2020年12月に活動を開始した東京発の4人組ロックバンド・yutori。当初は1曲限りのプロジェクトとして始まったが、Eggsに初めて投稿した楽曲「ショートカット」が話題を呼び、活動を継続することに。ロックシーンにて着実にその名前を広め、結成5周年を迎える今年の4月にシングル「スピード」でKi/oon Musicよりメジャーデビューを果たす。
デビューシングルの表題曲は、テレビアニメ「ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-」のエンディングテーマ。浦山蓮(Dr, Cho)が作詞作曲したこの曲は、不安や焦燥を抱えながらも前へと力強く進んでいくような1曲となっている。
音楽ナタリーではメンバー4人にインタビューを行い、5年間の軌跡、そして新たな一歩を踏み出すシングルについて話を聞いた。
取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 山崎玲士
お客さんを「もうお腹一杯だわ」と言わせたい
──メジャーデビューおめでとうございます。
一同 ありがとうございます!
──2月23日にshibuya eggmanで開催したワンマンライブ「yutori 5th Anniversary Starting Live 『大人になったら』」で、メジャーデビューを発表したんですよね。
佐藤古都子(Vo, G) はい。どんな言葉で発表しようか、4人でいろいろ考えたんですよ。
浦山蓮(Dr) 大事なタイミングだから、その場で出てきた言葉ではなく、4人でしっかり考えた言葉を届けるべきだと思ったんです。
内田郁也(G) バンドとして伝えたいことをすり合わせる中で「やっぱりお客さんに支えられながらここまできたから、改めて感謝を伝えたいよね」「『これ、メジャーデビューの発表じゃん』という空気を出しすぎるのもよくないかも」という話になったんですけど、ライブが終わったあとにSNSを見たら「解散するかと思った」という声もあって……。
豊田太一(B) お客さんには本当に申し訳なかったよね。
佐藤 そうだね。私、4月から大学4年生になるんですよ。「バンドか? 就職か?」という時期に「私たちのことを見つけてくれてありがとう」みたいな話をしてしまったので、確かに解散を匂わせているみたいに聞こえちゃったかもなって。
──だけど解散しないし、むしろ精力的な活動のためのメジャーデビューなんですよね。
佐藤 そうですね。お客さんには「メジャーに行っても変わらないよ」「君たちとの間に距離が生まれるということはないよ」と伝えたいです。
内田 なんならライブの本数を増やして、もっと会いに行きたいと思っているんですよ。
豊田 ライブはもちろん、リリースもたくさんしていきたいし。
佐藤 メジャーデビューを決めたのは、今よりもっと多くの人に自分たちの音楽を届けたいと思ったからなんです。これまでのように少人数の体制だと、yutoriの音楽を伝えるのにちょっと時間がかかっちゃうなと感じていて。
内田 去年はお客さんを「次のライブはいつかな?」「リリースはまだ?」という気持ちにさせてしまうことが多かったんですよね。
──昨年は配信シングルを4曲リリースし、6月に東名阪での対バンツアーを、9、10月に全国ワンマンツアーを回っていましたよね。十分ハイペースだと思いますが。
内田 本当はお客さんが追いつけないぐらいの情報量を発信して、「もうお腹一杯だわ」と言わせたいんです(笑)。
佐藤 去年はレコーディングが終わっているのに、リリースまで何カ月か寝かせてしまうことがあったんです。確か、ライブの出番前に蓮に聞いたことがあったよね? 「今新曲を作ってるって、みんなに言ってもいい?」って。
浦山 それはもちろんダメなんですけど、言いたくなる気持ちもわかるというか(笑)。
佐藤 お客さんに隠し事をしているみたいでもどかしかったよね。
豊田 そうだね。
内田 足踏みしていないといけない状況ってしんどいから、自分たちのためにも、休む暇がないくらい動いていたいんです。でも4人だけだと転んじゃう気がするので、周りのスタッフさんに支えていただけたらと思っています。
浦山 それに、一番近くにいてくれるスタッフチームは変わらないんですよ。メジャーデビューをきっかけにまったく新しい環境に移るというわけではないから、不安よりも「もっといろいろな景色を見たい」という気持ちが強くて。これからの活動が、僕ら自身とても楽しみですね。
“今”を大切に活動していけば、10年先まで続けられる
──yutoriは当初1曲限りのプロジェクトで、皆さんはバンドを続けるつもりがなかったそうですが、気付けば5年が経ちましたね。
佐藤 「1曲だけやってみよう」と集まったメンバーと5年も一緒にいることになるとは思っていませんでした。太一は高校の後輩だったからお互いのことを知っていたんですけど、当時2人のことは「ギターの人」「ドラムの人」と呼んでいて。最初は、名前と顔を覚えようという努力すらしていませんでしたね。
浦山 古都子だけじゃなくて、みんなそうでした。初めの頃は全員自分のことに必死だったけど、ライブの会場もだんだん大きくなって、各々自信がついてきてるんだなとメンバーの表情を見ながら思ったりして。
──1つずつ経験を重ねながら、バンドとして絆を深めていったんですね。この5年間でのターニングポイントをお一人ずつ挙げていただけますか?
浦山 自分は、2年前に行った3泊4日の制作合宿を挙げたいです。もともと4人とも意見がぶつかったら一歩引いてしまうタイプだったけど、ずっと一緒にいるとそうもいかないから、真っ向から対話をして。そうすると、お互いの嫌な部分が見えちゃうんですよね。
佐藤 蓮と私はめちゃくちゃケンカしたんですよ。
──ケンカしたら、どうやって仲直りするんですか?
佐藤 「今からちょっとゆっくり話さない?」とLINEで呼び出して、「実は今日、君のこういう言動に傷付いちゃったんだ。疲れているのもわかるんだけど」みたいな話を2、3時間くらいしました。
浦山 そこで「あっ、そういうふうに感じるんだね」と気付きつつ、「ごめんね。俺はこんなふうに思っていて……」と対話を重ねて。合宿のおかげで4人の距離が近付いたし、制作の仕方も、バンド内の空気も変わりましたね。
佐藤 私は、2023年のツーマンツアー「今しか鳴らせない音を」の最終日がターニングポイントだったと思います。そのツアーでは自分たちのルーツとなったバンドの方々を呼ばせていただいて。ツアーファイナルはヒトリエさんとのツーマンで。
内田 計5公演のツアーで、ファイナルまでの4公演はずっと悩んでいました。対バンの先輩方はご自身のスタンスを音でしっかり見せてくれたんですよ。だからこそ、「じゃあ俺らはどう戦えばいいんだろう?」と考え込んでしまって。
佐藤 そうして悩みながらファイナルを迎えたんですけど、ヒトリエさんのライブを観て「バンドってこれだ!」と思いました。
浦山 音の圧や言葉の重みを生で食らって、全員のスイッチが切り替わったんですよね。「今までのライブのやり方じゃダメだ!」って。
佐藤 今まで私たちはバンドじゃなくて4人のプレイヤーの集まりでしかなかったんだとヒトリエさんのライブを観て気付きました。それからは「ここで引いたら負ける!」と思いながら必死にライブして。4人そろって意識が変わったのがよかったんでしょうね。あの日以来、お客さんから「yutoriがバンドに見えてきた」という言葉をいただく機会が増えました。
内田 僕は、2023年のワンマンツアー「夜間逃避行」が印象に残っています。個人的な感覚ですけど、「煙より」の演奏中に「バンドやってきてよかったな」と思うことが多いんですよ。
豊田 わかるよ。
浦山 俺もそう思うな。
内田 今後どんなステージでも歌い続けたいと思っているくらい大事な曲で、ライブでやっているうちにお客さんにも浸透して、歌ってくれるパートもどんどん広がっていって。ツアー「夜間逃避行」でこの曲をみんなと一緒に歌ったときに、お客さんの声がかなり聞こえてきたんです。「ライブを作っているのは4人だけじゃない」「お客さんも含めてyutoriなんだ」と実感した瞬間でした。
浦山 「煙より」は音源よりもライブで聴いてもらったほうが迫力を感じられる曲だから、「絶対に届くはず」と思いつつも、浸透するのに時間がかかるだろうなと予想していたんですよ。「届いた!」と思えたあの瞬間は、確かにすごく気持ちよかったです。
豊田 僕は、去年回った全国ツアー「Luv yourself」でバンドの成長を実感しました。3rdミニアルバム「Luv」のリリースに合わせたツアーで、4人で話し合って、ライブのコンセプトを練っていったんです。それまでは演奏でいっぱいいっぱいだったから、コンセプトまで考える余裕がなかったけど、「ライブのクオリティを上げるためには」とトライして。ライブで伝えたいことを明確にしてから取り組んでいったのは、このツアーが初めてだったよね?
浦山 そうね。演奏はもちろん、MCの温度感についても話し合いました。
豊田 あのツアーで伝えたいと思った「みんなに寄り添いたい」「肯定したい」という気持ちが、今のyutoriの軸になりつつあります。自分たちの進むべき道を見つけられたツアーだったので、ターニングポイントだったんじゃないかと思いますね。
内田 こうして振り返ると、その時々の自分たちの状態を楽しみながら、“今”だけを見つめながら活動してきたなと思います。もともと先を見据えて始まったバンドではなかったけど、これからも変わらずに、今を大切に活動していけば、10年先まで続けられるんじゃないかなと思っていて。そういう自信が、5年間の活動によって付きました。
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「救いたい」という気持ちを書いたのは初めてだった