吉田靖直(トリプルファイヤー)×尾崎世界観(クリープハイプ)|音楽に夢を抱けないバンドマンが本を書いたら

吉田靖直(トリプルファイヤー)初の自叙伝「持ってこなかった男」が刊行された。

トリプルファイヤーのフロントマンとして活躍する傍ら、雑誌やWebサイトを通じて執筆活動も行う吉田。「持ってこなかった男」は雑誌「EX大衆」にて2015年5月号から2020年10月号まで掲載されていたコラム「あなたが本気で紅白に出たいなら」に加筆修正を施した作品で、地元の香川県で過ごした少年時代や、トリプルファイヤー結成後に自堕落な生活に溺れていった学生時代などがつづられている。

音楽ナタリーでは著者の吉田と、本作の帯文も担当した尾崎世界観(クリープハイプ)との対談をセッティング。「持ってこなかった男」で書かれた吉田の半生を紐解く中で、話題は互いのライブにおける原風景やバンドの下積み時代、自意識の強さゆえに持ち得た個性の考察へとおよんだ。

取材・文 / 天野史彬 撮影 / 山崎玲士

怒ったら殴りそう

──今回、吉田さんの自叙伝「持ってこなかった男」に尾崎さんがコメントを寄せられましたが、お二人の交流はいつから始まったんですか?

左から吉田靖直(トリプルファイヤー)、尾崎世界観(クリープハイプ)。

尾崎世界観(Vo, G / クリープハイプ) 去年、僕がパーソナリティを務めていたTBSラジオの「ACTION」という番組に吉田さんに来ていただいたことがあって。そのときが最初ですね。

吉田靖直(Vo / トリプルファイヤー) その番組の作家さんが共通の知り合いだったんです。

尾崎 実際に会うまで、吉田さんは僕のような人間のことは気に食わないだろうなと思っていました。でも、ラジオの作家さんから「吉田さんは尾崎さんのことを好意的な目で見ているみたいだ」と言ってもらって。「持ってこなかった男」を読んで、僕らは音楽のルーツが近いんじゃないかなと親近感が湧きました。

吉田 尾崎さんのことは、とがっている人という印象でした。僕が昔から思っていた、いわゆる“ロックな人”というか。さりげなく言ったひと言で嫌われそうだし、なんだったら、怒ったら殴りそうな人だなって……。

尾崎 (笑)。

吉田 売れていないバンドは売れているバンドを批判的に見がちですけど、クリープハイプは売れているバンドの中でも、言葉の使い方がほかとは違うなと思っていました。「自分の事ばかりで情けなくなるよ」(2013年7月発売の「吹き零れる程のI、哀、愛」初回限定盤収録)とか、「死ぬまで一生愛されてると思ってたよ」(2012年4月発売のアルバム)とか……「すげえ、完全にわかっている人だな」と。

尾崎 ありがとうございます(笑)。吉田さんは表現において、自分が行こうと思ったけど「まあ、いいか。このへんで」と着地したところから、さらに奥まで突き進んでいった人という感じがするんですよね。行動としてもつい“行っちゃう”感じというか、それは今回の本を読んでも感じます。僕は「もういいや」と引いちゃうんですよ。でも、吉田さんは僕が引いた場所からさらに奥まで行っている。だから作品としても人間としても面白いんですよね。「あのとき自分が行かなかったところってこうなっていたんだ」と、果てが見えるというか。この本を読んでそう感じる人は多いんじゃないかと思います。ちょっと痛い気持ちになることもあるんだけど、すっきりもする。

吉田 ありがとうございます。

稲妻が落ちたような衝撃はない

尾崎 ゆずを聴いて音楽に興味を持ったと書いていますけど、そこは僕と一緒ですね。あと、音楽に対する捉え方が近い気がします。ミュージシャンとして、音楽にそんなに夢を見ることができない感じ。初めてTHE HIGH-LOWSのライブを観たときの描写が出てきますよね。「世界の見え方が一瞬で変わってしまうような体験をライブに期待していた」というあの一文、僕はすごく腑に落ちたんです。僕も初めて横浜アリーナでGreen Dayを観たとき、「音ちっちゃ!」と思いました。

吉田靖直(トリプルファイヤー)

吉田 儀式っぽく感じたんですよね。「こうしなきゃいけない」と思いながら周りの人たちが盛り上がっているような気がして。尾崎さんが書かれた「祐介」(2016年6月発売の小説)の中でも、田舎出身のピンサロ嬢がライブハウスに行ったときの様子が書かれていましたけど、僕も田舎出身だし、「わかるな」って思いました。地元の人間に対して「お前ら、都会の真似しているだけだろ」と思ってしまうんですよね。田舎だから特に、ああいう気持ちになるのかもしれないですよね。

尾崎 きっと、ライブを観に行って「思っていたほどすごくないな」と感じた経験のある人はけっこういると思うんですよ。世界が変わるくらいすごいのかと思っていたけど、ステージ上にいるミュージシャンも、自分たちと地続きにいる人間なんだと気付いて少し寂しくなる感覚……ヒーローショーで、休憩しているヒーローを見ちゃったような感じに近いのかもしれない。だけどみんな、音楽のことをロマンチックに書きたがるじゃないですか。だから僕は、音楽を書いた文章をあまり好きになれなくて。

吉田 「稲妻が落ちたような衝撃!」とか。そんなことないですもんね(笑)。

尾崎 そんなことは絶対にない(笑)。音は音でしかないんだから。そういう意味でも、「持ってこなかった男」には音楽がちゃんと書かれているなと思いました。