかも」と思う日が来ても、この曲に戻れば、何を伝えたくてバンドをやっているのかを再認識できるので。

体の一部が欠けてしまっても、大切なあなたのもとへ

──サウンドについてはいかがでしょう? 冒頭から音が歪んでいて、インパクト抜群ですね。

浦山 全体的にバリバリさせたくて、編曲に3カ月かけました。ここまで時間をかけたのは初めてでした。

内田 どこかのポイントで行き詰ったのではなく、一度作ったものをブラッシュアップするのに3カ月かかったという感じです。「スピード」というタイトルの通り、1秒たりとも減速しない曲にしたかったんですよ。なので、変則的なもののほうがスピードを感じやすいという考えから、1サビと2サビとラスサビで各々違うフレーズを弾いていて。あとは、全体のバランスを見て「ここはちょっとスピードが足りないよね」と思った箇所があれば、ほかのパターンを試したりしました。

──ずっとマックスで出力していればOKという単純な話でもないですよね。

内田 そうですね。例えばラストのサビ頭は他の楽器がフェードアウトしてギターだけになるんですけど、楽器の音が戻ってくるタイミングもかなり考えて。音が減って、一時的な減速に聞こえる分には構わないけど、加速のための減速なのか、ただの減速になってしまっていないかという判断をシビアにしていきました。ギターのグリッサンドも50パターンくらい試したんですよ。

内田郁也(G)

内田郁也(G)

浦山 6秒しかないところだけど、1週間かけて考えました。そんな感じのペースだったから、全体を仕上げるのに3カ月かかったんです。

──なるほど。佐藤さん、ボーカルレコーディングの際にはどのようなことを考えましたか?

佐藤 デモを聴いたときに、凸凹の道のイメージが浮かんだんですよ。飛行機の滑走路のような何もない道ではなく、苦悩や悲しみが積み上がって瓦礫の山になっているような。

内田 その解釈、わかる気がする。障害物を乗り越えたり避けたり転んだりしながらも、守るべきものに向かって突っ走ってる感じがする曲だよね。

佐藤 そう。ほかの人に笑われてもいいからあなただけを守りたい、というような。そこから「じゃあ、ちょっとがなりを入れてみよう」「歌声に葛藤を混ぜたい」というふうに考えていきました。この曲で特に大事なのは、2番のサビ以降だと思っていて。レコーディングのときは「私が行かないと自分の家族が死んでしまう」というシチュエーションを想像しながら歌いましたね。

──極限のシチュエーションをイメージしたんですね。

佐藤 レコーディングでは歌う言葉もメロディも決まっているけど、何を考えながら歌うかによってボーカルの表現は変わると思っていて。「私がどれだけ怪我をしても、たとえ体の一部が欠けてしまっても、大切なあなたのもとへすぐに行くよ」というようなことを考えながら歌いました。

浦山 ボーカルディレクションは自分がやっているんですけど、普段は「ここはこうやって歌ってみて」というふうに伝えるんです。でもこの曲は俺が何かを言うよりも、yutoriのフロントマンとしていろいろな景色を見てきた古都子に任せたほうが絶対にいいテイクが出ると思って、「自由に歌ってください」と伝えました。そしたら本当にベストテイクが出た。

佐藤 歌い終わっても、なかなか反応が返ってこなかったんですよ。だから「どう?」って聞いたら、蓮の雄叫びが……(笑)。

浦山 「よっしゃー!」ってデカい声が出ちゃいましたね(笑)。どれだけいいテイクでも、普段は何回か録るんですよ。歌っているうちにニュアンスが変わったりするので。だけど今回は「これを超えるものは絶対に出ないだろう」と思うくらいハマっていたから、テイク1で終わりました。「弱気な奴の」から「芯の臓」までの部分ですね。

内田 その部分、デモのときは苦戦してたよね。30回くらいトライして、それでもどうしても歌えないって言ってなかった?

佐藤 そう。「難しいよー!」って言いながら歌ってました。

内田 それなのに一発で録ったなんて、すごいですよね。

浦山 プリプロからレコーディングまでの数日間で超練習してくれたんだろうな。気迫を感じました。

せっかくメジャーデビューするんだから、もっといろいろな世界を見たい

──Dメロの「わかっていても」のあとに入るフェイクも素晴らしかったです。歌詞のない箇所だけど、言葉にならない感情が佐藤さんの歌声で表現されているなと思いました。

佐藤 ありがとうございます。

浦山 ここ、当初は歌詞を詰めようかなと思ってたんですよ。「救いたいんだよ」という気持ちをちゃんと言葉にするべきなんじゃないかと。でも、「わかっていても」のあとにくる結論は結局なんなのか、言わない方がきれいだなと思ったんです。

内田 その感覚はすごくわかるな。「響かないよな わかってる わかっていても」って歌っているんだから、そんなすぐに答えが出るわけないよなって思うし、その葛藤がちゃんと伝わってくるフェイクだし。

豊田 ここで「救う」という言葉が出てきていたら、話がまた変わってくるよね。

浦山 うん。あえて言わなかったからこそ、そのあとのラストのサビに迫力が出たんだと思うし、この流れは自分もすごく気に入ってます。

──今作のリリースを皮切りに、yutoriの活動はますます加速していくかと思います。新しい環境で今後やってみたいことはありますか?

浦山 例えばアレンジャーさんやプロデューサーの方など、いろいろな方々と仕事をしてみたいですね。

──アレンジャーといえば、2023年リリースのミニアルバム「夜間逃避行」に収録されている「ヒメイドディストーション」は、ヒトリエのシノダさんが編曲に携わった楽曲でしたよね。

内田 シノダさんのアレンジは当時の自分たちには思いつかないようなものだったけど、そこでインプットしたものを翌年にリリースしたシングル「有耶無耶」に生かすことができました。そんなふうに自分たちにないエッセンスを持った人に出会って、どんどん吸収して、表現の幅をもっと広げたいなという気持ちがあるんですよね。

浦山 せっかくメジャーデビューするんだから、もっといろいろな世界を見たい。やりたいと思ったら次の日にはやるくらいのスピード感で活動できたらと思います。

yutori

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公演情報

yutori ONEMAN TOUR 2025 "One call away"

  • 2025年4月12日(土)福岡県 DRUM Be-1
  • 2025年4月29日(火・祝)新潟県 GOLDEN PIGS BLACK
  • 2025年5月30日(金)宮城県 darwin
  • 2025年6月1日(日)北海道 PLANT
  • 2025年6月7日(土)広島県 CAVE-BE
  • 2025年6月8日(日)香川県 DIME
  • 2025年6月14日(土)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2025年6月29日(日)東京都 Zepp Shinjuku(TOKYO)
  • 2025年7月11日(金)大阪府 BIGCAT

プロフィール

yutori(ユトリ)

2020年12月に始動した4人組バンド。2020年にEggsに初めて投稿した楽曲「ショートカット」が話題を呼び、2022年以降は「JAPAN JAM」「METROCK」「MERRY ROCK PARADE」などの大型フェスへの出演を果たす。さらに同年、WOWOWオリジナルドラマ「早朝始発の殺風景」に主題歌「モラトリアム」を提供し、この曲を表題曲としたミニアルバムをリリースした。2023年9月には2ndミニアルバム「夜間逃避行」を発表。2024年3月には対バンツアー「対」を行い、全公演をソールドアウトさせた。5月には3rdミニアルバム「Luv」をリリースし、9月より全国7都市を巡るワンマンツアー「Luv yourself」を開催。2025年4月にテレビアニメ「ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミアILLEGALS-」のエンディングテーマ「スピード」を表題曲としたシングルでメジャーデビューし、同月より全国9都市を舞台にワンマンツアーを行う。