ナタリー PowerPush - 由紀さおり

ジャンルを超えた名曲たち 「21世紀の歌謡曲」ここに誕生

由紀さおりがデビュー40周年記念アルバム「いきる / 由紀さおり」をリリースした。歌手として長いキャリアを誇る彼女だが、このアルバムは実に異色。日本のロックシーンを代表する音楽プロデューサー佐藤剛とタッグを組み、バックのサウンドを固めるのはTHE BOOMの小林孝至、Nathalie Wiseの斉藤哲也らポップフィールドで活躍するベテラン陣。収録曲もアシャやロッド・スチュワートのカバーから、中村中による書き下ろし曲までその多彩さに驚かされる内容だ。

40周年という節目を迎え、自らの音楽生活を総括するでなく、懐古趣味に走ることもなく、勇気を持って新たな一歩を踏み出した由紀さおり。その胸の内を訊いてみた。

取材・文/大山卓也

現状に満足していないから、違うことがやりたかった

——アルバムを聴かせていただいて、とても驚きました。普段ロックやポップスを聴いている我々にもきちんと届く内容になっていて。

本当? 嬉しい。私にとっては狙い通り(笑)。

——由紀さんは一般的にはやはり童謡や歌謡曲のイメージが強いと思うんですが、今回こういう作品を作ることになった経緯は、どういうものだったんですか?

「夜明けのスキャット」っていう歌で由紀さおりとしてデビューして、今年で40年になりますが、その間にもう22年、姉と一緒に童謡コンサートを続けてきたの。そこでは童謡、唱歌、あと歌謡曲やニューミュージックも歌っていますけど、きっとこの歌は次の世代まで残っていくだろうなっていう、そういう歌を歌うというコンセプトでやってきたのね。それはそれで楽しいし、もう今は日本語のきれいな歌を歌う人が少なくなっちゃったからやっておきたいっていう気持ちがあるんだけど。ただそういう歌には、自分の思いを込めることはできないのよ。

——どういうことですか?

人間の喜怒哀楽とか情念とかそういうものを塗り込めると、聴く側の人たちは自分の人生を重ねることができなくなっちゃうから。童謡のコンサートはあくまでも楽曲が主体のコンサートで、歌っている私たちの思いは塗り込めない。歌を客観視して、それをお客さんに提示する。私たちの独自の節回しとか、こぶしをつけるとか、そういうことは歌のほうから拒否されてしまうんです。だから自分の情念みたいなことは、歌う場所がずっとないわけ。でも、やっぱり私は歌謡曲の歌い手としてデビューしたわけだから、今の私の率直な女としての生き方とか、今の私はこうなの、っていうことを表現する場所がすごく欲しいとずっと思っていて。それで、40年歌ってきたこのタイミングで、レコード会社の人と話をして。私にとっての新たなスタート、旅立ちをしたい。その第一歩になるアルバムを作りたい、って言ったのね。そのために、今まで出会ったことのない人と出会いたいって。

——新しい出会いをして、新しい歌を歌いたいということですね。

そう、もちろん大御所の方にも素晴らしい作り手はたくさんいらっしゃるけれど、そういう方が私の楽曲を書くとなるとやっぱり既成概念、固定観念みたいなものがどうしてもあるでしょう? そう言ったら、レコード会社の方が佐藤剛さんを紹介してくださったんです。

——でも、それはすごく思い切った決断ですよね。例えば今までのヒット曲をもう一度セルフカバーするとか、他の人の曲を歌うとか、そういう形のほうが易しかったと思うんですが。

でもそれはみんなやってるしね。別にそれをやったからどうなの? っていう気持ちもあるし。それが売れなかったら最悪じゃない?

——そうですね(笑)。

だってそういうものはファンの人は買ってくれるかもしれないけど、私は今の現状に満足しているわけじゃないし。なんかね、やっぱり違うことがやりたかったのよ。それで、外国曲のカバーに日本語を乗せたらまったく違ったものができるんじゃない? っていうアイデアがあって、歌詞も、まったく新しい日本語のボキャブラリーを使って、同じ男と女の世界でも、情景が港だったり船だったりしないようなもの。そういう曲を作ってもらいたいって思ったの。

——由紀さんがデビュー40周年を迎えて、なお攻めの姿勢で新しいことをやろうとしているという、そのバイタリティはどこから生まれるんでしょうか?

だって同じ人生を生きるならさ、やっぱり一代限りで由紀さおりをやっていくんだったら、面白いな、と思えることをやりたいじゃない? 今の若い世代の方たちが感じる歌を歌いたいし、そのために新しい人と出会いたい、って思ったのよね。うん。

「邪魔な音は抜いてほしい」と言った

——今回のアルバムでは岡林信康さんの「チューリップのアップリケ」もカバーされていますけど、由紀さんの歌から、主人公の女の子の切ない思いが非常に強く伝わってくるんですよね。

あの歌はもともと姉とやっているコンサートで歌っていたんですよ。岡林さんにもOKをもらって。ピアノの伴奏だけで歌ってたの。

——あ、そうなんですか。

でも、このアルバムの「チューリップ」は、私が姉と一緒に歌っている「チューリップ」とはまったく違うわね。登場する女の子の住んでいる家が違う感じ。

——家が違う?

うん。まあ、それは人にはどう伝わってもいいんですけど。女優をやってたりするときに、セリフに書かれていないところを想像しながら自分が演じる人をふくらませていく作業があるわけじゃない? で、その作業の中で、この「チューリップ」の女の子はトタン屋根の家に住んでいるっていうイメージがダーッと出てきちゃったのね。雨がザーッて降ってるときには、トタンの屋根って雨の音がすごく大きく聞こえるでしょ。それがこの子の不安だったり、この暮らしのね、行き場のなさみたいなものを象徴する音になるんだと思ったの。トタン屋根の家に住んでいて、どこか雨漏りがしていて、外に出ると雨どいなんかなくて、屋根の下で半分くらい濡れながらその子がポツッと立ってるっていうような感じなの。自分の描いた情景はね。でもコンサートでピアノだけで歌っているときにはそういう背景はあまり出てこないの、女の子の心情だけが突出していて。だから私の中で「チューリップのアップリケ」の女の子は2人いるのよ、今。

——そのイメージの違いはどこから来るんですか?

アレンジと、歌のキーかな。アルバムのほうがキーが低いんです。

——じゃあ音からインスパイアされるわけですね。

そう。最初に雨の音が入っているのと、すごく低く歌い出すことによって、もうその子の住んでいる家が見える。だから今回のレコーディングでもピアノのほうがいいって言ってくれた人がいたんだけど、私は「ごめんね、これはピアノの伴奏じゃないと思う」って言って。最後の最後までもうマスターを工場に渡さないといけないっていうのに、「あれはやっぱり違う」「ギターがいい」って。で、ちょっといろんな音が入りすぎてるからもう少しすっきりと、邪魔な音は抜いてほしい、っていうこともちょっと生意気にね、言ったんだけど。

——なるほど。でも由紀さんがアレンジの部分のアイデアを出しているというのは正直意外でした。昭和の歌謡曲の時代は、作家の先生が曲を作って詞を書いて、歌い手はそれを歌うだけ、というのが当たり前だったわけですよね。

うん。プロの作詞家、作曲家とプロのアレンジャーがいて、そこで決められたことを私がどこまで自分に引き寄せられるか、っていうそういう世界でしたからね。先生方が作ったものをいただくだけで、歌い手としてそこに踏み込むことは、まあルールとしては許されなくて。ところが今回は、最初はイントロも何もない、リズムもテンポもキーも決まってない状態で、まず私が歌うことになって。色合いが全然わからなかったわけ。「由紀さんが歌ったあとで考えます」って言われて、私が音からインスパイアされるものがすごく薄かったんですよ。

——じゃあ、そこをバンドメンバーといっしょに作っていった感じですか?

うん。例えば「チューリップ」でも小林さんのアレンジで、ちょっと韓国の太鼓みたいなドンっていう音がときどき入っていて。その女の子の、本当は触ってほしくない胸の傷のところをガンと押すような音が入ってくるわけ。で、この音があるんだったら、やっぱりこれはピアノのきれいな音じゃなくて、やっぱりギターの音のほうが私はあの太鼓が生きると思って。そういう話はしたかな。

——なるほど。結果的にすごく、由紀さんならではの「チューリップ」になっていますよね。

でも「夜明けのスキャット」を40年歌ってるのに比べたら、今まだこの歌は歌い始めたばかりですからね。もうちょっといろいろやりたいことがまだ自分にあるな、っていうのは感じますけどね。うん。

ニューアルバム『いきる / 由紀さおり』 / 2009年3月25日発売 / 3000円(税込) / EMI Music Japan / TOCT-26731

  • いきる
CD収録曲
  1. しあわせ
  2. 夜の果てまで
  3. ビールの海
  4. あきらめるのが好き
  5. ひみつの恋
  6. いそしぎ
  7. 哀しみのソレアード
  8. かくれんぼ
  9. チューリップのアップリケ
  10. 回転木馬
  11. 真綿のように
由紀さおり(ゆきさおり)

子供時代から児童合唱団に所属し、童謡歌手やアニメ声優、NHKうたのお姉さんとして活躍。1969年に由紀さおりとしてデビューし、「夜明けのスキャット」で一躍人気歌手となる。女優としても幅広い作品に出演し、1983年には映画「家族ゲーム」で毎日映画コンクール助演女優賞を受賞。姉・安田祥子とともに行っている童謡コンサートは、2009年4月から23年目がスタート。年間平均100公演を数えるライフワークとして、幅広い世代のファンから支持されている。